カテゴリー「19◆インド」の記事

2010/07/22

5月25日 帰国。世界一周の終わり。

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朝からシャワーを浴びて、豪華ビュッフェで朝飯を食って、といっても相変わらず胃が痛くヨーグルトとフルーツをいくつか食ったくらいだけど、こんな形で世界一周が終わってしまうとは思わなかったなあ、と考えながら荷造りして、ぼーっとしていた。12:00にチェックアウト。そこそこ手の込んだ飾り彫刻が施してある木の入れ物に入ったダージリンティーをもらう。バースデイプレゼントなのか、すべての宿泊客に配っているのかは不明。医者呼んでくれたりルームサービス取ったりタバコを買ってきてもらったり、なんだかんだでホテルのサービスを利用したため、予想よりも高い金額が請求されてしまった。かけた覚えのない電話代とかも入っていた。100円くらいだからいいんだけどさ。

疲労がピークに達しているので、ホテルからタクシーで空港に向かう。フライトは19:30なのであまりにも早すぎるけど、疲れが溜まりすぎてこれ以上インドで観光する気にならない。なんだかなあ。エアコンが付いているタクシーで、エアコン代金25%割り増しらしい。しかし、デリーの気温が暑すぎるのか、エアコンは効いているようで効いていない。車内が暑い。暑いのだ。

空港に着いたが、「あなたの乗る飛行機はチェックインを開始していないから、あなたはまだ空港内に入れない」と空港を警備する警官に言われ、しょうがないから周辺をうろつくと、空港のすぐそばにエアコンの効いた待合室らしき場所がある。まあいいや、ここで待とう、とその施設内に入ると「利用料が30ルピー」とか言われてしまう。

トイレはエアコンの効かない施設の外。トイレに行こうとすると、30ルピーを払えない(のか払いたくないのか)インド人が、トイレのそばで大量にごろ寝している。トイレは屋根が付いているので、多少は涼しいのかね。

トイレから戻ってくると、インド人には見えない鼻の高い男から、「あなた日本人ですよね」と声をかけられる。外国で日本語で喋りかけてくる輩にろくな奴がいないのは長旅しているとイヤというほど身につくけど、もう日本に帰るだけだからいいやと相手をする。

「私は、日本で13年働いていたイラン人です。日本がリーマンショックで不景気になって職が無くなったので、イランに戻って商売しています」
「へえ、どこに住んでいたの?」
「愛知県です。奥さん日本人です」
「へえ、そうなんだ。今なにやってんの?」
「宝石商です」
「インドには何しに来たの?」
「コロンビアのビザを取るためです」
「へ?」
「イランにはコロンビア大使館がないのです。私はコロンビアに宝石を仕入れに行きたいのです。でも大使館がないからビザが取れない。コロンビア政府の電話番号を調べて電話したら、イラン人がコロンビアビザを取るためには、インドのコロンビア大使館に行きなさいと言われました。だから仕方なくインドに来ました。インドは暑すぎます。もう二度と来たくない」
「暑いよねー。安宿にでも泊まっていたの?」
「1万円くらいの宿です。でも最悪でした。エアコンの効きが悪くて暑いのです。それで私は今朝チェックアウトして、すぐここに来ました」
「飛行機は何時なの?」
「夜の2:30です」
「えっ!それまで待ってるの?」
「そうです、待ってます。デリーはもうイヤです」
「コロンビア危ないでしょ」
「大丈夫です。私はペルシャ語、日本語、英語、スペイン語、ドイツ語が喋れます。スペイン語が出来るからコロンビアも大丈夫です」


「イランに来たことありますか?」
「ないよ。行きたかったんだけどね。時間が足りなかった」
「イランは最高に良い国です。ご飯がとても美味しい」
「そうなの?」
「本当です。お酒も飲めます」
「マヂ?」
「本当です。イランはイスラムの国ですが、お酒を飲む場所もありますし、お酒を売っている店もあります。おおっぴらに飲むと犯罪で捕まりますが、外国人は滅多に捕まりません」
「マヂ?お酒飲めるならイランに行けばよかったな」
「それに、世界でいちばん安全です。日本より安全です」
「マヂ?」
「イランには密告制度がありますし、秘密警察もたくさんいます。安全です。間違いなく安全です」
「へえー。まあでも俺はイスラム世界にとても興味があるから、そのうちイランには行くよ」
「ぜひ来て下さい。あなたはイランのことを知っていますか?」
「アハマディネジャド大統領って、頭いいよね。トルコとブラジルを味方に付けているよね」
「はい。でも彼は国民に人気がありません」


「ところで、イランのお札見たことありますか?」
「ないなあ」
「これです、見せてあげます」
「へえ、2万リアルか。ちなみにアラビア語の数字だけは読めるんだ、俺」
「おお、アラビア語の数字が読めるの。それは素晴らしい。これいくらだと思いますか?」
「2万リアルだろ、相場がわかんないなあ」
「約1万円です」
「へえ。そんなにするんだ」


「私は今まで15カ国くらいに行ってます。いろんな空港で、いろんな人と喋りました。そのときいつもお願いするのですが、あなた日本のお札持っていますか?」
「いや、今日ここ(空港)に来るのに最後の千円札を両替しちゃったから、100円玉しかない。なんで?」
「私の持っている2万リアル札と、あなたの国のいちばん安い札を交換してもらいたかったのです。その交換したお札に、いつどこの国のどの空港で何という名前の人とこういう会話をした、とお札に書き込むのです。そうすると、その国に行った思い出になるのです」
「へえ、それはいいなあ。でも悪いね、100円玉しかないんだ。お札で持っているのは、インドルピーと香港ドルしかない」
「そうですか。残念です。香港ドル見せてもらってもいいですか?」
「いいよ、これが20香港ドルで、日本円で240円くらい」
「交換してくれませんか?2万レアル札と」
「えっ?でも2万レアルは1万円なんだろ、価値が違いすぎるよ」
「そういう話じゃないんです、私の思い出なんです、思い出を作りたいのです」
「いや、でもさあ」
「いいんです。ぜひ交換して下さい」
「そこまで言うのなら」

このイラン人とは3時間くらい喋っていただろうか。16:00を回り、そろそろ空港の中に入れるかと思い警官に聞くと「ああ、チェックインが始まっているから入っていいよ」との返事。

イラン人に別れを告げ、ビジネスクラスのチェックインをする。もうこれ以降二度とビジネスクラスに乗れないかもしれないので、堪能せねば。

デリー空港のJALのラウンジは、ラウンジとは思えなくらい食い物が貧相だった。タンドリーチキンと、インドテイストのベジタブルサンドイッチと、その他2品。たった4品しか食い物がない。一応ビールとかワインはありましたけど。ついでにトイレも男性用は大小兼用が一室しか無くて、便所に行列が出来ました。なんだかなあ。

10時間後は日本だ、と思って気が緩んだ私はビールを飲む。胃がスカスカで、胃が痛かったはずなのに、ビール飲めちゃう。丸2日寝ていたから、思っていたより回復したのかな。ついでにタンドリーチキンも食ってみる。辛くない、旨い。


さて土産物屋を見て回ろう。セキュリティチェックだ(出国した後にもセキュリティチェックがある)。結構厳しい。ライターは持ち込み禁止だと。えっ、まぢ?

