カテゴリー「■2007年夏・アンコール遺跡に行く」の記事

2008/01/15

マイレージ。

2007年9月にタイ旅行に行った。
タイ航空だったので、ANAのマイレージが貯まった。

行きの成田ーバンコク間は問題なくすぐにマイレージに反映されたのだが、
帰りのバンコクー成田間のマイレージがなかなか加算されない。

おかしいなあと思って10月下旬に、事後登録のためボーディングパス(チケット)の半券を送った。

2008年1月になっても加算されていないので、さすがにこれはおかしいと思い、ANAに電話した。

すると、「送ってくれたチケット半券の名義人が、異なる名前になっているのでマイレージ加算できません」と言われた。

それはおかしい。一人旅なんだから、他人のチケット半券を持っているわけがない。

ANAの回答に懐疑的であったのだが、自宅にてチケット半券のコピーを確認すると、確かに私じゃない、誰か知らない赤の他人の名前が記載されていた。しかも私はどっからどう見ても中年オヤジなのに、女性(MS)のチケットだった。

ということは、だ。

考えられるのは、カンボジア・シェムリアップーバンコク(バンコクエアウェイズ)、スワンナプーム国際空港(バンコク)でタイ航空・成田行きに乗り換えたのだが、スワンナプーム空港のタイ航空の乗り継ぎカウンターのお姉ちゃんが間違えて発券したのだろう。

参ったなあ。

成田ーバンコク間は2000マイルも貯まるから、このまま棄てたくはないのだけど、文句の言い処はどこになるのかなあ。ANAに文句言ってもしょうがない。やっぱタイ航空に文句言うしかないんだろうなあ。

なんかちょっと面倒。

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2007/10/01

2007年09月11日(火)。帰国、夏休みの終わり。

2007年09月11日(火曜日) 0:00~15:00

窓側になってしまったタイ国際航空の帰国便。隣は団体客っぽいタイ人夫婦。
夜のフライトだから機内は真っ暗になるだろうし、隣はタイ人だし、トイレ行きづらい。

まあしょうがない、と諦めて、普段滅多に座ることのない窓側の席で、離陸の瞬間を楽しんだ。夜のバンコクを空から眺める。綺麗。

着陸1時間くらい前に、機内食が出た。考えたらバンコクエアウェイズのシェムリアップ発便の恐ろしく不味い機内食を食って以来の食事だ。だが、タイ国際空港の機内食もなかなか不味かった



6:30、成田着。帰国便も機内持ち込みに持つのみだったので、とっとと税関を抜ける。

どうやって家まで帰ろうか考えるため、外にたばこを吸いに行ったら、27℃なんだけど湿度が高い。暑さの不快さではカンボジアよりも上だった。

通勤ラッシュと重なるので電車を避け、リムジンバスで帰ることにする。バスの出発時間まで90分くらいあるので、朝飯を食う。1,000円のとろろソバ。旨いよ。けど1,000円か。

リムジンバスも1,700円。

ああ、物価の高い日本に戻ってきたのだなあ。これで夏休みは終わりだ。



14:00、あまりの腰の痛さに整骨院に行く。シェムリアップの「chaiマッサージ」とは異なり、体重をのせたもみほぐし。ああ、痛みが引いていく。心地よい。でも5,000円。

物価の高い日本に戻ってきたのだなあ。




アンコール遺跡観光記、おわり。

お読みいただき有り難うございました。


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2007年09月10日(月)。PM、シェムリアップ散策

2007年09月10日(月曜日) 13:00~22:00

プノン・クロムでシェムリアップのオールドマーケットに向かうのミニ登山を終えホテルの戻ったのが12:30頃。

チェックアウトし、ベルボーイに荷物を預かってくれと頼むと「Baggage Strage Receipt」なる預かり証を発行してくれた。飛行機の時間までシェムリアップ散策を楽しめるように、無料で預かってくれるサービスなのだ。オフシーズンだったためか手続きはスムースだったし、ベルボーイも手慣れたもんで、それはそれでいいのだが、メシがまだだ。ミニ登山の疲れもあって腹ペコ。

というわけで、シェムリアップのオールドマーケットというところに向け、13:00散策開始。



クメールキッチンレストラン

カンボジア政府観光局発行のミニパンフの略図で見ると、ホテルからオールドマーケットまで1kmくらいかな?と思えたので、暑いけど歩いていくことにした。が、2km以上あり、オールドマーケットの入り口を間違えたりもして、14:00頃まで暑い中うろうろ。

ようやく旨そうなレストランを見つけたので、早速入り、チキンカレー(2.5ドル)を頼む。クメール・キッチン・レストランという店で、後で調べたら地球の歩き方にも掲載されているようなメジャーな店だった。予備知識ほとんどないまま歩き回って入った店だったけど、外国人が入りやすい何かがあるんだろうなあ。

チキンカレーは旨く、腹が減っていたこともありがつがつと食ったけど、それでもやっぱり量が多すぎ。

ラーメン丼くらいある入れ物にカレールーが入っていて、別皿にご飯。多いよ(食いかけの写真ですいません)



