逢坂剛「まりえの客」感想。
ミステリ(?)短編集。2007年02月28日読了。
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武田邦彦 /洋泉社 2007/03出版 221p 19cm ISBN:9784862481221 ¥999(税込)
私が環境問題に興味を持つようになったのは、7~8年前に見たテレビ番組がきっかけである。正確な放送時期や番組名などは忘れてしまったが、日本乾電池工業会というような名称のメーカー団体のわりと偉い人が、乾電池のリサイクルがなぜ進んでいないかの説明をしていた。曰く、
「乾電池をリサイクルするためには、作るよりもコストがかかってしまう。コストというのはエネルギーのことで、乾電池1個リサイクルするためには、乾電池の新品を1個作るよりもエネルギーが必要になってしまう。そのため現時点ではリサイクルが普及していない」
という内容だった。数日後の読売新聞のテレビ欄読者お便りコーナーに、これに対する一般主婦からの意見が載っていた。曰く、
「コストコストって何でもかんでもコストで考えて、企業がそんな考え方だからリサイクルが進まないのよっ」
といった感じ。更に後日、乾電池工業会から改めてコストとはエネルギーのことである旨の説明が読売新聞に掲載されていた。はず。かなりうろ覚えなので間違っていたらすいません。
私は、作るよりエネルギーを要するのならリサイクルの意味がないじゃないか、何を阿呆な投書をしているのだこの馬鹿主婦は、と思ったのだが、世の中はこの主婦のような感想の方が多いとも思った。
この話では両者の見解がかみ合っていない。乾電池工業会が言っていたのはエネルギーを無駄に使ってしまったらリサイクルの意味がないという話なのに、主婦が言っていたのは限りある貴重な材料をリサイクルしないとはけしからんという話だ。
さて本書。2007年3月12日発行の超最新刊である。(話は違うが、初版発行日と店頭に並ぶ日が1ヶ月ずれる出版界のこの悪習は何とかならんのかね)
奥付によると、著者は昭和18年生まれ、現在名古屋大学大学院教授、多摩美術大学および中部大学非常勤講師、更に内閣府原子力安全委員会専門委員および文部科学省科学技術審査会専門委員とのこと。
本書のタイトルを見たらすぐ判るように、本書は環境問題に関して疑問を持っている読者が読むと「なるほどなあ」と思い、環境問題解決推進派が読むと「こういう危機感のない学者がいるから環境問題は悪化の一途をたどるのだ、バカ学者め」と著者に対して殺意を抱く、ような内容になっている。
私は、二酸化炭素排出量を少々削減したぐらいで地球の温度はほとんど変わらないと思っているし、北極の氷が溶けたからといって海面が上昇するわけないだろう、と思っているような人間なので、著者が書いている説にいちいちごもっともと頷くことしきりであった。
ただ推進派を逆なでする(もしくは環境問題についてあまり考えていない人を洗脳する)内容に寄りすぎでいるため、疑問派の私が読んでも、おやぁ?と思ってしまうようなことも多い。
例えば、二酸化炭素を吸収させるため森を育てようという環境保護案に対し、著者は「若い木は生長するため二酸化炭素を吸収するが、老木になってくるとほとんど吸収しなくなり、枯れ木は腐る過程で(木を分解する微生物が)二酸化炭素を排出する。ある一定の面積の森林で考えると、若い木と老木・枯れ木はほぼ同数存在すると考えられるから、二酸化炭素の吸収・排出はトントンになる」と述べる。
環境問題の推進派にその理屈は通用しないでしょう。
疑問派の私ですら、「管理された森林を作り、若い木を育て、老木になる前に伐採する」と、木は二酸化炭素を排出しないでしょう、と思いますが。
本書でもっとも意外だったのは、日本で使われている紙の原料となるパルプは、先進国の木材を使っているから、日本人が紙の消費を減らしても途上国(インドネシアやフィリピンやブラジルなど)の森林伐採は止まらない、という話。
それは知りませんでした。結構ショックです。
意外ではなかったが数字を出されて唖然としてしまったのは、1985年を境に新油田の発見数(推定埋蔵量)よりも石油の消費量の方が多くなってしまっており、このまま行けば2030年頃に石油が枯渇してしまうだろう、という話。
それも知りませんでした。
そして石油が枯渇すると、トラクターが動かせなくなるため日本の農業生産効率は現状よりも落ち、現在40%の食糧自給率が25%くらいにまで低下するであろう予測。
改めて日本の食糧自給率ってホントに低いんだなあと実感。
全体的な感想として、本書はその主張がちょっと強引な気がする。上梓する前にもっと一般人に読ませ、著者の独りよがりになっている部分をもう少し判りやすく伝えることが出来るようにすれば良かったのではないだろうか。惜しい本である。
とはいうものの、読んで損はない本だと思う。
この著者には、次作を期待したい。
5点/10点満点
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勝俣誠 /朝日新聞社 1993/09出版 258p 20cm ISBN:9784022595829 ¥1,470(税込)
1993年に出版された本。14年も前である。本書の奥付に載っている著者プロフィールでは、現在明治学院大学国際学部教授および同大学国際平和研究所所長、とあるが古いので2007年の今のことは判らない。
本書は、著者が1980年代初頭にセネガルの首都ダ・カールに2年間留学し暮らし体験したこと、その後本書が出版されるまでの10年間西アフリカについて研究したことがまとめられている。エッセイ的な要素が3割、研究書の要素が7割といった感じ。
14年前に書かれたにもかかわらず、今読んでも古さを感じさせない。
西アフリカに関する考察(研究)が的を射ていることと、西アフリカの開発が14年前と比べそれほど進んでいないことが古さを感じさせない理由と思う。最後の50ページは感心することが多く書かれていた。