隣ではラウンジでも一緒だった日本人のおばさんがセキュリティチェックで何回もやり直しさせられていて、「もう、なんてひどい空港なの、最低よ、最低」と私に向かってぶつぶつ文句を言ってくる。俺に関係ないじゃん、誰彼構わずグチ垂れるな、と思った私は「最近はどこの空港もこんなモンですよ」とお答え差し上げたら、「私はね、インドに5回も来ているんですよ、こんなひどい扱いを受けたのは初めてだわ」と私に向かって文句を言って去っていった。いやだから俺に文句を言うなって。


前日、私はデリーのJALに電話して、胃が痛くてどうしようもないから機内食は食いやすい物にしてくれ、とオーダーしていた。で、私の依頼を受けて出された食事は、フルーツ盛り合わせと「そばでスカイ」

隣の客が食っている物は、ビールが飲めるくらいに回復した私の胃でも受け付けそうな和食だった。失敗した。


機内で、南アフリカのラグビー代表の活躍を描いた映画「インビクテス」を見る。イマイチ。6点/10点満点


まあ、そんなこんなでビジネスクラスを使った正解一周は終了し、私は26日の朝、成田に到着。終わったよ、これで世界一周が終わったよ。

帰宅してイランの為替レートを調べた。


2万レアルは180円だった。

何が1万円だよ。最後の最後まで騙されまくりだったなあ。

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2010/07/13

5月24日 引き続き「タージマハル」で寝る。(7/28写真追加)

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さあ、引き続きゲロとゲリがすごいぞ。昨夜食ったクラブハウスサンドが胃にもたれている。ううむ。でも胃に何か入れなければならん。インドの高級ホテル・タージマハルの朝飯ビュッフェで飯。朝飯とは思えないくらい充実のビュッフェ。隣の席のインド人は朝からカレーのような物をむしゃむしゃ食っている。ちょっと離れたところでブレックファストミーティングを開いている日本人商社マンとインド人のグループは、大量のフルーツ、オムレツ、パン、何かの炒め物、ジュース、コーヒー、紅茶、大量に食っている。隣の一人旅っぽいラフな格好の日本人は、朝食メニューで食べられる物を片っ端から頼んでいる。朝食が充実しているホテルって素晴らしい。

でもねえ。ヨーグルトが市販のカップ入りのしょぼいのしかないんだよね。バナナとヨーグルトくらいしか食えない私には、旨そうな臭いが充満しているこのホテルの朝食は酷。


さて、世界一周は残すところ今日と明日のみ。ここまで土産を何一つ買っていないので、何かを買わなければならない。ゲロとゲリがひどいけど、土産を買うためデリー市内に向かう。

重厚な制服を着ているホテルスタッフに
私「デリーの街中まで歩くとどのくらい?」と聞くと、
制服「えっ!歩くのですか!40分以上かかりますよ、暑いですよ」
私「寝過ぎて体が硬くなってしまったので、少し動こうと思って」
制服「それならば止めませんが、辛くなったらすぐにタクシーをつかまえて下さいね」

で、デリーの中心部に行き、土産物を物色しようとするも、目当ての土産物センターが休館日。暑い中歩いて来たっつーのに何てこったい。すると、親切なインド人が「あそこは今日は休館日だ、代わりにここに行くといいよ、いい土産物を買えるだろう、私はインド政府観光局のスタッフだから、安心してくれ、おお、そこのオートリクシャ君、この日本人をここまで10ルピーで運んでくれたまえ」

自分でインド政府観光局のスタッフを名乗る通行人、その時点で怪しいっつーの。


で、オートリクシャのドライバーは、地球の歩き方にも載っているちゃんとした土産物センターに10ルピーで連れて行ってくれたのだが、その後が面倒だった。土産物屋で欲しいものがまったくなく手ぶらで戻ってきたら、オートリクシャのドライバーが「何か買った買い?」とにこやかに近づいてきて、「何も買っていないなら私がいい土産物屋に連れて行くよ」と。

ああ、面倒。

さらに「ちょっと疲れているみたいだね、そういうときはヨガだ。私の父親はヨガの師範で、私も幼い頃からヨガを教えてもらっている、まずは呼吸法だ、こうするんだ」

ああ、面倒だ。


そうこうしているうちに疲れてきてしまって(飯をろくに食っていないから)ホテルに戻る。ホテルの近くに到着すると、「200ルピーだ」。やかましいクソガキ手前ぇにそんな大金払えるか、50ルピーだ。「何を言っている、200ルピーと言っただろう」

ああ、面倒。

50ルピーだけ払ってギャーギャー喚くの無視してホテルの敷地内に行く。タージマハルホテルにはリクシャドライバーは入れない。


で、午前中デリーを少し回ってホテル戻ってダウン。ゲロとゲリが続いているので、またも寝る。

電話が鳴る。

なんじゃーい。

「誕生日おめでとうございます、誕生日に当ホテルに泊まっていただき、誠にありがとうございます。当ホテルから、お祝いのケーキをお持ちしたいのですが、今お伺いしてもよろしいでしょうか」

おお、そうなのか。そういえば私の誕生日だった。ゲロとゲリで忘れかけていたよ。今来てもいいよ。

程なく、ホテルスタッフ3人が、30cmの巨大なチョコレートケーキと、大きな花束を持って部屋に参上。

ありがとう。

ケーキはたぶんそれなりに旨いと思う。でもね、胃が痛くてゲロってゲリっている今の私は、旨いはずのケーキも満足に食うことが出来ないんだよ。

で、、、、


昼間っから寝る。

Hana


Cake



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2010/07/10

5月23日 デリーの高級ホテル「タージマハル」で寝る。(内容薄し)

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朝6:00、胃が痛い、何か口に入れなきゃ、そうだバナナを買いに行こう。でもバナナを売っている店がまだ開いていない。