トゥクトゥク雇う

メシを食い、ほっと一息ついたので、市内観光をする。

オールドマーケットの中を歩きまわった。現地の人たちが使う香辛料、いろんな野菜、いろんな海産物、いろんな肉、とにかくいろんな匂いがした。

調子いい英語で喋りかけてきたトゥクトゥクのドライバーの熱意(?)に負け、1時間5ドルで雇う。これが相場として高いのか普通なのかは分からないけど、トゥクトゥクに乗ってまわったシェムリアップの街は、昔ながらの生活を行う古い町並みと、観光客向けに発展を遂げる市街の対比が面白く感じた。



ドルチェ&ガッバーナ

国道6号線と、オールドマーケットへ向かう道の交差点には、D&Gやシャネルを売っている土産物屋があった。

何でカンボジアに来てシャネルを買わなきゃならないのか、こういうものにあまり興味のない私には理解できないのだが、需要があるから店ができるのだろう。

トゥクトゥクのドライバーが連れて行かなかっただけかも知れないが、この街ではスラムっぽいところは見なかった。が、あと何年、スラムのない安全な街でいられるのだろうか。街が発展すれば、そのうちスラムができてしまうだろうなあ。


16:30頃、スコール。雨が降り出してから、凄まじい雨になるまで2分くらい。ああ、これがスコールなのか。

スコールが観光の終わりの合図と思い、ホテルに戻り、ホテルのロビーでぼけっと迎えが来るのを待つ。

18:00、迎えが来る。スコールはまだ降り続いている。

18:30、搭乗チェックイン。飛行機は20:00発の便だが、バンコクエアウェイズの係員が、便を変えると言っている。何で? 理由が分からずまごまごしていたら、日本人係員が出てきて、一本早い便が空いているから、そちらに乗せてあげる、ということらしい。一便早まったってバンコクでの乗り継ぎの待ち時間が増えるだけなのだが、せっかくなので一便早いのに変更する。それにしてもシェムリアップ空港(バンコクエアウェイズ)で働く日本人がいるんだ。それだけ日本人観光客が大勢押しかけているんだろうなあ。

19:30、フライト。またも恐ろしく不味い機内食が出てtきた。

20:30、バンコク着。さっそくタイ航空のチェックインカウンターに行き、成田行きの座席を取る。なんてこった、窓側になっちゃった。ああ、機内の7時間、トイレとか考えるとちょっと憂鬱。タイ国際航空のカウンターの美人で愛想の良いお姉ちゃんだったのだが「Where are you going?」と聞くのだが、何でそんなことを聞かれるのか意味が分からなかった。「? Narita, ? Japan」と答えたら、「チッ」と舌打ちし、それ以後無愛想になった。一人旅の時に聞かれる定型句なのかな? 未だによく分からないや。そのとき頼んだANAのマイレージも、今(9/30)だに貯まっていない。

空港でおみやげを買い、後は搭乗を待つのみ。


怒濤の5日間だったなあ。


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2007/09/30

2007年09月10日(月)。AM、トンレサップ湖+プノン・クロム

2007年09月10日(月曜日) 8:00~13:00

この日は帰国便に乗る日。A&Aツアーの予定では終日フリー。12:00にチェックアウトしなければなならいけど、荷物は夕方までホテルが預かってくれるから、存分にシェムリ・アップを楽しんでください、と事前にA&Aから案内があったけど、終日フリーは一人旅ではちとつらい。

ので、日本を出る前に、ピース・イン・ツアーに頼んで、トンレサップ湖+プノン・クロムの現地ツアーを手配してもらっていたのだ。(代金6,000円+ピース・イン・ツアー手数料2,000円)



教会?

8:30にホテルのロビーに迎えが来る。ポゥキィさんというガイドで、この方も日本語がお上手。トンレサップ湖観光の拠点となる村まで、シェムリアップから車で1時間弱。

トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、乾期は水深2mで琵琶湖の約4倍の面積、雨期は水深9mで琵琶湖の20倍近くの大きさになる。その大きさを実際に見てみたく、今回オプショナルツアーを申し込んだ。

30人くらいは乗れるボートに、一人貸し切りで乗る。乗っているのは私とガイドのポゥキィさんと操舵手と雑用係の少年だけ。

トンレサップ湖に暮らす人々は、移動式の浮き家で暮らしている。800世帯くらい暮らしているとポゥキィさんは言っていた。数千人が暮らしているのだろう。湖で水上生活をしている人たちにとって、湖はまさに生活の場であり、市場があり、学校があり、教会があり、観光客向けのホテルもある。写真は教会、と言っていたように記憶しているが、違うかも。



水没するバイク

ボートに乗ってしばらくは、水上生活をする人々の傍を結構なスピードですり抜ける。
水上生活をしている人たちは、こういう光景に慣れているのか、ボートがすぐ横を通り抜け波しぶきがかかっても気にしない。

