坂口安紀「ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済」感想。2021年01月31日読了
著者は女性で、1964年生まれ、奈良県出身。88年国際基督教大学(ICU)教養学部卒。90年米カリフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)修士号(MA)取得。同年アジア経済研究所入所、同地域研究センター/ラテンアメリカ研究グループ長を経て、2018年より主任調査研究員。専門/ベネズエラ地域研究。
ベネズエラには2回、合計4年住んで研究していたとのこと。
日本でベネズエラと言えば、野球選手である。ロベルト・ペタジーニ(ヤクルト・巨人)、アレックス・カブレラ(西武・オリックス・SB)、アレックス・ラミレス(ヤクルト・巨人・DeNA)、エルネスト・メヒア(西武)、ホセ・ロペス(巨人・DeNA)、ロベルト・スアレス(SB・阪神)、そしてMLBの三冠王ミゲル・カブレラ。ということもあり、ベネズエラにネガティブな印象を持つ日本人は割と少ない(たぶん)。
しかし今のベネズエラは政治も治安も経済も、どれもこれも最悪である。
ちなみにハイパーインフレが起きており、通貨は紙くず。リンク先のwikipedia(英語)に記載ある通り、2018年度のインフレ率は130,000%(13万%)。1年間でモノの値段が1300倍になったということである(正確には、通貨の価値が下がった)。
インフレになった理由は単純。紙幣を刷りまくったからである。
ベネズエラは世界最大の石油埋蔵国である。サウジアラビアより多くの石油が眠っている。しかし前大統領チャベス時代(1999年に初当選、2013年在任中に死去)に、石油収入を当てにして貧困層に対するバラマキ政治を行った。チャベス在任時の石油価格は1バレル80ドル~100ドル。その利益をチャベス政権の収入にしてしまい(国庫ではない。政権の収入。従って支出に議会のチェックが働かない)、貧困層に無料で住宅や家電を配布し、無料の医療サービスや、無料の学校なども作った。すべてチャベス支持者だけが利用できる。
その頃、反チャベス派の勢いが増し、たった2日間であるがチャベスは国外に脱出する羽目になった。それ以降、チャベスはどんどんバラマキを加速させる。石油の利益を全てバラマキに使った。国債の返済にも石油の利益を使った。結果、石油会社は新技術への投資どころか、メインテナンス費用も捻出できなくなってしまった。
だがチャベスは、石油会社の言い分に聞く耳を持たず、石油会社そのものを国家接収した。(その後、ありとあらゆる企業を国家接収し、競争力を失わせ、従業員のやる気をなくさせ、ベネズエラはありとあらゆる産業の生産性が極端に落ちた)
ベネズエラの石油は、普通の石油が採れるマラカイボ油田と、超重質油(アスファルトのように粘度が高く、軽質油を混ぜないと採掘できない)しか採れないオリノコ油田がある。オリノコ油田の採掘コストは1バレル70ドルとも言われており、石油価格が1バレル80ドルだとほとんど利益が出ない状況にある(2021年の今は50ドルを切ることもある)。だがベネズエラの石油にアクセスしたい欧米企業は、合弁企業という形態ではなく、単なるサービス提供企業としてしか認められなくなっていった。
チャベスは就任直後は反米ではなかったが、次第に反米色を増していった。しかしベネズエラの石油の半分以上はアメリカに輸出されていた。アメリカ依存度を下げるため、石油価格がイケイケだった時、ベネズエラはキューバに石油を無償提供した(その代わりに、医者や軍人を呼び寄せた)。中国やロシア、イランや北朝鮮にも接触した。
なぜこんなことになったのか、を著者はチャベス時代、およびそれより以前の政治に答えを見出す。
歴代のベネズエラ大統領は、石油会社に都合の良い条件で採掘させていた。それが故に外資がどんどん入り込み、ベネズエラの石油産業は発展した。しかし、石油という資源を持ち石油会社は巨額の利益を出しながら、国民には還元されない。それに怒った国民の力により政権が交代し、石油は国民の共有財産であるという合意が形成された。それ以降、ベネズエラ政治にとって、石油はアンタッチャブルな聖域になってしまった。
現在の大統領はマドゥロである。無能極まりない人物である。しかしマドゥロもかわいそうな一面がある。石油の値段が高かった時代にチャベスがばらまいた金(=借金)を支払っているのである。石油価格が下落したので財源がないにもかかわらず、ただ借金を返済しているのである。
ありとあらゆる産業を国有化したツケは重く、GDPが3年で半減してしまった。
というようなことが書かれている(註:上記は要約ではない。本書はもっと細かく丁寧な解説がなされている)。
極めて良い本。
8点/10点満点
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