7:30、再びバナナ探し。4本10ルピー(20円)で購入。ゆっくり食う。

11:45、チェックアウトし、オートリクシャでタージマハルホテルの近くまで行ってもらう。

私「タージマハルホテルまで行ってくれ」
リクシャ「あんた、タージマハルに泊まるのかい?」
私「いや違う。今日の夜に帰国するので、記念にタージマハルのレストランで飯を食うんだ」

タージマハルに泊まるような客なら吹っ掛けようと思ったんだろうなあ。で、オートリクシャはタージマハルの近くに停まり、「オートリクシャはホテルの敷地内に入れないから、ここで降りてくれ」

タージマハルホテルは、ホテルの建物内に入る際、すべての荷物をX線でセキュリティチェックされた。(聞き間違えていなければ)ムンバイで起きた同時多発テロ以降、客の安全を図るために導入されたのだそうだ。


館内は豪華。過度な装飾は感じられず、上品な豪華さ。ホテルスタッフは重厚な制服を身にまとい、フレンドリーすぎない程度に親しみを込めて話しかけてくる。ただし、スタッフの英語が皆ひどいインド訛りで、何言っているのかさっぱりわからないことが難点だったが。

リュックでやってきたから変な目で見られるかと思っていたけど、日本人でそこそこ年取っているからか、別段怪しまれもせずチェックイン。その際、「ダージリンでひどい出来事に遭遇して、ショックで胃が痛いんだ。今日は部屋から一歩も外に出ないかも知れないけど、気にしないでくれ」と言っておいた。


で、19階と眺めのいい部屋に案内される。

なかなか眺望がいい。けど、デリーは大気汚染がひどいので、遠くは霞んで見える。


電話が鳴り、「ウェルカムサービスをお届けします」とのこと。タバコが切れていたので、「タバコある?マルボロライトなんだけど」「もちろんございますとも」。

程なくしてティーセットとタバコが届けられた。ここでもまた胃が痛い件を話すと、「それは薬を飲むべきです。医者を呼んできましょう」。それは嬉しいのだが、医者代いくらかかるのかなあ。まあ保険でカバーされるかな。

医者がやってきたので、またダージリンの話をし、今現在胃痛と嘔吐と下痢が発生していると話す。医者は「それは大変な出来事に遭遇してしまった、体調が悪くなるのも無理はない。吐き気止めと、吐いたあとに飲む栄養剤と、下痢止めを処方しよう。食事はバナナかスイカかヨーグルトだけが望ましい。フレッシュジュースは禁物だ。ラッシーもダメだ。安静にしていたまえ。それで往診料なんだが、2200ルピーだ。今キャッシュで払うかね、それともホテルに付けておくかね?」

2200ルピーなんてキャッシュで持っていません。ホテルに付けておいて下さい。


そのままこの日は部屋から一歩も出ずに、ひたすら寝る。相変わらず嘔吐と下痢が続く。


21:00、胃に何か入れなければ。ルームサービスでクラブハウスサンドとバナナを頼む。サンドは1000ルピー。バナナは2本で400ルピー(800円)。
20_roomservice


寝る。


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2010/07/07

5月22日 デリーに戻ってゲロる。(写真ナシ)

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シリグリの宿のフロントに、
「朝飯はどこで食うの?」と聞いたら、
「部屋に持って行く。何食う?」とメニューを見せてくれた。

オムレツ頼んで、ぼけーっと待つ。小僧が朝食を持ってくる。チップはやらん。チップを払うほどのサービスは受けとらんのだ、わかるかね、小僧。

タバコを買いに行く。すげえ二日酔いだ。近所じゃマルボロが売ってない。20分くらい歩きまわって、ようやくマルボロゲット。

ツアーエージェントのマイクと落ち合う。マイクも相当飲んだはずなのに、けろっとしている。見た目と違って若いのだろう。きっとそうだ。昨日のドライバーは既にダージリンに戻ってしまったので、空港までタクシーで行ってくれ、代金はもちろん払っておくから。ということでマイクともお別れ。

タクシーで30分走り、バグドグラ空港に着く。噂には聞いていたけど、フライトチェックインの段階で機内持ち込みのセキュリティチェックがあり、かなり厳しい。リュックにタグが取り付けられる。このタグがないと、機内に搭乗できないのだそうだ。

で、タバコが吸いたくなった。セキュリティチェックのお姉さんに「タバコ吸う場所ある?」と聞くと、「んー、どこかしら、私は吸わないから……ねえあなた(と男の係員に)知ってる?」「トイレだ」「そうね、トイレなら大丈夫よ、大便用の個室で吸えばOKよ」

マヂっすか? いいんすか、そんなとこで吸って?

よくわからないけど、いいと言っているからいいのだろう。便所に行く。すると、大便用個室は全部埋まっていて、しかも行列が出来ている。行列の最前列にいる若者は、靴を脱ぎズボンも脱ぎ始めた。脱がないと用を足せないタイプなんだろう。しかし、公衆の面前でブリーフ一丁になるって、我慢の限界が近いんだろうな。


5分待っても行列がちっとも進まないから、タバコ(をトイレで吸うの)は諦めた。


そろそろ昼なので飯を食いたかったのだが、バグドグラ空港に3カ所くらいあったレストランは、どこもかしこもインドのきつい臭いが漂っており、どう考えても胃に優しくなさそう。機内で飯を食うことにする。


搭乗に並ぶと、警察のような連中によるセキュリティチェック。フライトチェックイン時のセキュリティチェックでOKだったのに、「何だこれはー、カバンを開けて中の荷物を見せろー」と言われる。
「これは何だー」
「ウィスキーの小瓶です」
「没収だー。これは何だー」
「チェキって言う日本のインスタントカメラです」
「何ぃっ、じゃあ写真を撮ってみろー」
「フィルム無いから無理です。ふたを開けます。シャッター切ります。フラッシュ焚いてみます」
「むぅ。こっちは何だー」
「ノートパソコンです」
「電源入れてみせろー。よーし。これは何だー」
ゴリラポッドというクネクネする三脚です」
「何ぃ。これが三脚だとぉ。どうやって使うんだー」
「こんな感じで、クネっとさせて適当なところに巻き付けるのです」
「これは便利そうだな。うむ、行って良し」

面倒なセキュリティチェックだ。


機内に乗りこむ。私はもちろん通路側。すると、隣に座っている親子連れが「私たちは通路をはさんだ向こう側に座っている男と家族なの。席変わって」というから、即答で「ヤダ」。親子連れはぶんむくれる。冗談じゃない、飛行機で最もいい席は通路側なんだよ、誰が変わるか。

機内で昼飯を食おう、早く売りに来なさい(格安航空会社のジェットエアウェイズだったので、機内食は販売方式)。

腹減って胃が痛くなってきたので、とにかくもう早く飯を食いたかったのに、全く何も売りに来ない。そうこうしているうちに、経由地のゴーハチという空港に到着。まだ売りに来ない。いい加減インド人乗客も「のど渇いたー」「腹減ったー」と騒ぎ出す。