途中、水没したバイクを見かけた。

ポゥキィさんに、「あれはもしかして昨日のスコールで水没しちゃったんですか?」と聞いたら、「いや、バイクを洗っているだけですよ」だって。



トンレサップ湖

30分くらいボートに乗っていただろうか。「いよいよこれからトンレサップ湖に出ます、広いですよ」と言われた。

今まで見てきたところは、道路がある生活しやすい場所らしい。その道路も、水量が増えたらどんどん水没し、浮き家に住む人たちは、水没する道路に沿って移動するとか。

トンレサップ湖の大きさは想像以上で、生活エリアから出たとたん、見渡す限り水、水、水。

ボートの舳先に座り込み、超広角レンズで撮影したけど、180度以上の見渡す限りの水だから、水と空しか写真に写らない。すごいすごい。広い広い。ああ、何だろう、これは言葉にならない広さだなあ。



プノン・クロム

約1時間、トンレサップ湖周遊を終え、次の目的地プノン・クロムに行く。

事前の旅行会社の案内では、プノン・クロムで現地入場料20ドル払ってくださいと書かれていて、そのことを今日の出発前にポゥキィさんに言ったら、プノン・クロムは観光パスの発券設備もないし、発券できる係員もいないから、アンコール遺跡パスを売っているところでパスを買わないと入れないよ。

え、そりゃあ話が違うなあと焦ってしまったけど、これまでのアンコール遺跡観光で使っていた3DAYSパスがそのまま使えることが判明。

一安心したところでプノン・クロムに行ったら…また登り坂だ。

30~40分登るよ、とポゥキィさんに言われてげんなり。今日も38℃くらいあるのに。

写真にある階段は、プノン・クロムの入り口。階段を上ったところに、入場チェック係員が2人、ハンモックに横たわって寝ていた。本当に寝ていたみたいで、ポゥキィさんが起こしに行くまで、私たちがやってきたことに気づきもしなかった。こんなので大丈夫かなあ、と思ったけど、実際、プノン・クロムを登って降りるまでの約90分、他の観光客とは一人も出会わなかった。アンコール遺跡の中でも、ここはかなりの不人気スポットなのだろう。シェムリアップから遠いし、遺跡自体は他と比べるとそれほど秀でたところもないし、不人気だからかゴミは散らかり放題だし。

ポゥキィさんに言わせると、こういう遺跡がカンボジア全体で700以上あり、観光客でにぎわうところはアンコール・ワットなど数カ所だけ。人気のない遺跡も修復しなければならないけど、カンボジアはまだまだ貧しい国だから、観光客とユニセフに頼らなければならない。悩ましいね。

なるほどねえ。



これで遺跡観光は終了。気温の高さが予想外に高く、現地ガイドのダラーさんが「暑いですね」と言って汗かくくらいの暑さで、これはかなり参ったのだけど、アンコール遺跡群はやはり素晴らしく、来て良かった。

でも一番面白かったのは、今朝のトンレサップ湖観光だったなあ。


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2007/09/29

2007年09月09日(日)。PM、タ・プロームとか。

2007年09月09日(日曜日) 13:00~21:00

プレ・ループ

クバル・スピエンのミニ登山と、土産物屋の7歳くらいのめちゃくちゃかわいい子が日本語で言う「しるくのすかーふ、いちどる、かって、おねがい、わたしかわいそう、かって」攻勢で疲労度倍増。

日本食のような和風カンボジア弁当(ダラーさんに聞いたらシェムリ・アップの高級日本食レストランの日本人料理人が作ったものだとか)を食い終わり、土産物屋の子どもたちの相手もひとしきり終わったので、次の遺跡、プレ・ループへ行く。

プレ・ループは、他と比べるとこれといって特徴のない遺跡。観光客は十数人しかいない。アンコール・ワットには数千人いた(ように感じた)ので、この観光客の少なさは、まさしくガラガラ。

で、ダラーさん。クバル・スピエンのミニ登山で疲れたのか、「この遺跡も上まであがっても大丈夫です。いい景色ですからあがってみてください。今日も暑いですね。わたしは下で待ってますから」

ダラーさん、そりゃないよ。

アンコール遺跡群全体にいえることだが、遺跡保存のために、遺跡の上に登ることを禁止すれば、もう少し遺跡の傷みを抑えられると思うのだが、でもそんなことをしたら観光客が寄りつかなくなってしまうのかな。





スラ・スランと言われたけど

言っちゃあなんだけど、大して見所のないプレ・ループをさっさと切り上げ、次に向かう。

「ここがスラ・スランです」と言われたけど、見えるのは人造池。

これが遺跡なんですかい? と思ったけど、クバル・スピエンのミニ登山の疲れで質問する気力もなくなってしまっていたので、写真だけ撮って終わり。

後で調べたら、「スラ・スランは水浴の池という意味でジャヤヴァルマン七世の沐浴場として造られた。中央祠堂はポルポト時代に崩壊している」と、カンボジア政府発行のミニガイドブックに書いてあった。スラ・スランは日の出が美しいらしい。もう一日余裕があったら、スラ・スランの夜明けを見る、ってのも良かったかも。





タ・プローム

スラ・スランにいたのはほんの5分。

次は、個人的にアンコール・ワットより興味津々だったタ・プローム。ここは長いこと放置されていた(発見されなかった?)遺跡で、遺跡に絡みつくように樹木が生えてしまっている。遺跡は結構広く、縦横1km以上あるとダラーさんが言っていた(うろ覚え)。