NGOによる西アフリカへの物的支援も、場合によっては現地で商売をしている人たちの営業妨害となりうる。例として挙げられていたのは日本で捨てられた古自転車を回収し、わざわざ高い金をかけてアフリカへ輸送するプロジェクトである。NGOはその古自転車を無料もしくは格安で現地の人々に配るのだろうが、それにより現地で自転車を販売している商店主は大打撃を受けてしまう。また、日本から入ってくる良質な自転車が壊れた場合、変速機やディスクブレーキなどの部品が手に入らないことが多い。壊れてしまったら結局現地で捨てられることになってしまう。
このような主張は他の本で読んだような気もするが、本書ではなかなか説得力ある言葉で書かれていたのが印象的であった。
また、アフリカの砂漠緑化についても考えさせられる見解が載っていた。
曰く、日本人などが進行する砂漠化を防ぐため、紙おむつの保水材などを使い砂漠緑化を大金を注ぎ込んで実施している。最終的には砂漠を耕地に変えようという目論見らしいが、果たして砂漠が耕地に変わったとして、誰がそこに住んで作物を栽培するのだろうか、というものである。
砂漠緑化に大金をかけるよりも、砂漠化している土地に住んでいる人たちを豊饒な土地に移住させ、その国の農業生産性を上げた方がその国の人たちは豊かに暮らせるのではないだろうか。結局のところ砂漠緑化など先進国の勝手で行われている事業なのだな。
7点/10点満点
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桃井和馬 /岩波書店 2003/12出版 77p 22cm ISBN:9784000269674 ¥1,890(税込)
「DAYS JAPAN」の広河隆一が総編集長となって発刊された「岩波フォト・ドキュメンタリー世界の戦場から」というシリーズの一冊。
このシリーズは、約40ページのモノクロドキュメント写真と、写真家自らが書く約30ページの解説で構成されている。撮影者である写真家は、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会の会員である(らしい)。
本書の内容(岩波書店ホームページから引用)
有限の天然資源をめぐって,投機ゲームが人間の欲望を爆発させ,自然破壊が進行し,慢性的な飢餓,戦争と殺戮が過熱化している.深刻化する砂漠化,消えゆく森林,土壌流失,終わらない紛争.破壊されていく地球の現場を求めて,アフリカ,アジア,シベリア,中南米とジャーナリストは撮り歩き,環境と人間との共存を考える.
先進国の傲慢さで切り開かれていく発展途上国の森林。
砂漠化する大地。
スラム化する都市。
ゲリラに両手を切断されたシエラレオネの人々。
人民を抑圧する独裁者。
内戦がきっかけで引き起こされた虐殺の跡。
本書に載っている写真のテーマは、もしかしたら陳腐なのかも知れない。
しかし、限られたページ数の中にテーマを絞って盛り込まれた写真は、強烈なメッセージを伴っている。
本書の解説ページに、ルワンダの大虐殺は食糧不足が原因だった可能性について書かれている。
ルワンダは1950年から1990年までの40年間で、人口が200万人から800万人に4倍増となった。1家族あたり2ヘクタールの農地は人口増により0.7ヘクタールに減った。1990年の国民一人一日あたり1000キロカロリーまで農作物の収穫が減っていた。人が増えると、煮炊きに使う薪の使用量も増える。薪を作るため森林を伐採する。森がなくなると保水力が失われ、雨が降るたび土壌が流され、大地は作物を育てる栄養素を失っていく。
虐殺を行ったフツ族は人口の84%を占め、農耕を中心としている。
虐殺されたツチ族は人口の15%で、牧畜を行い、ルワンダでは支配階層だった。
ルワンダ大虐殺のきっかけは、フツ族出身の大統領が乗った飛行機が墜落したことにはじまる。墜落直後から「ツチを殺せ」という流言が広まる。
満足に食べることが出来ていたら、フツ族の普通の人たちは流言に惑わされただろうか?
というのが著者の問いかけである。説得力のある説だ。
8点/10点満点
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allcinema ONLINEでの「クラッシュ」はこちら。
粗筋とか世間の評価はallcinema ONLINEなどをご参照下され。
CGも相当ひどかったけど、演出も脚本もひどいね。
1点/10点満点
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※判る人にだけ判る言い訳。テレビで映画を見るってのは、著作権者に間接的に対価を払っていることになりますので。
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佐藤文則 /岩波書店 2003/10出版 77p 22cm ISBN:9784000269650 ¥1,890(税込)
「DAYS JAPAN」の広河隆一が総編集長となって発刊された「岩波フォト・ドキュメンタリー世界の戦場から」というシリーズの一冊。
このシリーズは、約40ページのモノクロドキュメント写真と、写真家自らが書く約30ページの解説で構成されている。撮影者である写真家は、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会の会員である(らしい)。
こんなシリーズが出版されていたとは知らなかった。
本書の内容(岩波書店ホームページから引用)
独立200年を迎えるカリブ海に浮かぶ黒人初の共和国・ハイチは,人口の1%弱の人びとが総収入の50%を独占し,失業率70%,平均寿命49歳,幼児死亡率10%に近い.軍事クーデター,米軍進駐,民衆弾圧の中で,スラム街を中心とした20回に及ぶ現地取材で,民主政権の復活を夢見て闘い,逞しく生きる人びとの生活を追う.