さすがにCAが水の無料サービスを始めた。トレイに紙コップのっけて、2リットルのペットボトル持って前の席から順番に配る。2リットルごときのボトルなので、10人に配ったらペットボトルを取りに戻る。また配りに来る。既に水を配った客から「もう一杯ちょうだい」と言われ、CAは素直におかわりを注ぐ。おかわりOKか、と気づいた他の乗客が、「俺もおかわりー」「私もおかわりー」

ちっとも私のところまで来やしない。

あー、のど渇いたー、腹減ったー。


もう面倒だから、CAのところに行って直接「俺にもくれ」と強奪。ね、通路側って便利でしょ。


飛行機がバグドグラ空港を飛び立ってから2時間以上経った頃に、ようやく機内販売開始。メニューは実に貧弱で、まともなものが何もない。ノンベジタリアンサンドイッチを頼む。これが、かなり辛くて不味くて、食った直後に吐きそうになった。しかし、胃に何か詰め込まないともっとひどい事態を招きそうだったので、無理して食う。

すると、だ。

隣の親子連れが「ねえ、トイレ行きたいからどいて」だとよ。

お前なあ、今飯食ってるだろ、食い終わるまで待てないのかこのクソインド人。それともアレか、席変わってやらなかった事への仕返しか、コラ。


飛行機は、経由地ゴーハチでの乗換客の搭乗に手間取り1時間遅れでデリーに到着。ああ、づがれだ。


さあ、ダッシュで降りてパハールガンジに行くぞ、と通路に並んでいたら、目の前の客が棚から荷物取り出す際に落として、それが私の頭に直撃。結構でかいトランクがまともに当たった。「いってえ」「オォ、ゴメンゴメンゴメン」「っぁっ、いってぇぇぇ」「オォ、ゴメンゴメンゴメン」

ああ、もう踏んだり蹴ったり。


プリペイドタクシーでパハールガンジに向かう。気温40度超え。ああ、暑い。


泊まろうと思っていた宿は満室。紹介してもらった宿(有料Wi-Fiあり)にチェックイン。小僧が荷物を部屋まで運んだので、しょうがないから10ルピー(20円)渡すと、「少ない。1USドル寄越せ」と文句を言う。ナニコラクソガキ、と思ったけど怒鳴りつける体力が残っていないので1ドル上げてしまう。


シゲタトラベルのラジェンダさんに挨拶。「いやぁ、ダージリンでひどい目にあったよ」「それは大変でした。インドじゃこういうことがときどきある。残念だったけど、仕方がないね。今晩、日本の方と食事するので、一緒に行きましょう」


ということで、グリーンチリ(という有名なレストラン)で、ラジェンダさんのおごりで飯。旨いは旨いけど、辛くて胃が痛くて食が進まない。困った。日本の方々ともお話しする。同じ宿に泊まっていることがわかり、「いやあ、さっきクソガキに1ドル渡しちゃった」と私が言うと、「それはいけないなあ、あれでしょ、あの小僧でしょ、それはいけないなあ、あのガキは後できっちり躾けときましょう」と空手の得意な方が憤られておりました。


宿に戻って早く寝ようとするのだけど、胃が痛くて眠れない。

0:00頃から吐き出す。30分に一回吐く。大して物を食っていないのに、なぜこんなに吐けるのだろう、というくらい大量に吐く。吐く。吐く。

4:00になっても眠れず吐き続ける。こりゃだダメだ。直接的な原因は昨日の夜にストロングビールを飲み過ぎたせいだけど、自分で思っている以上に精神的なショックがあったのかもしれん。この状態で、パハールガンジの安宿街に泊まり続けるのは難しい気がしてきた。厳しい。また吐く。


デリーで有数の高級ホテル「タージマハル」のサイトを見ると、通常価格1泊2万ルピー(4万円)が1万ルピー(2万円)に値下げしている。

1日1ドル以下で暮らす人が大勢居るインドで、1泊1万ルピー。

まあいいや。予約ボタンをポチッ。

また吐く。

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2010/06/30

5月21日昼以降 ダージリン脱出。シリグリ着。

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14:00、ツアーエージェントのマイク、ドライバーと3人でダージリン脱出。

15:00、ダージリン鉄道グーム駅を少し越えた辺りで、警察チェック&トイレ休憩。ダージリンへ向かうときも同じ道を通ったけど、そのときは警察チェックがなかったので、今回の政治テロで警備が強化されたのだろう。

私たちの他に2台車が停まっていて、タバコを吸っている人たちが居る。どう見ても日本人なので、声をかけてみる。

私「すいませーん、日本の方ですか?」
彼ら「えっ、ああ、そうですけど」
私「やっぱりダージリンからの脱出ですか?」
彼ら「えっ、何ですか、脱出って?」
私「違うんですか!?」
彼ら「僕たち今朝バグドグラ空港に着いたばっかりですよ」
私「ということは、これからダージリンですか?」
彼ら「何ですか?ダージリン脱出って?」
私「今朝、ダージリンの私が停まっていたホテルの目の前で政治テロがあり、反政府団体のリーダーが殺され、ダージリン市内は軍と警察によって封鎖されているんです」
彼ら「えっ、マヂっすか!?」
私「マヂっす。これが証拠写真」
彼ら「えーっ、これマヂ!? ちょっとやばいんじゃないの、これ。今朝、予約済みのダージリンのホテルに電話したけど、そのときは何も言ってなかった」
私「ダージリン鉄道がストやっているのは聞きました?」
彼ら「それは聞いた。でもなあ、ダージリンに行くためにここまで来たから、ストやっててもダージリンに行かないと何のために来たのかわからへんし」
私「グーム駅周辺辺りは騒ぎの影響があまり見られなかったけど、そこから先、ダージリンに近づくにつれ店は閉まっているし軍関係が目立つようになるし」
彼ら「大丈夫かなあ」
私「もし危険を感じたら、グーム駅近くまで戻って、適当な宿見つけた方がいいと思いますよ」
彼ら「うん、わかった。ありがとう」
私「気をつけて」

17:00過ぎ、バグドグラ空港およびニュージャルパイグリ駅から一番近くて大きな街シリグリ(Siliguri)に到着。涼しかったダージリンから、気温30度を超える街の中級宿にチェックイン。エアコンがフル稼働中。ちょっとオンボロだけど、それなりに清潔。


