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2010/11/29

居間に本棚追加。

居間に高さ120cm×幅60cm×奥行き29cmの本棚が4つある。雑誌とDVDと未読本を入れている。ここに入っている未読本だけで300冊くらい。置き場所のない本が続々と平積みされてきている。

10月から通信課程の大学に入り、教科書がどどーんと送られてきて、副教本とかいろいろ買ってきたらもう居間に置く場所がない。和室に普通の安いカラーボックス3個積み上げて大学関連の本を整理。

でもまだ居間の平積みが収まりきらない。以前IKEAの高さ210cmの本棚ビリーを買おうと考えたが、設置がたいへんなので、高さ120cm×幅60cm×奥行き29cmの本棚を1個追加することにした。

ちなみに寝室には高さ180cm×幅90cm×奥行き29cmの本棚が5つと高さ半分のが3つと普通の安いカラーボックス1つがあって、それでも本棚に入りきらない漫画が250冊とスターウォーズ関連本が100冊ほど平積み。

ああ。本だらけ。

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備忘録。東シティモールのサンタクルス事件。

東ティモールがまだインドネシアの支配下にあった1991年に、インドネシア軍に殺された青年の葬儀に参列する東ティモール人々に向けて(インドネシア軍?が)無差別発砲している映像。

http://www.youtube.com/watch?v=7HkktBcIDzg

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2010/11/23

高野秀行「腰痛探検家」感想。
エッセイ。2010年11月23日読了。

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腰痛探検家


本書は高野秀行が腰痛と闘う物語である。

出たばっかりの新刊本(文庫オリジナル)だから細かな感想は差し控えるが、本に挟み込まれている「集英社新刊案内」に高野秀行(と角幡唯介)の顔写真が載っているくらいなので、今月の集英社一押しの本なのかも知れない。と書いておこう。


本書の感想とは別で、腰痛歴15年の私から著者高野秀行に一言申し上げたい。

「歳取ったら病気は治りにくくなるんだよ」


7点/10点満点


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2010/11/22

アクセスカウンター12万突破に感謝。

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トップに設置している忍者Toolsアクセスカウンターが12万を突破しました。
お読み下さっている皆様に感謝です。

2005年12月15日 ブログ始める
2006年11月23日 アクセス01万突破 (344日) 一日平均 29
2007年10月09日 アクセス02万突破 (321日) 一日平均 31
2008年06月21日 アクセス03万突破 (255日) 一日平均 39
2009年01月19日 アクセス04万突破 (212日) 一日平均 47
2009年05月28日 アクセス05万突破 (129日) 一日平均 77
2009年09月06日 アクセス06万突破 (101日) 一日平均 99
2010年01月06日 アクセス07万突破 (122日) 一日平均 82
2010年02月22日 アクセス08万突破 ( 47日) 一日平均212
2010年04月27日 アクセス09万突破 ( 65日) 一日平均154
2010年07月01日 アクセス10万突破 ( 65日) 一日平均154
2010年09月02日 アクセス11万突破 ( 62日) 一日平均161
2010年11月21日 アクセス12万突破 ( 80日) 一日平均125


10月下旬から再び肝炎になりブログ更新が滞っていましたが、ジョギングを続けているせいか今回は治りが早く、最近体調が良いのでこれからガシガシとブログの更新と改修をしようかと考えている次第ですが、photoshopを動かしていたDELLのノートPCが壊れて動かなくなってしまった(4年間で4回目の故障)のでやっぱり人生うまくいきません。ついでにいえば10年以上使っている冷蔵庫と洗濯機と炊飯器の調子も悪くなってきています。“生きる!”ということを考えると冷蔵庫の買い換えが最優先のような気もするのですが、パソコン欲しいなあ。というかそもそも私は無職で収入がゼロだというのにいったいどこから金をひねり出すつもりなんだろうと我ながら……。

※世界一周中の3月末に一度罹患し完治まで2ヶ月近く要したのです。

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2010/11/20

「スーダン日記」というブログがある (雑記・大幅追記と訂正あり)

JICAでスーダンに派遣されている人が書いている「スーダン日記」というブログがなかなか興味深い。

スーダンはそのうち行ってみよう、と思っている。一昔前と違って、アラブ資本や中国資本がバンバン入ってきていて、首都ハルツームはけっこうとんでもないことになっている。「カダフィの卵」と呼ばれるホテル(ドバイのバージュ・アル・アラブの系列違った。リビア資本だった)が出来たり、ハルツームをドバイ以上の金ピカゴージャスシティにしてしまおうアホみたいな大開発計画「Al-Morgan Project」があったり。注:リンク先はハルツーム開発を行っている企業のサイトです。