本書の著者である佐藤文則は、1988年9月16日に初めてハイチを訪れた。その翌日、クーデターに遭遇した。以降、約20回にわたりハイチを訪れ現地取材を敢行した、となっている。たぶんこれからもハイチへ行き続けるのだろう。
ハイチという国が世界最貧国の一つであることは知っていたが、今まで興味もなくそのほかのことはほとんど知らないと言っていい国だった。
本書に掲載されている写真の数々は、その一つ一つに圧倒される迫力があり、世界にはまだまだこういう国があるということを思い知らされる。
8点/10点満点
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小池政行 /岩波書店 2004/08出版 208p 18cm ISBN:9784004309031 ¥735(税込)
現代の戦争の被害者は、軍人ではなく民間人である。第一次、第二次世界大戦の頃と比べるとその傾向は顕著である。という著者の自説をジュネーブ条約に基づく国際人道法の法的解説を述べ(著者は1951年生まれで、外務省に20年弱勤めた後、日本赤十字国際部参事を経て、日本赤十字看護大学教授、青山学院大学法科大学院講師となっているので法学に詳しいのだろう)、ソマリア内戦、ボスニア・ヘルツェゴビナの民族浄化、コソボ紛争、アフガニスタンvsアメリカ、イラクvsアメリカの事例から説明していく。
が。
著者の言いたいことは判るのだが、本書を読んでいても「現代の戦争では民間人の犠牲者が増え続けている」という実感がもてない。事例にあげた戦争の経緯を説明することに力を注ぎすぎていること、および現代アメリカの戦争の始め方や戦闘方法に対する批判が多すぎ、肝心な自説の主張がぼやけてしまっている。
更に。
第3章にてボスニア・ヘルツェゴビナの民族浄化に関する記述があるのだが、セルビア人による虐殺行為を世界に広く知らしめたのはアメリカの広告代理店ルーダー・フィン社であり、エスニック・クレンジング=民族浄化という言葉を作り出したのもルーダー・フィン社である、と8ページくらいかけて書かれているのだが。
それってさあ、高木徹の「戦争広告代理店」の丸パクリじゃねえの?
確かに参考文献として「戦争広告代理店」が挙げられているけど、本文中には引用の記述はないし、8ページ(くらい)に渡っているって、それはもはや引用ではなくパクリだろ?
もしかしたら著者は、ルーダー・フィン社がボスニア・ヘルツェゴビナの代理店だったのは事実なのだから、事実を書くと記述が似通ってしまうのは仕方がないではないか、と思っているのかも知れないが、少なくとも両書を読んだ私には、本書はパクリとしか思えない。
こんなの出版して良いのかね?
旧ユーゴのことを知りたい人は、千田善(ちだ・ぜん)という旧ユーゴに延べ10年くらい滞在していた学者の本の方が遙かに参考になる。のでご紹介。
なぜ戦争は終わらないか ユーゴ問題で民族・紛争・国際政治を考える
千田善 /みすず書房 2002/11出版 236ページ ISBN:9784622070146 ¥2,625(税込)
ユーゴ紛争はなぜ長期化したか 悲劇を大きくさせた欧米諸国の責任
千田善 /勁草書房 1999/04出版 221ページ ISBN:9784326351183 ¥2,730(税込)
2点/10点満点
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日本放送協会放送文化研究所 /日本放送出版協会 2004/04出版 201p 18cm ISBN:9784140881057 ¥693(税込)
漢検の勉強になるかと思って買ったのだが、この本のコンセプトは「漢字力アップ」ではなく「国語力アップ」なので、私が想像していた内容とはちょっと違った。漢字の問題もたくさん掲載されているけど、俳句の季語が表す季節はどれとか、正しいことわざは何とか、古文の著者は誰とか、そういう問題もいっぱい載っていてまあ言ってしまえば私の趣味には合わなかった。
”NHK放送文化研究所 日本語プロジェクト”という大袈裟なお名前のところが編著しているわりに、杓文字(しゃもじ)の杓の字をパソコン表示されるのと同じ形で印刷している。そんなお粗末なことでいいんですかね。それじゃあ漢字検定準1級に受かりませんよ。
前にも当ブログで書いたが、「杓」の字は正しくは以下の通り。中は点ではなく横棒である。(小林信明編、新選漢和辞典第五版・小学館・522ページよりスキャニング)
4点/10点満点
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ビートたけし/竹内薫 /フジテレビ出版(扶桑社) 2006/12出版 155p 19cm ISBN:9784594052836 ¥999(税込)
先日紹介した「99.9%は仮説」の著者・竹内薫が、隔週で出演しているテレビ番組「ビートたけしのコマネチ大学数学科」が結構良い視聴率を取っているので出版された本(らしい)。
本書はネットで買ったので立ち読みもしていない。
買う前は、番組で紹介されていた数学問題が全部紹介されていて、解法もそこそこ詳しく載っているものだと勝手に期待していた。
しかし、本書はたけしと竹内薫の対談が70%と、番組からセレクトした数問を掲載しているだけ。しかも問題の掲載の仕方が、
●番組で使われた例題と問題文をそのまま掲載
●番組再現と称し、番組中で解答者が言った言葉を、ただそのまま掲載
●そのくせ、誰がどういう回答を出したのかは掲載されていない
●解法も番組で竹内等の解説者が言ったまま掲載