実際に見た感想としては、圧巻の一言。

一眼レフカメラと超広角ズームレンズ(11-18mm)を使い、この遺跡のすさまじさを写そうとしても、樹木が大きすぎて、一枚の写真の中に収まらない。

これだけ大きな樹木が遺跡に絡みつく。その年月を考えると、タ・プロームこそアンコール遺跡最高の場所に思える。これは個人的な好みに左右されるだろうけど、私はそう思う。

アンコール遺跡観光を終えて3週間くらい経っている今思うに、タ・プロームが一番印象深かった。もう一度アンコール遺跡を見る気になったなら、肉体的疲労が一番すくない最初に、タ・プロームを見るようなコースを組もうと思う。タ・プロームだけで一日費やしてもいいかもしれない。

そのくらい印象深い遺跡だった。

そんなタ・プロームだったけど、一通り見た段階で、それ以上の観光はやめにした。旅行に出る前に思っていたよりはるかにハードな日程で疲れがたまり、限界に達していた。





晩飯(食いかけ)

15:00頃、この日の遺跡観光を切り上げホテルに向かう。向かっている途中、あまりに腰が痛くなったので、ダラーさんにマッサージの手配をお願いする。「chaiマッサージ」という、六本木に本店がある日本人向けマッサージ店を勧められる。90分のマッサージで25ドル。日本の感覚からすると安い。それに勧めるってことはダラーさんに少しはマージンが入るんだろう。疲労と腰痛で考える力がなくなっていたから、そこでいいから晩飯の後に予約して、と頼む。

18:00頃、晩メシ。(食べかけの写真ですいません)

カンボジア料理は、タイ料理より私好み。旨かった。けど疲れがたまったのだろうなあ、ビール飲んでたら急激に酔ってきた。

19:00頃、酔った状態で「chaiマッサージ」へ行く。ダラーさんとはここでお別れだったのだけど、酔った状態だったので、「縁があったらまた会えるよ、ばいばーい」って感じで。観光客慣れしているわけでなく、日本人中年のオヤジが求める発展途上国のすれていない素朴な女性ガイドさんで、いいガイドさんだった。

「chaiマッサージ」では、片言の日本語を喋る女性が、優しい手揉みと、体重をのせた膝揉みを旨いこと使い分けてくれ、疲れた体をほぐしてくれる極楽マッサージ。

私は毎週整骨院で骨太整体(80kgの野郎が力一杯押す方法)を受けているので、「chaiマッサージ」の手揉みの効き目は弱かったのだけど、でも疲れているときに揉んでもらうと実に心地いい。


20:50頃マッサージが終了し、お金払っているとき店の外見たら凄まじいスコール+雷。

明日は帰国便に乗る日だよ、と考えつつ、マッサージ店の車でホテルに戻る。

ああ、疲れた。



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2007/09/28

2007年09月09日(日)。AM、38℃の中、約1時間の登山。

2007年09月09日(日曜日) 5:00~8:00

夜明けのアンコール・ワット

4:40起床。かなりすごい雨が降っている。
5:30頃には夜明け間のアンコール・ワットに到着。

こんな朝早い時間なのに、雨が降っていて綺麗な夜明けが見られないことが確定的なのに、観光客が数百人(もしかしたら千人以上)いる。せっかくカンボジアまで来たんだから、もしかしたら雨が上がって綺麗な夜明けのアンコール・ワットを見られるかもしれないのだから、ダメ元で見に来よう、って観光客がこんなにいるとは。人のことはいえませんけど。ガイドのダラーさんは、雨なので今日は人が少ない、と言っておりました。

到着した頃には雨は上がったけど、空は曇っている。その雲も少しずつ晴れ間に変わっていくけど、けっきょく太陽は見えなかった。が、アンコール・ワットは東西南北がきっちりと計算されて建築されているから、真東から空が明るくなっていく様は、陳腐な言葉だけど、荘厳。




6:30頃に切り上げホテルに戻る。
ホテルでビュッフェの朝食。

アンコール・パラダイス・ホテルのレストランに入るのはこの朝食が初めて。300人くらい座れそうな広さで、テーブルは8人がけに並べられている。雨期(オフシーズン)だからなのか、3割も人が埋まっていない。閑散とした感じ。

一人旅だから当然一人で朝飯を食っていたわけで、当然8人掛けのテーブルを一人で独占していたわけなのだが、メシ食っている最中に、断りもなしに韓国人観光客が私が座っているテーブルにどやどやと座りだした

なんだお前ら?

他のテーブルがあいているだろうが?