何が言いたいかというとスーダンは(秘密警察もあるし)政治的なことに首を突っ込まない限りそれほど危険はない国だ、ということ。外務省の海外渡航危険情報ではハルツームも危険度1になっているけどスーダンでの危険性は政治デモや政治テロに巻き込まれる危険性なので、普通の人々の中に悪い奴らがごちゃまんと潜んでいるエジプトやインドやトルコより普通の観光やビジネスはし易いのではないかな。

まあ、イスラム寄りの政府が荒くれ集団(ジャンジャウィードでwikiれ)に陰ながら援助を行ってキリスト教徒をぶち殺しまくっているような(注:一応噂である)スーダンで、石油で儲けた金を学校や病院などの公共施設整備に回さないで都市開発を行ってしまうのってどうなのよ! といようなことは個々人でどうぞご自由にご判断下さい、なのだが、まあ私も世界一周してきてそこそこいろんな国を回って感じたのは、世界中でインターネットが使えるようになって先進諸国というのはなんと羨ましい生活をおくっているのだ! ということが世界中けっこう隅々の人々にまで浸透してきていて、誰しもが金を儲けて良い暮らしがしたいと願ったり思ったりしているわけだ。貧国の政府は自国の貧民たちがそのような思いで暮らしていることを知っているので、なぜ知っているかというとそういう貧民はクーデター要素になるからなのだが、自国の首都すら貧相なままだと自国民が夢を持てないから最低限首都は自国民の誰もが羨むような凄まじい開発を行わねば、という流れは絶対に止まらないし止められない。

で、何で私がスーダンに行ってみたいかというと、まあスーダンの他にもリビアや赤道ギニアやナイジェリアやアルジェリアやアンゴラやガボン(以上石油で儲けている)やモザンビーク(アルミ)やコートジボワール(アフリカで一番機能的な高速道路がある)やシエラレオネ(首都は世界で3本の指に入るwifiネットワーク都市)や中央アフリカやザイールコンゴ(以上は眠れる鉱山資源)やそういうところにも行ってみたいんだけど、それは20年前に遡ってみると中国やタイやベトナムやマレーシアやインドやブラジルやロシアやそういった国々が世界経済を牽引するグループに入り込んでくるなんていうのは、いずれそのうちあり得るかも知れないけど本当にそんな時代が来るのだろうか、なんて程度だったはずなのだが先見性のある投資家やコストダウンを求め続けてさまよう製造業のおかげで20年経過した今はそれぞれ経済発展が著しい。ということは20年後、スーダンやナイジェリアが今の中国インドのような立場になっていても不思議ではない。私に金か権力があればアフリカ諸国に多大な投資をするところなんだが、私はしょぼっちい中年オヤジなのである。スーダンに行ったところで「おおー」で終わると思うが。


まあこんなことを考えながらついでにいろいろ調べていたら、旅エッセイスト田中真知さんのブログ「王様の耳そうじ」も見つけた。これも面白い。


で、パソコンが何回も壊れまくってしまってRSSリーダーの再設定をしないままずっと過ごしていたのだが、そろそろ読みたいブログも溜まってきたしRSSリーダーの再設定をするためにも新しいパソコンを買おうかな。DELLのノートがまた壊れてこれで壊れたの4年目で4回目だし、今使っているダイナブックのネットブックも一回メイン基板取り替えてるし、今度はデスクトップ買うべし買うべし。金ないのに。


まあそれはそれとして最初に書いた「スーダン日記」にハルツームでも中華料理レストランがたくさん出来つつあるとの話。それを読んで思いだしたのが南アフリカのヨハネスブルクで泊まったホテル「Airport Grand Hotel」の併設バーに最近大連から移住してきたという中国人の若い女の子がいたんだよな、この子がけっこうかわいくて黒人ウェイターにかわいがられていたんだよな、なんてことを思い出したのです、それだけ。


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富坂聰「中国官僚覆面座談会」感想。
中国ルポ。2010年11月20日読了。