ツアーエージェントのマイクが、「飯食いに行こう。酒飲む?」と聞くから「飲む」と返事。

マイクに連れて行ってもらった店。
10_restau


店のオヤジは陽気なチベット人。チベット語とネパール語とヒンディー語と英語を喋る。見た目は轟二郎というか何というか日本人。
13_toddoroki

この家族には3人子供が居て、チェキでインスタント写真を撮ってあげると大喜び。


マイクが酒を飲め飲め言うから、ストロングビール(アルコール度数10%のビール)をがぶがぶ。トイレトイレトイレ。
11_toilet

とはいえ、このトイレはインドじゃマシな方じゃないかと。


ストロングビールを2本飲んだところで、マイク&轟二郎一家に挨拶して、ネットカフェに向かう。言ったネットカフェでは、外国人が来るのがかなり珍しかったみたいで、いろいろと質問される。

ネカフェ従業員「どこの国から来たんだ?」
私「日本だよ」
ネカフェ従業員「どうしてこの街に?」
私「午前中はダージリンにいたんだ。ダージリンの事件を知っているか?」
ネカフェ従業員「知ってる」
私「ダージリンから脱出してきたんだ」
ネカフェ従業員「ネットで何をしているんだ?」
私「見ない方がいい」
ネカフェ従業員「気になるじゃないか。構わないから教えてくれ」
私「内緒だぞ。このビデオ(殺害直後のやつ)をyoutubeにアップしているんだ」
ネカフェ従業員「Ohhhhh」

私「な、見ない方が良かっただろ」
ネカフェ従業員「これをアップロードしている間、他のインド人に見られないように世間話をしよう。日本ではどんな音楽が流行っているんだ?」
私「音楽か。やっぱPerfumeだな。これだ、聞け」
ネカフェ従業員「これはどういうジャンルの音楽なんだ?」
私「テクノが混ざったジャパニーズポップスだ」
ネカフェ従業員「他は?」
私「レミオロメンと大塚愛とGReeeeNを聞け」
ネカフェ従業員「インドミュージックは聴かないのか?」
私「聞くよ」
ネカフェ従業員「そうか、そうか」


なーんて感じでアップロードし終わって、轟二郎の店に戻った。

まだマイクが飲んでいて、私もさらにストロングビールを2本飲んだ。計4本。日本風に換算すると、ビール大瓶8本である。


吐きはしなかったけど、べろべろぐでぐでに酔っ払って、転んでヒザヒジ手のひらに擦り傷だらけ。「大丈夫か?」と近寄ってきたインド人に「だーいじょーぶだぁよぉ、酔ってねえよぉ」などと言って追い返して、そして私は宿に戻って寝る。



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2010/06/25

5月21日 ダージリンで政治テロに巻き込まれ、目の前で政治家が射殺される。

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朝焼けの青い空を見ることができた。今日はヒマラヤ登山学校の見学があるから、昨日一昨日より良い景色が見られるだろうし、エベレストがどこか、カンチェンジュンガがどれなのかもわかるだろう。

早朝の目覚めのあともう一度眠りにつき、7:00に起きて飯。

朝から、近所で音楽をガンガンかけながらわいわいがやがや騒がしい。平日なのに祭りでもやっているのかな?と、のんきな私。

8:30、ホテルのスタッフが部屋にやってきて、「君は今晩も泊まって3泊なんだよね。でもツアーエージェントのマイクからは2泊で依頼を受けているんだ。まずいことに、君が泊まっている部屋は今晩別の予約が入っているんだ、それでマイクを呼び出した。今晩どうするかをマイクと相談する」

あら、まあ、そうなの。今と同じグレードの部屋なら別に構わないけど、ドミトリーはイヤだよ。それにさ、9:30にホテルの向かいにあるマイクの会社前でドライバーと待ち合わせしてるから、とりあえず荷物を移動しやすいようにまとめておくから、昼過ぎに戻ってきてから詳細を相談しよう。

と答え、急遽荷造り開始。リュック一つでインドに来たのが幸いしたね。


9:20頃、スタッフをドアの所に呼び、

荷物はまとめたよ、このリュックと濡れたタオルとウィスキーのミニボトルの3点ね、じゃあ私は観光に行くよ。

スタッフは「OK」と言いつつ、部屋に入ってきて窓を開ける。音楽がじゃんじゃん鳴り響いていて、スタッフは窓から身を乗り出しその様子を見る。(窓枠がけっこう高い位置にあり、身を乗り出さないと道路が見えない)


急に音楽が鳴り止んだ。


「Aohhhh」

スタッフが叫ぶ。

どうしたのだろうと私も窓から顔を出す。


人の首から1mくらい血が噴き出している。


私「What?」

スタッフ「Murder」

私「Why?」

スタッフ「I don't know」

私「How?」

スタッフ「Gun shoot」

撃たれた人が、血を吹き出しながら崩れ落ちていった後から、私は撮影を始めてしまった。

以下、限定公開のyoutube。それなりにグロい映像なので、動画埋め込みはしません。(リンクを開けば普通に見ることができます)
http://www.youtube.com/watch?v=z8VhbZK54kQ


その後、警察と軍が入り乱れ野次馬を強制排除。殺害現場は保存された。
After_murder


目の前で人が血を吹き出しながら殺された。現実感が伴わない。

首筋をやられると、ものすごい勢いで血が噴き出るんだなあ。


あ、もうすぐ9:30だ。観光に行かなきゃ。


私「時間だから待ち合わせ場所に行かなきゃ」

スタッフ「何を言っているんだ、今は外に出るな、軍に捕まるぞ」

私「じゃあどうしたらいいんだろう」

スタッフ「とにかく、今は外に出るな、窓から顔を出すな、ツアーエージェントのマイクが来ると思うから、それまで待っててくれ」


そりゃそうだよな。人が殺されたんだもんな。

スタッフを呼ばずにそのまま外出していたら、襲撃現場に居合わせて、私も射殺されていたかも知れない。そのくらいの時間差だったんだよな。


上の階にあるロビーに行く。大勢の観光客(半分外国人、半分インド人)が、

「何があったんだ?」
「反体制派グループが政治集会を開いていて、そのリーダーが撃たれたらしい」
「なんで?」
「西ベンガル州政府職員のストに抗議する集会だという話だ」
「なんで撃たれたんだ?」
「インドではよくあることだ」
「それでどうなるんだ?」
「今日は商店もレストランも観光案内所も何もかも休みになる」
「今すぐこの町を出ないと」
「道路封鎖されていると言う話も出ている」
「外国人は大丈夫だろう」
「インド人は拘束されるかも知れないぞ」


