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2010/08/19

布施克彦「アフリカに賭ける」感想。
人物伝。2010年08月15日読了。

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アフリカに賭ける―ある商社マンの痛快人生


本書は、一橋大学卒業後三菱商事に入社し、アフリカビジネスを手がけていたサラリーマン清水孝の人生を書いた本。清水孝という人は、特別な実績を残したわけでもなく、普通の商社マンである。

著者は三菱商事の後輩で、仕事上で清水と接点を持ち、著者自身もナイジェリア勤務をするなどの経歴を持つが、その後作家に転身した人。

序章から第4章までが清水孝の人生を順番に追っていき、第5章と終章で清水の足跡を振り返る構成となっている。

清水の人生は面白い。自分の目標(アフリカに行く)を達成するため、ガリ勉して良い大学に行き、アフリカはフランス語圏が多いからフランス語を学び、アフリカに行ける職場は商社だ!と商社に入社し、社内公募があれば飛びつき、公募に競合相手がいたらアフリカは危険だと吹き込み辞退させる。アフリカに行ったら、取引相手の金持ちばかりではなく、現地の普通の人々と接しようと柔道クラブを作る。一昔前のモーレツ商社マンのイメージそのものの人である。

しかし、著者の主観主張が前面に出てくる第5章と終章は、ステレオタイプな意見が多く、単純につまらない。不要と言いきってもいいくらい。

ということで、全体評価としては6点。値段も高いし(1995円)。

以下、備忘録的に清水孝の人生抜粋。

1941年生まれ。
小学生の時に「ドリトル先生アフリカ行き」を読み、アフリカに魅せられ始める。

1964年に三菱商事入社。繊維事業部門に配属、徐々に仕事を任され、ベトナム、イラン、アフガニスタンなどに出張。

1971年、社内公募でザイール・キンシャサの駐在員となる。

柔道家の清水は、キンシャサで胴着を着てランニング。すると銃を持った兵士に囲まれ、不審人物扱い。袖の下を渡して難を逃れる。現地人ともっと積極的に接したいと考え、私設柔道クラブを開設。門下生50人。

1975年、キンシャサ勤務終了、帰日。

1976年、次男誕生、小児麻痺。毎日半休を取り、息子の麻痺回復訓練。1年諦めず訓練、息子回復。

1977年、ナイジェリアに応援出張。そのときの駐在員が本書の著者。

ナイジェリアから帰国後、タンザニア駐在所を作るための検討チームに加わり、ウミガメが気持ちよく泳いでいるのを見て、新たなアフリカの魅力を発見。

1978年、社内公募の相手にアフリカは危険だと吹き込み辞退させ、タンザニア・ダルエスサラームの駐在員を勝ち取る。ここでも私設柔道クラブを作り、ケニアに試合に行き、ケニアチームに勝つ。

1982年、タンザニアから帰日。

1987年、ケニア・ナイロビ事務所長として赴任。

1992年、ケニアから帰日。

1993年、南アフリカ・ヨハネスブルクに赴任。

1995年、南アフリカから帰日。三菱商事退職。54歳。

同年、ケニアに中古車輸入の会社を立ち上げ。ケニアに住む。

その後、キリマンジャロに魅せられ、5回登頂。

2006年、ウガンダのルウェンゾリ山の下見の際に交通事故で死亡。


6点/10点満点


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