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中国官僚覆面座談会―お人好し日本人フォーエバー

最近超お気に入りのジャーナリスト富坂聡をまたしても読む。

1984年頃に北京大学に留学していてその後もずっと中国ウォッチを続けている著者が、人脈を活かして中国の現役官僚たちと覆面座談会をしましょう、という雑誌(週刊新潮)に掲載された企画をまとめた本。とのこと。

国務院外交部(日本の外務省に相当)の課長補佐、
武装警察部隊北京総隊の大佐、
国際協力機関の職員、
国際シンクタンク日本担当研究員→中国共産党機関紙記者、
司会著者

のメンバーで行われた3回の座談会が載っている。

座談会の開催時期は毒ギョーザ事件、四川大地震、チベット動乱が起こった頃で、北京オリンピックの前。


中国の報道機関は徐々にであるが言論開放の方向に向かっていて、それはなぜかというと中国共産党の言いなりになっていると売れないからで、それは上層部もわかっていて、これは「治安を守るはずの公安が、実は犯罪が完全になくなれば困り、チベット問題がなくなれば統一戦線工作部が困るのと同じ構造だ」(43P)

とか、

オリンピック阻止を叫んで、爆弾もってバスジャック未遂を起こした犯人が実は漢族の退役軍人で、「退役した軍人たちはいま、中国社会で完全な負け組になっているからな。格差を生んだ社会や成功者に対する憎しみは尋常じゃないし、それが転じて政権への反発も強い」(127P)

とか、

台湾が独立しようとしたらオリンピックをぶちこわしてでも全力で台湾と戦争することになるだろう、そのくらい中国にとって台湾は重要で、無理矢理どうこうしようとアメリカが介入して来やがったらアメリカと中国が戦争することになっちまうぜよという中国のメンツがあり、で実際に戦争になったと仮定すると、「中国にもアメリカにない強みがあるんだよ。それは、アメリカの国民と比べて、中国の人民はまだ戦争で人が死ぬということに耐えられるという強みだ。例えば中米戦争が起きてアメリカの軍人や一般市民が十万人も死ぬことにアメリカは耐えられないだろう? でも、中国は軍人はもちろん一般人が十万人死んだとしてもまだまだ戦争を継続できるだろう。だから中国がアメリカと戦うことがあっても、決して勝負にならないというわけじゃない。極端なたとえをするならば、アメリカは核兵器一つで戦争の継続は難しくなるが、中国は三つ四つ落とされてもまだ戦争を続けることができるんだ」(140P)


うーん、面白い。一気に読んでしまった。というか週刊誌の延長線なので読むのに大した時間はかからなかったが。(11/23内容ちょっと修正)


6点/10点満点


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2010/11/19

ルワンダ・ブルンジ・コンゴ(旧ザイール)のまとめ。

「アフリカンブラッドレアメタル」を読み、気になったのでまとめる。
片山正人「現代アフリカクーデター全史」も参照。


ルワンダは北(地図上の上)にウガンダ、西(左)にザイールコンゴ、南(下)にブルンジ、東(右)にタンザニアと、四方を他国に囲まれた内陸国家である。


大きな地図で見る

△フツ族=農耕民族。ルワンダの多数派(人口の84%)。ブルンジの多数派(85%)。
△ツチ族=遊牧民族。ルワンダの少数派(人口の15%)。ブルンジの少数派(14%)。

◆ルワンダ
 15~16世紀頃にはツチ族が支配するルワンダ王国が成立していた。1884年ドイツ侵攻、支配下。以降第一次世界対戦終了までドイツ領。戦後ベルギー委任統治領。第二次世界大戦後ベルギー信託統治領。1962年、共和国として独立。2009年英国連邦に加盟。

◆ブルンジ
 15~16世紀頃にはツチ族が支配するブルンジ王国が成立していた。1884年ドイツ侵攻、支配下。以降第一次世界大戦終了までドイツ領。戦後ベルギー委任統治領。第二次世界大戦後ベルギー信託統治領。1962年、王国として独立。

◆ウガンダ
 イギリス、ドイツ、フランスの権益争いの後、1890年にイギリス勢力圏。1962年英国連邦の一員として独立。

◆コンゴ民主共和国(ザイールコンゴ・キンシャサコンゴとも言われる)
 1885年、ベルギー国王が私有地化。1908年ベルギー政府に委譲され、ベルギー植民地。1960年独立。

◆タンザニア
 大陸側はドイツ領、ザンジバル島はイギリス領。第一次世界大戦後、大陸側もイギリス領。1961年大陸側独立、1963年ザンジバル独立、1964年現在のタンザニア成立。