この番組は解法を端折りすぎることがある。たぶんディレクターがバカで、どこを端折ったらいいか理解しないまま編集しているのだろう。
この本は、その悪い放送の時の問題と解法をそのまま出している(全部じゃないが)。
どう考えても、フジテレビ出版の適当な頭の悪い編集担当が、番組のビデオを見て、そのままセリフ興しをして、番組で使われたテロップやフリップをそのまま載せているだけの本だ。解答者がどう答えたかが掲載されていないのは、回答はフリップに手書きするからではないだろうか。
この本の執筆に、竹内薫もビートたけしも関与していないのではないだろうか。番組で見せる二人の数学に対する真摯な取り組みをみていると、あの二人が執筆に関与していて、ここまでヒドイ手抜き本を出版するとは思えない。
しかしまあ、こういう程度の低い本を平気で出版する出版社があるから、出版界は沈没していくんだよ。
1点/10点満点
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北岡明佳 /化学同人 2007/01出版 194p 19cm ISBN:9784759813012 ¥1,470(税込)
2月14日は出張だったので、行きの新幹線で「99.9%は仮説」を、帰りの特急で本書を読んだ。
本書のサブタイトル「錯視の楽しみ方」から、錯視についていろいろ楽しむ方法を教えてくれる本だと思って買ったのだ。錯視ってどういうものかを知りたい人は、著者のホームページに行くと、トップページが巨大な錯視だからすぐに理解できると思う。
北岡明佳の錯視のページ
本書は「錯視を楽しむ」というより、「錯視画を描くにはどうやったらいいか」を指南する本であり、買ったときに思っていたのとちょっと違った。
本書には、これでもかというくらい錯視画がてんこ盛りなのだが、半分読んだ当たりから、錯視画を見るのに目眩がして、最後の方では頭痛であたまがガンガンしてきた。
すべてモノクロ印刷であり、ページによってはウラの印刷が透けて見えたりすることや、特急電車の中で読んだことなどいくつか理由はあると思うが、いろんな意味で期待を裏切られてしまったような気分である。
錯視に関して興味がある人は、読んで決して損はない本だと思うが。
4点/10点満点
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レアメタルの話は、ネットのニュース記事だけではなく、テレビでも取り上げられています。
テレビ東京系列で放送されている「ガイアの夜明け」
2月13日放送済み 第250回
「“ゴミ”の電器がカネになる~テレビ・パソコン…潜む“金脈”~」
この回は廃棄されたパソコンなどを粉砕し、炉に入れ溶かしレアメタルを抽出して再生利用している人たちの話がメイン。先ほど投稿した記事(のリンク先)にあるように、中国政府が本気でレアメタル輸出を渋りだしたら、レアメタル再生ビジネスは時代の必然となり、一気に数百億円産業と化すことでしょう。
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竹内薫 /光文社 2006/02出版 254p 18cm ISBN:9784334033415 ¥735(税込)
本書の目次
プロローグ 飛行機はなぜ飛ぶのか?実はよくわかっていない
第1章 世界は仮説でできている
第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく
第3章 仮説は一八〇度くつがえる
第4章 仮説と真理は切ない関係
第5章 「大仮説」はありえる世界
第6章 仮説をはずして考える
第7章 相対的にものごとをみる
エピローグ すべては仮説にはじまり、仮説におわる
ビートたけしの「コマネチ大学 数学科」というテレビ番組がある。フジテレビで木曜深夜25:00頃から放送されている。この番組がネットされている局は、ちょっと調べた限りではKBS京都くらいしかなかった。関東ローカルに近い番組のようだ。
この番組の内容は、たけし・女子東大生2人組・ダンカン率いる芸人集団の3グループが、毎回1問だけ出題される高等数学の問題を解き、もっとも美しい解法を示した解答者が優勝するというものなのだが。
例えば、タテ10cm、横502.5cmの枠の中に、直径5cmの缶は最大何個入りますか?(注:ケプラー予想の応用問題らしい)
たけしは作図して正解を導き出し、東大生は計算して正解を導き出し、ダンカン達は実際に缶を並べて正解を導き出す。
数学嫌いには堪ったモンじゃないだろうこの番組、意外なことに視聴率がいいそうである。世の中、数学に興味を持っている人も沢山いるのだなあ。(この番組については、数日後、別に感想を書きます)
で、本書は、その番組で数学解説者をしている科学作家・竹内薫の書である。竹内薫は、湯川薫名義でミステリ小説も発表しているらしい。(調べたら6作品出版されていた)
本書に書かれているテーマは明快で、今の世の中で事実と思われているようなことでも実は仮説に過ぎない、である。それを実証するため、いくつもの実例を出して易しく解説している。
冒頭に登場する「飛行機がなぜ浮かぶのかは、まだ解明されていない」には驚いた。
飛行機の翼は上が丸く下が平ら、飛行機がある速度で進んでいくと、翼の上側の気圧が薄くなりそれで浮力が発生する、というのは仮説だそうだ。一般的に信じ込まれているこの原理にイチャモンを付けたのが、有名な物理学者で、だから論争が巻き起こっているのだそうだ。
竹内薫は、一般的に信じ込まれているこの原理がなぜ仮説なのかを、易しく説明してくれる。判りやすい。