挙げ句の果てには、臭い匂いのする漬け物(味噌漬けの様なもの)を取り出し、タッパから味噌を指でしごいてそこいら中に匂いをまき散らし、しごいた味噌が飛び、その味噌が私のカバンにかかり、私のカバンを汚し、頭に来たので日本語で文句を言ったら、何語を喋ってんだこいつ、みたいな顔で無視。ここで怒りすぎると、観光気分が台無しになるので、諦めてメシを切り上げ、気分を切り替えることにした

せっかく良い気分で食っていた朝飯が台無し。韓国人観光客のマナーの悪さ、噂には聞いていたけど、これほどとは。

今の韓国人観光客のマナーの悪さを、20年前の日本人農協ツアーと同じようなものだから大目に見てやれ、という様な風潮もあるけど、実害にあってしまった私は大目に見ることはできない。20年前と今とじゃ情報の得やすさの違い(インターネットの発展)もあるんだし。だから世界中で嫌われるんだよ韓国人。




2007年09月09日(日曜日) 9:00~13:00

花を摘む少女

で、9:00頃から再び観光へ。

バンテアイ・スレイという遺跡に行く。ここもアンコール・ワットと同じように、遺跡のまわりに堀があり、堀の水には花が咲いていた。その花を摘むかわいい少女が二人いた。ガイドのダラーさんは「たぶん姉妹でしょう」と言っていた。

朝から花摘みだなんてかわいいねえ、なんて思っていたら、「彼女たちは花を摘んで観光客に売るんです。商売のために摘んでいるんです」だって。




バンテアイ・スレイの彫刻

今日も一生懸命に遺跡の解説を棒読みしてくれるダラーさん。

ダラーさんのがんばりは良く伝わってくるのだけど、バンテアイ・スレイって遺跡としてあまり印象が強くないなあ、と思っていたら、「ここはレリーフが素晴らしいのです」と言うから、よーく目を凝らして見てみると、確かに素晴らしいレリーフがそこかしこにある。

なるほどねえ。




クバル・スピエンで登山開始

11:00頃、次の遺跡であるクバル・スピエンに到着。

他の観光客が、アンコール・ワットやアンコール・トムに比べると極端に少なく、到着するなり土産物屋の子どもたちに取り囲まれる。子どもたちは7歳くらいから15歳くらいまで。「Tシャツ、写真集、絵はがき、買って」と日本語で売り込むのだ。ううむ。ここでダラーさんが子どもたちを蹴散らしてくれたのだが…

「クバル・スピエンは、高さ600mの山です。50分くらい登ったところに、遺跡があります。これから登りだけで50分かかります。下ったら、さっきの土産物屋の軒先を借りてお弁当です。お弁当は日本食です。今日も暑いですね。38℃くらいありますね。大丈夫ですか?」

いや、だからね、そういうきついコースは先に言ってってば。

写真に写っているのは登山道入り口の朽ち果てそうな吊り橋と、カンボジアのガイド制服を着たダラーさんの後ろ姿。アンコール遺跡のガイドは、みなこの制服を着ていました。



クバル・スピエンの遺跡は川の中

で、暑さと登りでへろへろになりながら、クバル・スピエンの遺跡に到着。

川の中に作られた彫刻がこの遺跡の特徴なんだそうな。

川の中にあるので、光の加減で見えたり見えなかったりする。クソ暑い中、50分かけて登った苦労と比べると、ちょっと地味な遺跡だ。だから観光客が少ないんだな。

で、一通り見て回ったし腹減ったので、もういいやと下山する。下りは40分くらい。聞いていたとおり、土産物屋の軒先を借りて日本食弁当。赤飯おにぎり、梅干しおにぎりなどがでる。ただし、カンボジアの食材を使っているので、日本食のような違うもの。梅干しはすごくおいしかったけど。

弁当を食い終わったら、お約束のように土産物屋の子どもたちに取り囲まれる。半日で汗みどろになってしまうので、Tシャツを買う必要性を感じていたので、最初に売りに来た子から$5、後から来た子から$3で2枚買う。

私の他に3組の客がいたのだが、子どもたちは私のところにしか来ない。お前らあっちにも売りに行け、と英語で言ったら、
「あれはチャイニーズ、絶対買わない」(英語)
「あっちはコリア、滅多に買わない」(英語)

じゃあこいつらは日本人だぞ、とJTBで来た大学生っぽい集団を指したら、
「ヤングジャパニーズ、見るだけ、買わない」(日本語)

だから一眼レフカメラを持った40過ぎの日本人オヤジ一人旅の私のところに来るんだね。


ガイドのダラーさん(本業は女子大生)に、カンボジアはやっぱりこういう子どもたちが多いんですか、と言うようなことを聞いてみた。

「今日は日曜日で学校が休みですから、子どもたちが手伝っているんです」

だって。カンボジアの土産物屋の子どもたちが学校にも行っていない、って私が思っていたのは単なる先入観だったのね。ハズカシィ。



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2007/09/27

2007年09月08日(土)。PM、アンコールワット

2007年09月08日(土曜日) 15:00~21:00

アンコール・ワット入り口

15:00、休憩を終え迎えに来たガイドのダラーさんと、アンコールワットに向かう。「アンコールワットの敷地は、タテ1.4km、ヨコ1.5kmあります(注:うろ覚え)。けっこう歩くよ。大丈夫?」

朝から歩き回ってかなりぐったりしていますが、歩き以外の選択肢はないんでしょ。

で、堀をわたり、門(?)が見えた。




アンコール・ワットが見えてきた

門(?)をくぐると、アンコールワットが見えてきた。

「観光客が少ないと、この門(?)越しに見えるアンコールワットが素晴らしいんですけどね。今日も観光客が多いですね」

ダラーさん、アンコールワットの観光客は、増えることはあっても減ることはないよ。だから、観光客が映り込まないように、門(?)越しにアンコールワットを取るのは至難の技だよ。