ベルギーはフランス語で統治(ベルギーの公用語は、南部はフランス語+一部ドイツ語、北部はオランダ語)。

「アフリカン・ブラッド・レアメタル」に書かれていた内容を中心に、ルワンダおよびザイールコンゴの簡単な歴史。補足として「現代アフリカ・クーデター全史」

・ベルギー支配下時代はツチ族が支配側(ベルギーの傀儡)
・1959年、フツ族反乱の兆しに、ベルギーはツチ族を見捨てフツ族を大統領に据える
・ツチ族に難民発生、ウガンダ(やコンゴ)に逃げる
・1987年、ウガンダに逃げたツチ族難民がRPF(ルワンダ愛国戦線)結成
・RPFは何度となくルワンダ(フツ族政権)に対し攻撃を仕掛ける(内戦状態)
・1993年、ルワンダ政府とRPFで停戦合意
・1994年4月、ルワンダ大統領とブルンジ大統領(共にフツ族)の乗った飛行機が撃墜される
・ツチ族のクーデターだ、ツチ族を皆殺しにしろ、とフツ族の大虐殺が始まる
・フツ族によるツチ族大虐殺の真っ最中、RPFはルワンダの首都キガリに侵攻、首都陥落、フツ族政権は壊走
・1994年7月、RPF(ツチ族)が新政府樹立、フツ族(虐殺してた方)はコンゴのゴマ(自衛隊が人道支援に行った先)に逃げ込み難民キャンプを作る
・ゴマに逃げ込んだフツ族(旧ルワンダ政権)は、フツ族難民を兵士に仕立て上げ、ルワンダ奪還のため首都キガリへ攻め込もうとする。
・RPF(ルワンダ政権)は、利害の一致したウガンダ軍、ADFL(コンゴ・ザイール解放民主勢力連合)と共同戦線を張り、コンゴにいるフツ族旧政権勢力(虐殺を指示した過激派)殲滅作戦を開始。難民キャンプを襲撃
・フツ族旧政権勢力は、難民共々壊走(難民キャンプを追い出された)。兵士と難民はコンゴのジャングルの中をさまよい続ける。
・1997年、ADFLはコンゴの独裁大統領モブツを倒すべくキンシャサに侵攻、コンゴ政権奪取。ほどなくADFLは、RPFおよびウガンダ軍をコンゴから追い出す
・1998年、RPFとウガンダ軍は、反ADFL組織のRCD(コンゴ民主連合)を支援しコンゴに侵攻、鉱山の要衝や主要な町を攻め落とす。
・対するADFLは、ジンバブウェ、アンゴラ、ナミビアを味方に付け、コンゴ政権(ADFL+ジンバブウェアンゴラナミビア)対反政府勢力(RCD+ルワンダウガンダ)の第二次コンゴ戦争の始まり
・1999年、停戦合意。300万人が犠牲になった(注:犠牲者数は諸説ある)
・2000年、コンゴで散り散りになったツチ族フツ族が再びまとまりFDLR(ルワンダ民主解放軍)結成、コンゴの武装グループマイマイ(MaiMai)と共闘しルワンダ侵攻を画策
・2001年、ADFL創設者が暗殺され、その息子がコンゴ大統領に就任
・2003年、コンゴ暫定政府発足(ADFL)
・2004年、元ADFLの将校(コンゴに住むツチ族)がコンゴ政府を襲撃、新たなツチ族対フツ族の図式が生まれる(ADFLはルワンダ政府=RPFと仲違いした時点で反ツチ族)
・2006年、先の将校が反コンゴ政府組織CNDP(人民防衛国民会議)を結成し、 CNDP 対 FDLR+コンゴ政府(ADFL)+反ツチ族コンゴ武装勢力 という対立の構図が出来る。コンゴにて選挙実施、息子大統領に再選。
・2008年、FDLRがルワンダ侵攻、失敗。30万人以上が住処を奪われた


ふう。

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大津司郎「アフリカン・ブラッド・レアメタル」感想。
ルワンダルポ。2010年11月19日読了。

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アフリカンブラッドレアメタル―94年ルワンダ虐殺から現在へと続く『虐殺の道』