同様に、地球温暖化の原因が二酸化炭素であるというのも仮説、生命が太古の地球のアミノ酸から生まれたというのも仮説、ダーウィンの進化論も仮説と書き、それらがなぜ未だ仮説なのかについて解説する。そして読者である私は納得する。
いい作りの本だ。
こういう本は、中高生にぜひ読んで欲しいな。
7点/10点満点
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東野圭吾 /文藝春秋 2007/01出版 273p 19cm ISBN:9784163688107 ¥1,260(税込)
東野圭吾最後のエッセイ集、という触れ込みなので読んだ。
私は本格ミステリが好きではないので、東野圭吾はあまり読んでいない。たぶん「天空の蜂」「秘密」「白夜行」「超・殺人事件」「手紙」の5冊だけ。「鳥人計画」は読んだような気がしていたのだが、本棚を見たら私が読んだのは響堂新の「超人計画」という本だった。
東野圭吾のファンというわけではないのに、なぜかエッセイを買ってしまった。なぜなんだろう。我ながら謎だ。
さて本書。
いろんな媒体で発表されたエッセイが寄せ集められている。東野ファンなら楽しめるだろう。
意外だったのは、デビュー作「放課後」が10万部越えたあと、「秘密」までろくすっぽ売れない作家だったと述懐していること。「天空の蜂」は良かったのに売れてなかったのね。
本書は私が私の好みで評価すると4点か5点しか付けないところなのだが、今回は6点を付ける。
なぜかというと、図書館の功罪に関する考え方が私にきわめて近く、そこに共感したからだ。本書59ページから、かなり長く引用する。
【わからないといえば出版界の先行きだ。本当にもう本の売れない時代になった。不況の影響はもちろんあるだろう。書籍代というのは、真っ先に倹約するのが可能なものだからだ。図書館に行けば、ベストセラーだって無料で貸してくれる。レンタル業なんかも登場しつつある。どういう形にせよ、読書という文化が続いてくれればいいとは思う。しかし問題なのは、本を作り続けられるかどうか、ということだ。本を作るには費用がかかる。その費用を負担しているのは誰か。国は一銭も出してくれない。ではその金はどこから生み出されるか。じつはその費用を出しているのは、読者にほかならない。本を買うために読者が金を払う。その金を元に、出版社は新たな本を作るのだ。「読書のためにお金を出して本を買う」人がいなくなれば、新たな本はもう作られない。作家だって生活してはいけない。図書館利用者が何万人増えようが、レンタルで何千冊借りられようが、出版社にも作家にも全く利益はないのだ。だから私は「本を買ってくれる人」に対して、これからもその代価に見合った楽しみを提供するために作品を書く。もちろん、生活にゆとりがないから図書館で借りて読む、という人も多いだろう。その方々を非難する気は全くない。どうか公共の施設を利用して読書を楽しんでください。ただし、「お金を出して本を読む人たち」に対する感謝の気持ちを忘れないでください。なぜならその人たちがいなければ、本は作られないからです。】
私も図書館で本を借りて読む人を非難する気は全くない。しかし、図書館で借りてきた本を評価するブログには否定的である。著者にも出版社にも書店にも一円の貢献もしていない人たちは、ネガティブ評価もポジティブ評価も公にすべきではないと思っている。
私はこのブログを立ち上げたとき、「図書館で借りてきて読んだ本のレビューをする」系のブログのうちネガティブ評価が多く掲載されていたいくつかに対し、「著者に一円も払ってない奴が偉そうにレビューするな」とコメントした。多くのブログ主催者からは無視された。まあ当然だろう。
しかし私は、本は図書館で無料で借りて読み、気に入らなければ「私の時間を返せ」などと平気で書き込めるブログ主催者の精神が理解できない。
今後、出版社はますます売り上げが下がり、それこそサバイバル状態に突入していくだろう。倒産間近で断末魔をあげている出版社が、ネガティブ評価を書き込んだブログに対して「おまえのブログのせいで売り上げが減った。損害賠償せよ」という裁判を起こすかも知れない。そうなったとき、図書館で借りて読んでレビューしている人と、ちゃんと新刊で買って読んでいる人では差が出るような気がする。
もちろん、ネガティブ評価をブログに書き込むことと、図書館で借りて作者に一円も払わずに読むことは、直接は関係ない。著者や出版社も、文化事業に携わっているメンツにかけて、簡単には裁判など起こさないと思う。しかし、程度の低い著者と程度の低い出版関係者が増えているのも事実だし、作家や出版社や役人や法曹関係者やその他諸々の想像を超える速度で、ブログが進化しているのも事実だ。2ちゃんねるに誹謗中傷の書き込みがあったからといって、ひろゆきを訴えるのは「そりゃ違う」と思っていたけど、法曹界はひろゆきに損害賠償の支払いを命じた。今の世の中、何が起きるか判らない。ネガティブ評価をブログに書き込む人は、覚悟を持って書き込まねばならないと思う。
ちなみに私が真保裕一(または新潮社から)、「最愛」が売れなかったのはおまえのブログで糞味噌に書かれたからだ、と訴えられたとしたら、私は戦う。如何に「最愛」が駄作であったかを、全国10万人くらいにアンケートを採り(有効回答数はせいぜい200人)と、客観的に駄作であることを証明する。
私はそのくらいの覚悟を持って、駄作という感想を世に公表している。
6点/10点満点
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感想アップした30分後、ちょっとだけ追加。
こういうことを書くから私は敵を作ってしまうのだなあ。判っちゃいるのだが...
