サイモン・ウィンチェスター/鈴木主税訳「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」感想。
ノンフィクション。2013年09月20日読了。
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イギリスの「オックスフォード英語大辞典」は、1857年に編集が開始され、1895年にようやく第1巻が発行、1928年に全12巻の完全版が完成した。各巻の寸法が墓石ほどもある巨大な本。全12巻には60万語の英単語とその事例や用法(こちらの方が重要)を収めている、世界で最も優れた辞典である。その後改訂を重ね、現在では全20巻である。
第1版の編集の中心はジェームズ・マレー博士。1837年スコットランドの田舎に生まれたマレーは貧しい家庭に育ったが早熟で、15歳の時にはフランス語、イタリア語、ドイツ語、ギリシャ語を実用レベルで解し、ラテン語も習得していた。お金が無くて学校に行けなかったマレーだが、17歳の時、学校に職を見つけ、校長を補佐する教師になる。20歳の時に10歳~16歳を対象にしたサブスクリプション・アカデミーで校長を務めるまでになった。
マレーは英語のスコットランド方言や古英語に興味を持ち、論文を書き、結婚し、子供が生まれ、しかし妻が結核に罹り、治療のためスコットランドからロンドンに引っ越し、教職を辞め銀行員になった。27歳の時である。しかし、数ヶ月後には再び教職に戻った。
そして、オックスフォード英語大辞典の編集に関わるようになった。
狂人と一緒に。
スリランカ生まれのアメリカ人で、医師で、南北戦争で軍医を務め、アイルランド人傭兵の脱走兵に焼き印を押す仕事をしたため精神を病み、軍から認められ負傷兵として年金を受給する退役軍人となり、イギリスに渡り、アイルランド人が殺しに来ると強迫観念に駆られ、
普通の貧しいイギリス人をピストルで撃ち殺した、ウィリアム・チェスター・マイナー氏(博士)。
マイナー氏はイギリスで裁判にかけられたが、精神病を理由に無罪、しかし精神病院で軟禁状態になる。知的なマイナー氏は、病室で暇をもてあまし、そして生来の知的好奇心から、オックスフォード英語大辞典の編集ボランティアを務めるようになる。
英語で書かれた古典文学から(その当時の)現代文学までをたくさん読み、とある単語がどのような意味合いで使われているのかを、たくさんの文献から引用するというボランティアである。
やりとりは直筆の手紙(1800年代だから当たり前だ)。
編集主幹であったマレー博士は、マイナー氏の多大なる貢献に感謝しつつも、顔を合わせることはなく、いつも手紙のやりとりだけであった。
そしてマレー博士が編集主幹になってから20年後、ようやくマレー博士はマイナー氏に会いに行った。
立派な紳士に「あなたがマイナー博士ですか」と聞いたら、「私は精神病院の院長です」と言われた。
◆◆◆
話の順番としては、
マレー博士がマイナー氏に会いに行き、そこは精神病院だった所から始まり、
マイナー氏がイギリス人を殺した話、
マレー博士の生い立ちと編集主幹になるまでの話、
マイナー氏の生い立ちと南北戦争とマイナー氏の気が狂うまでの話、
オックスフォード英語大辞典を作るにいたるまでの過程の話、
マイナー氏がイギリスの精神病院で軟禁されていながらオックスフォード英語大辞典に協力する話、
オックスフォード英語大辞典の収録語彙に関する言語の話、
マレー博士とマイナー氏の老後の話。
などなど、見事な展開で飽きさせない。
ぐいぐい引き込まれる傑作ノンフィクション。
今まで私は、ノンフィクションというのは著者の視点次第(見解や偏見)で白い物でも黒く書けるので、あまり読んでこなかった(最近だと佐野眞一のような出来事もあるので→佐野眞一の本を読んだことはないですけど)。
よほど客観的な書き方がなされていない限り、もしくは著者のことを信用していない限り、ノンフィクションってのはどうにも信用できないんですよ。
本書の内容の信憑性は分かりませんが、あとがきや解説から察するに、著者は相当この話について調べた模様で、それよりなにより、構成が良くと手も面白かったということです、はい。
8点/10点満点
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