外国人観光客数人と、インド人の裕福そうなオヤジに、私が撮ったビデオを見せる。皆が「Ohhh」「Ahhh」と言う反応だったが、

ホテルオーナーは反応が違った。
オーナー「君、そのビデオは誰にも見せるな」
私「なぜ?」
オーナー「そんなビデオを撮っていたことを知られると、君は軍や警察や犯人グループに拘束されるかも知れない」
私「でも、誰にでも見せる訳じゃない」
オーナー「どこかのインド人に見せると、そのインド人から噂が伝わり、いずれ君のことが特定される可能性がある」
私「じゃあどうしたらいいの?」
オーナー「誰にも見せないことだ」
私「消した方がいいかな」
オーナー「君が決めることだ」


10:20頃、ツアーエージェントのマイクがやってきて、「今日中にダージリンを脱出する。18:00に出発する。それまでこの部屋を使っていいと、オーナーと交渉した、待っててくれ。店はやっていないけど、広場とかなら行って問題ないと思う。それでは18:00に」


どうしようかなあ。

撮ったビデオをパソコンに落とし、カメラ本体からはデータを消した。


11:00過ぎ、マイクが再びやってきて「よかった、まだ居た。14:00出発に変更だ、ドライバーが確保できた。昼飯はホテルで食ってくれ。それまで外に出ないでくれ、ちょっと危険だ」


なんか、とんでもない事態に巻き込まれたのかも知れない。


ホテルはwifiが使えるので(但し電波弱いしよく不通になる)、ロビーでネットを試したらつながった。速報記事が出ていた。リンク先は後日差し替わった詳細記事。
ダージリンタイムス(これもそれなりにグロいです)(2012/10/19補記:リンク切れ。殺された人はMadan Tamangリンク先は英語で、殺された方法も銃じゃなく、ナイフで首を切られたみたい)

つづく。


(このエントリーを書いているのは6月25日です。5月21日の夜に、脱出後に着いた町からネットで動画をyoutubeにアップしたところ、コメント欄に「お前を捜し出して絶対殺す」というコメントが3件入っていました。さすがにちょっと恐くなったので、いったん動画削除し、今回再度アップするのです)

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5月21日早朝 ダージリンの朝は美しい。

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昨日の夜、雷とともに雨が降ってきて、町は停電になった。ホテルも最小限の明かりしかつかない。だからさっさと寝た。そのせいか、この日は朝4:00に目が覚めてしまった。

昨日見に行った濃霧のタイガー・ヒルとは異なり、夜明け前独特の青い空が広がっていた。
7_yoake

泊まっているホテル(デケリン)の窓からは、ヒマラヤ山脈が見える。天気が良ければエベレストも見える、と宿のスタッフが言っていた。ホントかどうかは知らないが。


夜明け前の青い空がこんなに綺麗なのか。昨日タイガー・ヒルでこの景色を見たかったよ。


しばらく青い空を眺めていたけど、まだ4:30。もう一眠りしよう。



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2010/06/23

5月20日 ダージリンは濃霧。

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3:30にホテルスタッフが起こしに来た。昨日のストロングビールで悪酔いしたみたいで、酒が残っている。しかも眠い。そりゃそうだ、バラナシでは連日連夜35度を下回ることが無く全然眠れなかったし、ダージリンまでの夜行列車では荷物置き場を確保できなかったので、狭いベッド、しかも3段ベッドの一番上でエアコンガンガン効いてて寒くて眠れず。ここ数日満足に眠れていないんだよなあ。

で、酒が残って眠い状態のまま、朝4:00、タイガー・ヒルに向かう。天気が良ければ、美しいヒマラヤ山脈の夜明け(特にカンチェンジュンガが美しい)を見られたはずなんだけど。寒いったりゃありゃしない。気温5℃。私は厚手のパーカー+ユニクロの派手なジャンパーで防寒。一昨日は気温45℃のバラナシにいて、昨日の午前中は気温30℃超えのニュージャルパイグリ駅にいて、今は気温5℃のダージリン、と。
1_samui

タイガー・ヒルには続々と観光客が押しかけてくる。大半はインド人。夜明け前で真っ暗なのと濃霧で何も見えないけど、インド人観光客は服装がインド人なのでわかるのよ。

これじゃあたぶん良い景色を見るのは無理だろう、と諦めながらタバコを吸っていた。で、タバコをポイ捨て。するとですね、日本人から日本語で「タバコ、タバコ、吸い殻」と文句を言われました。あんたの言いたいことはわかるんだけどねえ、私はスリとか強盗に狙われたくないから、なるべく現地の人と同じような行動を取ることにしているのよん。インドじゃタバコをポイ捨てするのが当たり前(タバコだけじゃなく何でもポイ捨て)なの、ダージリンはゴミが少ない町だったけど、昨日一日町をぶらついて観察した感じじゃ何でもかんでもポイ捨てするのはここも同じなの、あんたたちは団体旅行で危険を感じないかも知れないけど、私は個人旅行なの、文句を言われる筋合いはないのよん。インド人から文句言われたら考え直すけどさ。

そうこうしているうちに夜が明けた。濃霧で何も見えん。

天気が良ければ、こういう綺麗な風景を見ることができたはずなんですけどねえ。とあるお方のブログ


5:40、これ以上いても濃霧が晴れる気配無し。「もういいよ、帰ろう」とドライバーを促すも、タイガー・ヒルへの一本道は、交通ルールがあるようでないようなインド人たちの無理駐車により、まったく動くことが出来ないのであった。少しは脳みそ使って考えて駐車しろよ、インド人。
2_chuusha


6:30にホテルに戻って朝飯食っていったん寝て、10:00に観光再開。日本山妙法寺。ダージリンには、日本の宗教団体の寺があるのです。
3_myohoji


次。ダージリン鉄道のグーム駅。

次。ダージリン鉄道のループ。

次。ハッピーバレー紅茶園で工場見学。その前に、2台のジープがすれ違うのがやっとという細い幹線なのに、大勢の女性がデモ行進している。「どしたの?」と聞くと、「政府機関のストライキに抗議している」とのこと。


で、ハッピーバレー紅茶園までの道は、土砂崩れで車じゃいけなくなってしまった。
4_dosha


観光は昼前で終わり。ツアーエージェントのマイクがやってきて、「明日はヒマラヤ登山学校、ヒマラヤ動物園、ロイド植物園、その他を見学する予定だよ。明日は9:00出発ね」とのこと。