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栗本薫 /早川書房 2007/02出版 314p 15cm ISBN:9784150308780 ¥567(税込)
ゴーストライターが書いたのかと思ってしまうくらい、グインのゼリフが今までと違う。おまけに誤字や、”てにをは”の使い方も栗本薫らしくない変な言い回しが多い。酒でも飲みながら書いたのか?とにかく今回は違和感がある。
しかも相変わらずクムの話をだらだらと書き続けているだけ。なんだかなあ。
あとがきで、いつ死んでも悔いが残らないように続巻を書き続ける、という意のことが書かれているのだが、完結しないまま死なれたら読者は悔いが残ると思うぞ。少なくとも私は完結を望んでいる。
こういう大長編が、完結することなく作者死亡で終わってしまったら、グインファンの著名な他人が、著者の意を汲んだ(と称する)完結編やらサイドストーリーやらを出してしまうに決まっている。一旦完結したあとでそういうものが出るのは構わないと思うが、誰も知らない結末を死んだ作者に代わって書かれても、それは違うとしか思えない。
東野圭吾の本を読んでいたのだが、グインの新刊だが出てるぞ!ということで割り込みで読んだのだが、なんだかなあ。
4点/10点満点
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中村繁夫 /光文社 2007/01出版 217p 19cm ISBN:9784334933982 ¥999(税込)
中国が世界中の石油を買い漁っている話は、もやは世界中の常識となっている。
ここ1~2年で原油の価格が高騰した主原因とも言われている。
中国は今やアメリカに次ぐ世界第二位の石油消費国であり、石油生産国でありながら、それではとうてい自国の石油消費量をまかなえなくなり、世界各国から石油を輸入している。今はスーダンを筆頭とするアフリカ諸国ととの関係を緊密にしている。アフリカの資源大国の多くは、独裁者もしくは腐敗した政府の圧政があり、共産党一党支配の中国政府関係者は、アフリカのそうした支配者と馬が合うらしい。
日本の石油政策は明らかに中国に負けており、このままいったら近い将来、電気代やガソリン、石油関連製品がすべて値上がりしてしまうのだろうなあ、と思っていた。
話は変わるが、昨年5月24日に「電子材料王国ニッポンの逆襲」という本の感想を書いた。
日本の製造業は、人件費の違いや(バブル崩壊後の)設備投資の消極さが祟って、韓国や中国に抜かれてしまった。しかし、電子材料(電子部品)の世界では、未だ圧倒席な世界シェアを持っているのがニッポンなのである、ということが書かれた本だ。
まだまだニッポンは優れているのだなあ、とこの本を読んで私は元気が出た。
しかし。
電子材料を製造するための原材料であるレアメタルが、中国やロシアなどの資源大国に独占されつつある、と警鐘を鳴らすのが今日紹介している「レアメタル・パニック」である。
私はこの本を読むまで知らなかったのだが、たとえばレアアース=希土類元素は90%が中国から採掘されているらしい。タングステン、バナジウム、アンチモン、バリウムは中国が埋蔵量および生産量ともに世界第一位。モリブデンとビスマスは埋蔵量世界一位、インジウムとレアアースは生産量世界一位。
レアメタル、レアアースの鉱床は、きわめて偏っていて、中国、ロシア、ブラジル、中央アジア、アフリカ諸国に多い。これはプレートテクトニクスで地球の陸地ができあがったことと関係している模様。
様々な電子材料の開発力、製造ノウハウは確かにニッポンが世界各国に抜きんでているのだろうが、それを作る原材料が手に入らなければ、作りたくても作れない。
中国はその原材料の埋蔵量、生産量で世界一位だ。
中国は、国策としてレアメタル・レアアースの輸出を制限しだしていると本書に書かれている。
もし中国が悪意を持って輸出制限をしているとしたら、ニッポンは電子材料製造ノウハウと引き替えにしなければ、レアメタルを入手できなくなってしまうかも知れない。これは恐ろしい。そんなことになったら、ニッポンの製造業で誇れるものがどんどん減ってしまうではないか。
本書の著者は、若い頃ヒッピーをやって、蝶理という商社でレアメタルの輸入を手がけ、現在はチタンの輸入などを行っているアドバンスト・マテリアル・ジャパンの代表取締役。(ちなみにチタンは世界中に豊富にある物質だが、精製が難しいので今のところレアメタル扱いになっている非鉄金属)
著者の経歴が、本書の示す恐ろしさをより一層かき立てる。
光文社のへんてこ英語入り交じりペーパーバックで出版されているせいか、今のところ本書はそれほど話題になっていない。しかし、
日本経済の未来を憂うビジネスマンよ、ぜひ読め (さらに憂鬱になってしまうが)
7点/10点満点
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若桜木虔 /ベストセラーズ 2006/08出版 299p 18cm ISBN:9784584121146 ¥820(税込)
若桜木虔の作家になるにはどうしたらいいかの指南書シリーズ。1月に読んだ「プロ作家養成塾」に続き、このシリーズ最新作である本書を読んだ(本シリーズは、もう一冊「プロの小説家になる作家養成塾」という単行本も出ている)。
本書は、若桜木作家養成講座(町田で実際に開講しているらしい)に寄せられた、プロ作家になりたがっている予備軍からの具体的な執筆的ニック質問40個に対し、若桜木師匠が答える形式でつづられている。本書はミステリやSFなどのエンターテインメント小説の新人賞を獲るためのテクニックについて書かれている(純文学系でも根底は同じだと思うけど)。
なかでも本書の特長は、実際にメフィスト賞やカッパワン登竜門、その他ミステリ系の受賞作を明記し、あの小説はここが良かった、この小説は参考にすると自滅するからやめておけ、その小説は他の応募作が不調だったからたまたま受賞しただけで出来は良くない、など具体例を挙げていること。
受賞はしたけど、その後も作家で食っていける奴はごくわずか、作家を生業とし、それだけで生活していくことは、現実はとても厳しいのだ、と書かれている。なるほどねえ。
本書を読むと、ある程度売れているプロ作家がなぜ駄作を書いてしまうのかもよく判る。
ちなみに「信長の棺」(私は未読)の作者加藤廣は、若桜木塾に学びプロデビューした、と解説に書いている。加藤廣は1930年生まれで、若桜木虔は1947年生まれ。歳だけ見たらどっちが先生でどっちが生徒か判らんなあ。
7点/10点満点
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「託け」の読みは「かこつけ」です。
「かこつける」は「託ける」と書くのだ、とは今まで知りませんでいた。簡単な字にも難しい読みがたくさんあるのだなあ、と改めて思うのです。そんな私は今日漢字検定準1級の試験を受けてきたのですが、自己採点では80点くらいでした。200点満点ですので、ああもう100%受かりません。受ける前から落ちることは判っていたのですが、ほんのちょっとのミスがいっぱいあって、ああもう悔しくて歯痒くて、ああもう。
たとえば灼熱の「灼」の字ですが、右側の「勺」の真ん中は点じゃなくて横棒なんですよね。パソコンでは点で現されますが、漢字検定では正しく横棒で書かないと誤答になってしまうのですね。杓子定規の杓の字も同じ。
安堵の「堵」の右側も「者」ではなく、点が入る。
箸も「者」ではなく、点が入る。
逗留の「逗」は、しんにょうに豆寸と書いてしまったり、
「瀕死」を「頻死」と書いてしまったり、
「迂遠」を「干遠」と書いてしまったり、
一目瞭然を「一目僚然」と書いてしまったり、
ああもう、ああもう、ああもう。
「託けて」で余計な話になってしまいました。本題です。
今日改めて真保裕一の「最愛」のひどさについて考えたのだけれども、
真保裕一の恋愛観とは、
「男が無上の愛を捧げているのだから、女はそれに応えるべき」
なのかなあ、と思いました。
俺はこれだけおまえのこと愛しているんだ、
おまえは俺の愛を受け入れ、
俺の要求にすべて応えろ!