アンコール・ワットは修復中

そのアンコールワットは修復中であった。

9月のカンボジアは雨期で、日本人観光のシーズンオフであるはずなのだが、いやまあホントにすごい人混み。ちなみに写真右下の4人組ですが、あまりの構図の良さにまるっきり記念写真のように写り込んでおりますが、今回の私は一人旅ですので私と全く関係ありません。従って目線にぼかしを入れております。





アンコール・ワットはいたずら書き多し

ま、基本的に石でできている遺跡ですから、見ている人がいなければいたずら書きし放題。この手のいたずら書きは、アンコール遺跡群のあちこちで見かけましたし、立ち入り禁止区域に平気で入っていくのもたくさん見ました。ガイドのダラーさんは、「あそこは立ち入り禁止なんですけど、恐くて注意できませんし、決まりを守らない人が多くて注意してもきりがない」とか。



で、38℃の中を2時間ほど歩き回って一通りアンコールワットの観光は終了したのだが、汗みどろになってへろへろになって腰痛が激しくなって、ああもう俺って体力ないよなあ、それにこんなに腰が痛くなるなら持病の背骨のずれもいい加減手術を決めなきゃならんかなあ、とへろへろになった頭で考えながら、17:10だ、ちょっと早いけど晩飯だ、と思っていたら、「これからですね、そこの丘を登ってください。プノン・バケンという遺跡で、アンコール遺跡群が一望できる素晴らしい丘ですよ、登るまで大人の男性で15分くらいかかって、それから遺跡に階段を使って上がるのですが、階段が急ですから気をつけてくださいね、今日はスコールが降りそうなので、夕焼けがキレイじゃないですね、ちょっと残念ですね、あ、それから私は登りませんから、一人でどうぞ」ってダラーさん、そりゃないよ。


プノンバケン
で、一人でプノン・バケンを登って、案の定夕焼け空は曇っていて綺麗ではないので、観光客を写してみた。

1はロンリープラネットをむさぼるように読んでいて、全く景色に関心を示さなかった西洋人。
2はギリシャっぽい感じのすげえ美女。
3が2の連れ。なんでこんなのが連れなのだ?と目を疑うほどの不釣り合い(余計なお世話)

曇り空なので陽が落ちる前にとっとと下る。

18:30、クメールダンスショーを鑑賞できるレストラン着。

ここでまたダラーさん、「ダンスショーは19:30からです。ショーまで1時間あります。それまで食事していてください。疲れているみたいですね、ショーを見ないでホテルに戻りますか?」

そういうことは先に言って。


で、1時間かけて一人でぼけーっとメシ食って待ってようやく見たクメールダンスショーは、小学校の学芸会のように洗練されていなかったのであった。

20:30にショーが終わって、闇両替屋に寄って21:00にやっとホテルに戻った。ここでまたダラーさん、「明日はアンコールワットで日の出を見ますので、朝5:00ロビーに集合です」

だからそういうことは先に言ってってば。


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2007/09/26

2007年09月08日(土)。AM、カンボジアに飛び早速アンコール遺跡へ。

2007年09月08日(土曜日) 5:00~14:00

AM5:00起床、顔洗ってそそくさとホテルをチェックアウト。朝飯は無し。
Rungさんとロビーで落ち合い、6:00には空港着。
とっととバンコクエアウェイズのカウンターに行き、カンボジア・シェムリアップ行きのチェックイン。腹減った。けど200バーツしか残ってない。深い理由はないけど、USドルを使いたくなかったので、200バーツで食えるものを食おう。安い店を探してツナサンドとファンタで朝飯。でも考えたら200バーツって日本円で600円くらいするんだよなあ、日本より高いじゃないか。

7:30搭乗。

8:00に離陸、40分程度でシェムリアップ空港に到着するとアナウンスがあったので、すぐに寝る体制になったのだが。

たった40分のフライトで機内食が出た。

恐ろしく不味いサンドイッチが。

タイでツナサンド食っておいて良かったよ。

で。8:40頃シェムリアップ空港に到着。飛行機のタラップを降りた瞬間、目眩がするほどの暑さ。バンコクよりはるかに暑いぞ。

同じ便に乗っていたのはせいぜい70人くらい。そのほとんどがシェムリアップ空港でカンボジア入国ビザを取るために並んでいた。シェムリアップはアンコール遺跡の観光拠点だけあって、ビザ取得&入国審査が実にスムーズに進む。事前に抱いていたカンボジアのイメージとは大違い。アンコール遺跡観光する分には、日本で高い代理店手数料払ってビザを取る必要はないなあ。手荷物のみで飛行機に乗ったので、入国審査が終わったらすぐに空港の外で待つ現地ガイドの元へ。

9:00。現地ガイドの22歳女子大生ダラーさんと会う。ダラーさん曰く「今日はちょっと暑いですね。38℃くらいですね」

アンコール・トム

「ホテルにはまだチェックインできない時間なので、このままアンコールトムへ行き、観光します。大丈夫ですか?」
大丈夫と聞かれても選択肢はないんでしょ。

と言うわけでバンコクよりも明らかに暑いカンボジアで、息つく間もないまま、貸し切りの車(=私の専用車だ)に乗り込み、アンコールトムへ向かう。ダラーさんも、英語はほとんど喋ることができず、クメール語(カンボジア語)と日本語しかできないらしい。異国の地に来て英語が通じないってのは、何というか、これはこれで違和感があるなあ。

私は2年間ベルリッツで英会話をやったけど、高い金出してベルリッツに通った理由が、2004年に行った中国・瀋陽のツアー旅行で、瀋陽空港の土産物屋の店員が英語ペラペラで、ああ私は何と英会話能力が低いのだろう、と思ったことに起因している。だからカンボジアでガイドをやっているダラーさんが「わたし英語喋れません」と言ったことに、意外だなあ、と思ってしまったのだ。



バイヨン?