昼飯食ってダージリンでいちばん大きな公園チョウラースターに行く。
5_chowrasta

このチョウラースターから歩いて30分くらいかかるブティア・ブスティ・ゴンパ(チベット仏教の僧院)に行く。

行く途中で、下校途中の小学生の女の子が、私のことを興味深そうに見つめていて、そのうち後ろを歩き出し、片言の英語で「どこから来たの?」と聞いてきた。
私「日本だよ、知ってる?」
女の子「知ってる。スズキ、ソニー」(注:インドではスズキの車がいちばん売れている)
私「よく知ってるね」
女の子「どこ行くの?」
私「ゴンパ」
女の子「こっち」
ゴンパまでは一本道だったから迷うことはなかったけど、デリーやバラナシのクソガキと違ってすれていない素直でかわいい女の子だったから、お礼にチェキで写真を撮ってあげました。もしかしたらお金が欲しかったのかも知れないけど、金はやらんぞぃ。
6_pagoda


で、ゴンパへの道は斜度35度くらいある急坂の連続で、行きは下りだからいいけど、戻りはかなり疲れた。


このあと、昨日と同じく町をうろつき、この日もネットカフェはダメで、この日もストロングビールを飲んで酔いが回り、晩飯を食って早めに寝るのであった。



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5月19日 ダージリンに到着

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夕食は車内サービスで食える、と言うことだったので昨日の夜は飯を食っていなかった。駄菓子菓子≠だがしかし。晩飯は出なかった。もしかしたら私の代わりに居座っていたインド人が食ったのかもしれん。

朝8:00、列車内で朝食が出た。想像以上にしょぼかった。

9:30頃、食事サービスの係がチップを要求してきた(乗客全員に要求する)。下の座席に座っている韓国人グループは「大きな札しかないから」と言って20ルピーを渡したら、係が「これじゃ少ない」と文句を言って喧嘩になっていた。私は晩飯食えなかったし朝飯しょぼかったので10ルピーと1US$札を出し、「1US$は50ルピー相当だ、どっちにする」と言って渡そうとしたら、えらい剣幕で文句言いやっがったので、「じゃかましいわボケ、俺は晩飯くっとらんのじゃ、あんなちんけな朝飯で1US$も払う言うとるんじゃ、ありがたく受け取らんかい!」と日本語で応戦し、以降無視。3分くらい文句言っていたけど、全無視。

列車は10:50に、ニュージャルパイグリ駅に到着した。到着予定時間は10:45なので、信じられない正確さである。列車を降りると、シゲタトラベルが手配していたドライバーが迎えに来ている(インドの列車は改札がないので、誰でもホームまで入れる)。ドライバーとともに送迎車に行くと、途中からどう見ても7歳くらいと4歳くらいで、臭いと身形を見る限り3年くらい体洗っていないんじゃないかという乞食姉弟が私に「10ルピー、1ダラー、ボールペン(ボールポイントペンじゃなくこう言った)、ライター、チョコレート、キャンディ」と言いながらずっとくっついてきて、送迎車に乗り込んでも送迎車の真ん前に立って「ギブミー、ギブミー」言っている。困ったなあと思っていたら、ドライバーが10ルピー渡して追い返した。ふーん、と感心しながら見ていたのだけど、ドライバーにチップ余計に払わないとならないのかなあ、とも思ってしまった。

乞食問題はどこの国でもよく見かけたけど、これはその国の人たちが解決しなきゃならない問題だ。最終的には国として教育(少なくとも職業訓練)にどう取り組むかという問題なのだ。まあいいや。


ろくな朝飯食っていないから「腹減って腹減って、もう飯食いたいんだけど」と言うことをドライバーに伝えるも、ドライバーは英語をほとんど話せなくて、私の話す片言ヒンドゥー語も通じない(後から聞いた話では、ダージリン一帯はネパール語かチベット語なのだそうだ)。飯が食えん。

ダージリンまで何時間くらい? と聞いたら、これには答えが返ってきて「3Hours」。えっ。14:00頃まで飯食えないの。で、送迎車は山道を走るのだった。

ニュージャルパイグリ駅は30℃くらいあり蒸し暑かったが、山道を登るにつれ、どんどん涼しく、そして寒くなってくる。


13:40、ダージリンに到着。デケリンという歩き方でも好評なホテルにチェックイン。現地のツアーエージェント、マイクがホテルに来ていて、「やあ、ようこそダージリンへ。今日は送迎で終わりだ。この町はインドの中じゃかなり安全だから、今日は町を散策するといい。明日は朝4:00にタイガーヒルに行って、ヒマラヤ山脈の夜明けを見る。ああそうそう、ダージリン鉄道はストで動いていないから」

えっ。私はダージリン鉄道に乗りたくて、わざわざここまで来たんですけど。

「そう言われてもなあ。無期限ストなんだよ。明日で終わるかも知れないが、終わらないだろうな。運が良ければ、明日か明後日乗れるよ。運が良ければ」

が~ん。


がっかりしつつ、ホテルの1Fにある歩き方おすすめレストランでモモ(チベット餃子)とスープを頼む。旨くないぞ。食い方間違っているのかなあ。
13_momo


食欲を満たしたので、ダージリン鉄道のダージリン駅に行ってみる。ストで動いていないから、線路の上を通り放題。
11_darj


厚手の長袖着なきゃならないくらいに寒い。15度以下なのは間違いない。
どうでもいいけど、インドって女子学生の制服がかわいいんだよね。
12_toy


3時間くらいかけて町中一周。

いったん宿に戻ってパソコン持ってネットカフェへ。すると、「今日はサーバーにつながらないからダメね」とのこと。

ううーむ。酒屋でストロングビール(アルコール度数10%のビール)を買って宿で飲む。疲れていたのか、最初の一口で効いた。酔いが回った。チェキでホテルの従業員を撮ると、異様に喜ぶ。ホテルの近くで晩飯を食って20:00に寝る。

明日は3:30起きだ。



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2010/06/22

5月18日 バラナシからダージリンへ向かう

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暑くて眠れーん。暑すぎて夜中に何度も目が覚めて、そのたびにカシオのProTrek(という腕時計)で気温を測っていたのだが、34℃を下回ることが一度もなかった。

中庭でイランダの朝飯を食おうとしたら(しかしイランダこき使われているなあ)、隣室の人が出てきたので「一緒にどうですか?」と声をかけると、実は日本人でした。
彼「暑いっすねー。この宿暑すぎ」
私「そっちはエアコンという名目の冷水扇は無いの?」
彼「無いっすよ-」
私「じゃあ値段安い部屋なんだ、いくら? 私の部屋は500」
彼「えっ!500もするの!こっちは200」
私「えっ!200なの!俺の部屋、高すぎ」
彼「ここって、なんか変な宿ですよね」
私「ああ、オムレストハウスの偽物だから」
彼「やっぱり偽物だったんだ」
私「うん、宿の名前が違う。でもイランダの飯が旨いから二泊しちゃったけど」
彼「あの少年ね、確かに旨いよね。でも暑いのはもうイヤ。この時期のインドの暑さを舐めてた」
私「じゃあ一緒にチェックアウトする? 私はこの後ダージリンに移動するけど、フレンズ(注:有名な安宿)に行って半日休もうと思っているんだ。中心部の宿でも、エアコン付きで1000ルピー以下で泊まれると思う」
彼「いいですね、じゃあ行きましょうか」