というような。
「最愛」の感想は当ブログ上、一番まじめ且つ長く、感想書くだけで4時間かけたのに、未だにこんなことをうだうだ考えています。「最愛」のひどさ、クソさに腹が立って腹が立って仕方がないからなのですが、我ながら不毛と感じたので、もうこんなことを考えるのはやめます。が、腹が立って腹が立って.....(考えるな考えるな考えるな.....)
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真保裕一 /新潮社 2007/01出版 307p 20cm ISBN:9784103035510 ¥1,575(税込)
※今回はちょっと長く、且つかなりのネタバレです。また、後日ちょっと手直し入れるかもしれません。
前置き。
当ブログを始めたのは2005年12月15日からです。内容は1997年以降の私の読書記録メモを元に、面白かった面白くなかった、または好き嫌いという私的基準で感想を書いています。ココログは投稿した記事の日付を過去に遡らせることが出来るので、読んだ順番に記事が掲載されるように編集しています。2001年から2004年までの感想は、まだ200件くらい投稿していないままになっています。
私は当ブログにて、やたらと真保裕一を貶している。毎度毎度貶すくせして、新刊が出るたびに感想を書くのはなぜかというと、私は真保裕一のファンなのである。
真保裕一の小説は、「発火点」を除きすべて読んでいる。「発火点」も発売されてすぐ買いすぐ読み始めたのだが、あまりにつまらなくて途中で読むのをやめてしまった。私は一度読み始めた本はめったに途中で投げ出さないのだが、「発火点」はダメだった。登場人物や設定の稚拙さと、全く共感できない展開に、イライラが極限に達してしまったのだ。(ちなみに「発火点」の感想は当ブログに載せていない)
真保裕一の小説に出てくる人物の稚拙さは、「奇跡の人」からひどくなった。「奇跡の人」の主人公はどう考えてもストーカーにしか思えないのに、純粋な人間のように書かれている。その違和感に、私は3点(10点満点)をつけた。その後に出た「密告」「ダイスをころがせ」「真夜中の神話」なども、私の感想では並み以下の点数。
今回の感想「最愛」の一つ前に出た「栄光なき凱旋」は、真保作品では久々に完成度がよかったので、今回は多少期待していた。
ここで「最愛」のあらすじを細かく紹介する。なお、あらすじ部分はイタリックで表記する。
主人公押村悟郎は34歳の小児科医。4歳の時に両親を失い、悟郎は伯父に引き取られ、2歳年上の姉千賀子は叔母に引き取られる。悟郎は時々姉と会っていたが、9歳の時、伯父と叔母が遺産相続で揉める。悟郎が16歳の時、7年ぶりに姉に会って以降、34歳になるまで18年間音信不通だった。
悟郎の元に警察から千賀子が銃で頭を撃たれ意識不明との連絡が入る。悟郎は姉の病院に駆けつけ、刑事から千賀子が2日前に結婚し、相手が元殺人犯であることを知る。しかし、その結婚相手・伊吹は見舞いに来ない。千賀子を撃った犯人は自首。
音信不通の18年間、姉がどう生きていたのかを知りたくなった悟郎は、次の日、病院の付き添いを義兄に任せ、小岩にある千賀子のアパートに行く。預金通帳を見て、最近数百万円おろされていることを知り、千賀子の名刺と年賀状8通を入手する。名刺から、千賀子が昼は普通に働き、夜ソープランドで働いていたことを推測する。区役所で姉の住民票を手に入れる。夫婦の本籍は土浦だった。
そしてすぐに姉の勤めていた会社に行き、「姉はどういう人物だったのでしょうか」と聞く。その会社の経理部長は親切に答える。
そのあと悟郎は、その会社の事務の女の子ミッチャン(年賀状の人物1)をつかまえ、「姉はどういう人物だったのでしょうか」と聞く。ミッチャンは迷惑そうにしながらも聞かれたことに答える。
ミッチャン情報から、千賀子が若い社員に金を貸していたことを知り、昼休み会社の外で待ち伏せして若い社員(年賀状の人物2)をつかまえ、「姉の借金の件はどういうことでしょうか」と聞く。若い社員は怒りながらも聞かれたことに答える。そして、伊吹との結婚は千賀子が勝手に婚姻届を出していたことを知る。ここでまだ昼12時。
悟郎は、新井宗太(年賀状の人物3)に電話する。不在。
悟郎は、越川範子(年賀状の人物4)に電話する。不在。姉が意識不明、と留守電に。
悟郎は、大和田はつえ(年賀状の人物5)に電話する。不在。姉が意識不明、と留守電に。
悟郎は、増田彩(年賀状の人物6)に電話する。が、現在使われていない模様。年賀状の住所に押しかけ、ちんぴらとトラブルになったことをきっかけに、ソープの同僚である彩とファミレスに行き、様々な話を聞く。彩の昔の男が金をたかりに来たとき、千賀子が殴られながらも彩を助けたエピソード。
17時、義兄から、病院に変な連中に取り囲まれたと電話があり、病院に戻る。
18時、越川範子(年賀状の人物3)から電話あり。「姉はどういう人物だったのでしょうか」と聞くと、範子は小学のクラスメートで、千賀子の容態を気にしながら色々教えてくれる。千賀子が地下鉄のホームで男と殴り合いのけんかをしていたエピソード。電話じゃなくもっと話を聞きたいと思った悟郎は、これから会いたいとごり押し。だが会うのは断られ、21時に再度電話で話すことに。21時、千賀子が小学校時代にいじめっ子を石で殴って対峙したエピソード、範子が浮気性の元夫と離婚するきっかけを与えてくれたエピソードを話してくれる。