で、バンコクのRungさん同様、ダラーさんも遺跡解説が棒読みなんだよなあ。

この写真はダラーさんが撮ってくれたもの。バイヨンと言われたような気がするけど、違うかも知れない。適当だなあ。けっきょく私は遺跡が見せる荘厳な雰囲気と、それを写真に収めることが好きななだけであって、遺跡ができた経緯なんてどうでもいいんだろうなあ。こんなことだからダラーさんも解説が棒読みになってしまうんだろうなあ。




アンコールパラダイスホテル

2時間くらいアンコールトムを歩き回り、汗みどろ。一通り見るべきところを全て見て回ったので、「暑くてたまらん、もういいや」とメシ。暑くてたまらんからビールも頼む。ツアー料金に含まれている昼飯なのだが、料理が6皿も出てきた。一人でどうやってこんな量を食えというのだ。

そしてホテルに向かう。その途中、ダラーさんから「やっぱり不思議なのですが、どうして一人旅なのですか?」と聞かれた。40男の一人旅、しかもハネムーン(推奨)パッケージを使っての一人旅ってのは、やっぱり不気味だったんだろうか?

13:00頃ホテルへ。アンコールパラダイスホテル。わりと最近できたホテルらしく、2~3年前のガイドブックには載っていないらしいが、まあまあのホテル。部屋は広い。快適。

午後の部はアンコールワット。わくわく。



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2007/09/24

2007年09月07日(金)。PMはアユタヤ観光。

2007年09月07日(金曜日) 15:00~20:30

シャワーを浴びてホテルのロビーに行くと、Rungさんが既に待っていた。さあアユタヤへレッツゴー。

アユタヤ(のどこかは分からない)

と書きつつ、私自身はアユタヤという遺跡のことを全く知らない。タイのアユタヤ県にあるアユタヤ王朝の遺跡群で、世界遺産であると言うことを知っているぐらい。

で、Rungさんたち現地ガイド会社も、特別なミニパンフを用意するでもなく、ただ遺跡に連れて行っては言葉で説明するだけ。せっかくガイドしてくれているRungさんには悪いけど、なんだか観光気分が盛り上がらない。私自身、歴史的な経緯を聞くことより、写真を撮りたいだけだったし。



首から上を切断された仏像の上に育った樹木

この木の根本に仏像の首がある。インドシナ半島でいろんな王朝が様々な争いごとを行ったなれの果ての一つ。らしい。

今回案内してくれたRungさん、30歳でガイド歴はまだ2年。気さくでいい人。日本語も一生懸命勉強していて、別に何の不都合も感じない。英語はほとんどできず、Rungさんにとっての第二外国語は日本語だそうだ。

でも、遺跡の説明は棒読みになる。日本語での棒読み。だけど地名とか時の権力者の名前など、固有名詞はタイ語の難しい発音をするから、何がどうなって誰がどうしてだからどうなったのかが、聞き取れない。けど、私自身、まあ別にそんなこと理解しなくたっていいや、と言う気持ちで聞いていた。私以外の日本人も、結構どうでもいいやと言う気持ちで聞いている人が多いのだろうな。Rungさんの棒読みっぷりは、そのくらい堂々とした棒読みだった。



晩飯

それほど歩いた印象はなかったけど、クビまわりが日に焼けて痛い痛い。結局アユタヤ観光中は、濡らしたタオルをずーっとクビに当てていた。

18:00ころ、晩飯。

メシはトムヤムクンとか中華料理っぽいタイ料理が中心。ダンスショーを見ながらのメシ。レストランは100人くらい座れそうな広さ。だけどいるのは日本人ばかり20人くらい。若い日本人の女性グループが、わーわーはしゃぎながら、一緒にダンスを踊っていた。

タイは喫煙が厳しいので、早々にメシを切り上げ、店外のオープンスペースでたばこを吸いながらスイカを食う。



ライトアップ・アユタヤ

19:00からライトアップされたアユタヤ遺跡観光。

こういうムーディな場所は、一人旅で来るもんじゃないね。

HISやJTBの観光客=つまり日本人が、みんなライトアップアユタヤを背景に写真を撮っていた。で、そのほとんどがフラッシュを光らせていたけど、そのフラッシュは無意味なんだよなあ。光が届くのは人物までで、人物は綺麗に写るかも知れないけど、ライトアップ遺跡はほとんど写んないよ。