で、二人でチェックアウトしたら、宿のオーナーから「税金15%上乗せして払ってね」と言われてしまった。確かに、レセプションの後ろに貼ってある看板に「税別」の記述があった。ううむ、インド人にしてやられた。かなり悔しい。

日本人の彼と歩いてバラナシの街中まで行き、彼はエアコン付きの安い宿を探すということで別れる。私はフレンズに行く。一階には誰もいなく、宿の人を探すために3階まで行くと、オーナーは部屋を掃除中だった。「ドミトリーに半泊したい」と告げると、オーナーのラジャジ(RAJAJ)が「半泊という料金制度はない。一泊払ってくれないか。ドミトリーは別棟だ。少し歩くが、どうする?」というのだが、掃除中の部屋が結構清潔かつ快適な部屋で200ルピー(400円)と言うから、暑くて動くの面倒になった私は200ルピーでシングルを借りることにした。ラジャジは優しく親切な良い爺さんである。

少し寝る。

しゃん亭に行ったらwifi出来た。ばんざーい。

ソナさんの所(ソナズショップ)に行くと、ソナさんは仲間とトランプに夢中。
私「いつ来てもトランプやってるねえ」と声をかけると、
ソナさん「そりゃあそうだよ、今オフシーズンでヒマだもん」とのお答え(日本語で、です)。
ソナさん「で、どしたの?」
私「爪切り借してほしいんだけど」
ソナさん「じゃあ探しとくから後で来て。今停電だから探せない」


ソナさんおすすめの店(ホテルニュースターの1Fにあるレストラン)昼飯を食う。

バラナシのバックパッカー御用達ストリート「ベンガリー・トラ」を散策するも、暑くて死にそう。エアコンが効いているネットカフェで涼む。1時間20ルピー(40円)で、エアコンの快適さを味わえる。素晴らしい。

再びソナさんの所に行き、爪切りを借りる。代わりに、使わないであろう薬とかスコッチのセロテープとかを置いてくる。
ソナさん「あのね、ラクシュミーのオヤジが、この看板のスペル合っているか教えてって」
私「日本語はOKだよ」
ソナさん「英語は?」
私「合っているけど、インド人の方が英語得意でしょ」
ソナさん「英語の読み書きが出来ないインド人って多いんだよ。私もだけど」
私「へえ、意外」

10_sona


フレンズに戻ってパンツ洗濯。

チェックアウトしてしゃん亭に行く。


夜のバラナシ中心部はこんな感じで牛がいる(夜じゃなくても牛はいるけど)


夜のベンガリー・トラは暗い。(それまでの18カ国で懐中電灯を使う機会がまったくなかったので、インドに懐中電灯持ってこなかった。そしたらバラナシでは懐中電灯無しじゃ歩けないほど真っ暗)


と、ケープタウンで出会った彼(とケープタウン以降につきあいだした超美人の彼女)がいた。
彼「おおー、やっぱ会いましたね」
私「いやあー、偶然ってすごいですね」
彼「まあバラナシは世界一周している人が大勢来てますからね」
彼女「でもそれにしても道端で偶然出会うのは結構珍しいよ」
私「やっぱり」

なんて世間話を1時間ほどして、私はダージリンへ向かうために、バラナシからオートリクシャで40分くらいかかるムガル・サラーイ駅まで移動開始。


オートリクシャをつかまえて、125ルピーでムガル・サラーイ駅まで行く交渉がまとまる。で、乗る。すると、リクシャはどんどんインド人を乗せる。
私「インド人を乗せるな、駅まで直行しやがれ」
運ちゃん「こんな安い値段で直行できるか」
私「じゃあ降りる。別なリクシャ探す」
運ちゃん「ああ、ちくしょう、150出したら直行してやる」
私「うーん、わかった、OK」


で、バラナシからムガル・サラーイ駅までオートリクシャで40分以上かかったんだけど、道中街灯がまったくない国道を走り、大型トラックが突然対向車として現れる、道の端には自転車やが無灯火で走っている、歩行者もいる(暗くて10mくらい手前でも見えない)、大八車もいる、おお、これで良く通行できるな状態。いやホントに恐かった。対向車のトラックが。


21:50、ムガル・サラーイ駅に到着した。
運ちゃん「着いたぞ、あそこが駅だ。いいか、駅のプリペイドリクシャでもバラナシからムガル・サラーイ駅までは200ルピーなんだ、150なんて安すぎる、お前が文句言うからインド人を乗り合いさせずに来たけど、150じゃ安すぎる!」

なんて怒鳴っているし、150ルピーは払えない(細かい札がない)ので、100ルピー札×2枚=200ルピーを渡し運ちゃんの肩をたたき握手を求めたら、ものすごーく嬉しそうな顔をして、「Have a nice trip」と言ってくれた。


で、デリー始発、ムガル・サラーイ駅停車、ニュー・ジャルパイグリ駅行きの出発予定時刻22:30発。待ち時間が40分ある。

到着する予定のホームで待っているが、列車は全然来ない。

駅ではアナウンスが流れていて、「遅れているけどそのまま予定通りのホームで待て」とのこと。

待っているけど暑い。タバコを吸いに駅の外に何度か出る。

で、予定時刻になっても来ない。アナウンスは流れない。

隣のホームに列車が来た。アナウンスは流れない。

もしやと思い隣のホームに行くと、「ああ、君の乗る列車はこれだよ」と駅員。アナウンスの嘘つき。

列車に乗って1分後に出発。危ないところだった。

列車は15分遅れで出発。インドでたった15分遅れなんて奇跡のようだ(後から知った理由:乗った列車はインドでいちばん時間に正確な「ラジダーニー・エクスプレス」だったから)。

で、3段ベッドの寝台が私の座席。寝台車はみんなもう寝ていて、車内は暗くカーテンで様子がわからない。とりあえず何とか見つけた私の座席に行くと、当然のようにインド人が寝ている。
私「てめえ、どけ」
インド人「私もこの座席のチケットを持っている」
私「チケット見せろ」
インド人「狭くて取り出せない」
私「てめえ、この野郎、じゃあ車掌を呼んでくるぞ」
インド人「どうぞ」

くそったれ、車掌はどこだ!


車掌を見つけて戻ってきたら、インド人は消えていました。

ああ、インドって面倒な国だ、まったくもう。



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