21時、悟郎は、新井宗太(年賀状の人物3)に電話する。新井は1時間で病院に駆けつける。刑事オダギリが新井を伊吹と間違えタックルする。オダギリいったん退場。新井は、昔千賀子と婚約していたが、結局婚約を破棄したなどの話を悟郎に教えてくれる。それなのに悟郎は、姉を捨てていながら幸せな家庭を持っている(と推測される)新井に恨みをぶつけたくなる。
次の日朝6時、悟郎は夫婦の本籍地である土浦に向かう。
途中で大和田はつえ(年賀状の人物5)に電話する。不在。
悟郎は、千賀子・伊吹夫婦の本籍地が土浦というのは、伊吹の実家が近くなのだろうと推測する。土浦に着くと、市役所には行かず、公衆電話から電話帳に5件載っていた「伊吹」姓に片っ端から電話をかけることにした。すると幸運にも4件目が伊吹の実家だった。伊吹の母親から住所を聞き出し、押しかける。伊吹の母親が「……あんな馬鹿な息子のために」というと、悟郎は「僕の大切な姉が選んだ人を、そう馬鹿呼ばわりしないでください」等々の会話があり、千賀子の数百万円は伊吹の犯した殺人事件の慰謝料で背負った借金の返済に使われていたエピソード。
伊吹の母が金は必ず返すと悟郎に言うと、「姉はまず受け取らないでしょうね」「姉は伊吹を生涯の伴侶として選んだんです、その家族に手を貸すのは当たり前だと考えたに過ぎません、僕はそんな姉を全面的に支持し、応援します」等々の会話。
借金を肩代わりしてくれた感謝の意から、伊吹の母親は次々といろんなことを話してくれる。伊吹が昨年まで勤めていた会社の住所ゲット。伊吹の携帯電話番号もゲット。すぐ電話するも、出ず。力になります、と留守電に。
大和田はつえ(年賀状の人物5)に電話する。不在。また電話する、と留守電に。
東京に戻り、足立区に行き伊吹の元勤務先に行く。元同僚が伊吹の過去やらいろんなことを教えてくれる。
あらすじ紹介はここまで(書くのに飽きた)。ちなみにここまでで170ページ。半分ちょっとです。
あらすじを読んでいただいた方ならおわかりいただけると思うが、悟郎の行動がめちゃくちゃである。
まず理解できなかったのが、18年もの間音信不通だった姉が危篤です、といわれたからといって、姉の過去を調べようと思うだろうか。
容態が落ち着いて、もしくは死んでしまった後ならともかく、危篤の報を受けた翌日から行動を開始している。本作の序盤では、なぜ悟郎がこのような行動を取るのか、納得のいく説明はされない。
しつこく電話をかけたり勝手に押しかけたりと、悟郎の行動は粘着質で、その度合いは「奇跡の人」の主人公よりも激しいかもしれない。従って、普通の読者であれば、まず間違いなく悟郎の行動に共感できない。また、悟郎が姉である千賀子を褒めちぎる様、千賀子の行動を信頼する様(どちらも主に押しかけ先の会話で表現される)は、なんだ?姉に対するこの異常な思い入れは、と感じずにはいられない。
物語は凄まじいまでの御都合主義な展開を見せる。会う人会う人みな悟郎に話をしてくれる。というか、みな会ってくれる。あらすじでは書かなかったが、話の途中で悟郎はたくさんの推測をし、推測を元に行動していくのだが、その推測がことごとく当たるのである。あらすじ以降の展開では、もっともっと御都合主義がエスカレートしていく。
展開にひねりがあるとか、主人公の異常性を客観的に現すとか、読者をいい意味で裏切ってくれれば、真保裕一の新しい一面を見られたと喜ぶところだが、本書の主人公悟郎の行動は予想を全く裏切らない方向で粘着度を増し、予想通りつまらなく進み、常人には共感できないラストを迎える。
タイトルが「最愛」というからには、本書は真保裕一にとっての「愛」観が反映され書かれているのだろう。しかし本書や以前のダメ作品からは、真保裕一の恋愛観は歪んでいる、としか思えない。
また、本書に出てくる会話や女性像のセンスの無さ、どう考えても変な記述など、もう涙なしでは読めないほどひどい。二つほど例を挙げると、
・新井との婚約に関連した悟郎の心情描写...
姉は二十代の前半だったはずだ。恋というものに強く憧れ引き寄せられやすい時期だと言っていいだろう。
→二十代前半の女性なら、恋が“憧れ”という時期は過ぎていると思うが。
・姉のアパートが新小岩にあると知った悟郎は、「厚木で育った姉に小岩方面の土地勘があったとは思いにくい」と思うのだが...
→18年も音信不通だったのに、なぜ土地勘がないと思うのだ?18年間どこに住んでいたのか知らないだろうに。
まあ、こんなのがたくさん出てくる。
感想書くのに疲れちゃった。
こういう主人公が異常と思わない真保裕一に、もう未来はないように思える。
今まで真保裕一の小説は、出るたび買った。そして読んだ。だが、もうダメだ。
ついにこの時がきてしまった。
この本を最後に、真保裕一のファンをやめる。
小説に0点はめったにつけないけど、これはダメだ。
0点/10点満点
ちなみにこの感想を書くのに4時間かけました。なにやってんだか。
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