私がとったこの写真、シャッター速度8秒です。三脚持って行かなかったので、柵の支柱の上に置いて、手ぶれを防いで撮りました。

ホテルの戻ったのは21:30頃。

次の日は、朝5:30にロビー集合。ふひゃあ。さっさとシャワー浴びて寝なきゃ。


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2007年09月07日(金)。AMはバンコク散策

2007年09月07日(金曜日) 9:00~14:30

睡眠剤が良く効いた。8:00までぐっすりと寝た。寝たことで体調がかなり回復。ホテルのビュッフェで朝飯を食い、バンコク散策レッツゴー。

王宮

9:00より散策スタート。まずは王宮に向かう。今日も暑いや、35℃はあるだろうなあ。BTSのナショナルスタジアム駅まで20分くらい歩き、駅前にいたトゥクトゥクに声をかけ、70バーツで交渉成立。ちょっと道が混んでいたのもあり、30分かかったから、相場なみの金額で乗れたのではないかと思う。10:00前だというのに、王宮には沢山の観光客。中国人がかなりいたように思う。王宮にはいるのに250バーツ。まあ入らなくてもいいや、とワット・ポー(寝釈迦仏)へ向かう。向かっている最中、HISとJTBのツアーバスをやたらと見た。

日射しがどんどん暑くなり、首筋が焼けてしまって痛い。

そんなことお構いなしに歩き回っていたら、トゥクトゥクのドライバーに声をかけられた。曰く「40バーツで2時間、バンコク市内一周するよ。essoのオフィシャルだから40バーツは嘘じゃないよ」



WAT BENCHAMABOPITR写真は「WAT BENCHAMABOPITR」

essoって何やねんと思いつつ、「土産物屋は一切行かずに2時間一周してくれるのなら、200バーツでもいいよ」と言ったら、それで交渉成立。で、回ったのが「WAT SUTHAT」「WAT BENCHAMABOPITR」「LUCKY BUDDHA」。観光客が少ないマイナーな場所ばかり。殊に「LUCKY BUDDHA」では観光客が一人もいなく、参拝している人が一人だけ。その参拝客に遠慮しながら仏像を見ていたら、声をかけられたので「I'm Japanese」と答えたら、「ああ、日本人の方ですか。こんなところで日本人と会うのは珍しいですね」と、とても流暢な日本語が帰ってきた。タイと日本のハーフで、日本で育ったその人は、essoの件について解説してくれた。曰く「トゥクトゥクのドライバーが、外国人客を政府公認の土産物屋に連れて行くと、客が何も買わなくても、ドライバーはessoから200バーツ分のガソリンチケットを貰えるのです。客が買った土産物の金額のパーセンテージではなく、一律200バーツなのです。だから、彼らが連れて行く土産物屋は、それほどしつこくありませんし、何も買わなくても険悪な雰囲気にはなりません。トゥクトゥクのドライバーには、そのことをよく説明するように政府からお達しが出ているのですが、説明しないで40バーツとしか言わないドライバーが相変わらず多いのですね。まあでも彼らはessoのオフィシャルカードを持っているので、問題ないドライバーですよ」だって。

土産物屋には行きたくないと行ったにもかかわらず、結果的に2カ所に連れて行かれた。その2カ所で結局土産を買ってしまうのだけど、買ったのは600バーツのネックレスと200バーツのブレスレット。1バーツ約3.5円のレートを考えると、それほどボられたわけでもなく、まあ、こんなものなのかなあ。



トゥクトゥクのドライバーに記念写真を撮ってもらう

トゥクトゥク2時間チャーターで、当初の約束と違って結局土産物屋にも行ったんだから200バーツは出せないけど、でもまあ楽しんだからいいやと100バーツ出したら、ドライバーが座れ座れ写真撮るで、と言うのでにこやかに記念写真(目線にはぼかしを入れています)。

最初の目的地であるワット・ポーの傍でおろしてもらって(ワット・ポーに行く前にトゥクトゥクに捕まったので、結局まだ行っていない)、トゥクトゥクとはさようならしたんだけど、この時点で13:30。アユタヤ行くのにホテルのロビーで15:00待ち合わせだから、あ、もうあんまり時間がないや。適当に歩き回って、屋台でなにやらわけのわからない串焼きを数本買って、食べながら歩き回っていたら、あまりの暑さにくらくらしてきて。

ああ、こりゃダメだ、いったんホテルの戻ろうとまたトゥクトゥク捕まえて交渉したら、ホテルまで200バーツとかぬかしやがる。どう考えたってmax70バーツの距離だろう、と英語で文句を言ったら、「ここがどこか分かっているのか、おまえのホテルは遠いんだぞ、200バーツは当たり前だ」とか言いやがるので、「だったらもう良いよ、メータータクシーつかまえるから」。

で、メータータクシーをつかまえホテルまで戻ったら73バーツ。トゥクトゥクのドライバーは私の予想以上に観光客慣れしちゃっているんだなあ。

ちなみに、ガイドのRungさん曰く「タイのタクシーはタクシー会社ごとに色が違って、ピンクのタクシーが一番安全ね」、で73バーツのタクシーも当然ピンクタクシー。

さ、シャワーで汗流して、アユタヤ観光だ。


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