今回の感想はかなり長いです。

◆1994年に起こったルワンダ大虐殺
ルワンダの多数派であり政権を握っているフツ族が、少数派のツチ族を鉈や棍棒で殴り殺した。わずか3ヶ月で80万人以上のツチ族が殺された。路上の至る所に死体が転がっている映像は衝撃的だった。その後ツチ族が政権を奪還し、虐殺に加担したフツ族を無罪放免することで両民族は表面上和解。現在のルワンダは女性の国会議員数(比率)が世界一という男女平等社会が築かれている。

◆本書の紹介
と世間一般に知られている(知らない人も大勢いるだろうが)ルワンダ情勢だが、本書によるとその情勢は安定しているわけではなく、世界中から半分見捨てられた状態で、ルワンダにおけるフツ族とツチ族の戦いはコンゴに舞台を移して延々と続いてる。

まず、なぜルワンダ大虐殺が起こったか。ルワンダは元もとツチ族(虐殺された方)が旧宗主国ベルギーの傀儡として政権を握っていたが、フツ族(虐殺した方)がクーデターを起こしそうになったのをきっかけにベルギーがツチ族を見捨て、フツ族を政権に据えた(1959年)。

ツチ族はウガンダに逃げ、政権奪還のためルワンダ侵攻を行っていた。

ツチ族勢力にはアメリカが手を貸し、フツ族現政権にはフランスが(ベルギーに代わって?)手を貸していた。

ルワンダ大虐殺は突然起きたのではなく、たびたびウガンダから侵攻してくるツチ族勢力に業を煮やしたフツ族政権が周到に準備した大虐殺なのだった。

大虐殺の真っ最中、ツチ族(虐殺されている方)の反政府組織がルワンダの首都キガリを攻め落とし、虐殺していた側(フツ族)はコンゴに逃走、この後コンゴを舞台に、コンゴ政府軍、反コンゴ政府組織、ウガンダ、ブルンジ、ジンバブウェ、ナミビア、アンゴラなどの国を巻き込んだコンゴ戦争に続いていく。そして、その戦争はまだ終わったとは言えない……

双方の勢力に加担する米欧政府や企業を見ると、それはアメリカ対フランス(&ベルギー・ヨーロッパ勢)対中国の代理戦争の様相をも呈しており、その中心にあるのはコンゴに大量に埋まっている大量の金、ダイヤモンド、コバルト、ウラン、そしてレアメタルなどの鉱物資源である。

という内容である。ルワンダ情勢を多少なりとも知っているつもりだった私だが、知らなかったこともしくは忘れてしまったことが多々あり、本書の内容は衝撃的であった。

◆以降、偉そうなことを書くのでその背景(いつも偉そうだ、というのはさておき)

▽私はアフリカが好き
右サイドバーのカテゴリーを見ていただければわかるように、「アフリカ」というカテゴリーを作る程度に私はアフリカが好きなのです。

▽私のバックボーン1
私は1987年から1997年までNECでノートパソコンの実装設計を行っていた。少なくとも辞める前までの電子部品の需給関係や価格動勢などは、一般の方々より詳しい。

▽私のバックボーン2
私は10年以上前から株取引をやっている。株を始めた直後に買ったのが「東邦チタニウム」という会社で、チタンインゴット製造およびチタン加工技術の高さで世界有数の会社である。1999年頃から徐々にチタンの値が上がっており、東邦チタニウムも上昇するとの情報を得た私は、2005年まで何度も売り買いを繰り返し、この銘柄だけで100万円以上儲けた(最初に買ったときの価格で2005年まで持ち続けていたら1000万円以上儲かっていたはずなのだが、そううまくはいかない)。その後ニッケル価格上昇の情報を得て、住友金属鉱山を購入。この株も何度も売り買いを繰り返し、同じく100万円以上儲けている。

▽レアメタル価格上昇
バックボーンと、私が今まで読んできたビジネス書や雑誌、webマガジン得た情報を元にすると、1997年の段階でレアメタルの受給はそれほど逼迫していなかった。電子部品に使われているレアメタルといえば金(LSIのワイヤボンディングは全て金(GOLD)。金自体は希少でありg単価も高いが、1gの金は3000mもの長さに加工できるし、金は酸化しないためコストパフォーマンスが非常に高い)。他に使われていたレアメタルといえば、筐体メッキに使うニッケル、高性能コンデンサの原料であるタンタル、電池に使うリチウムやモリブデン、強度(剛性)の強い板金用金属としてチタンなど。
レアメタルの価格上昇=投機資金の流入は、チタン価格が上昇し始めた2000年頃からである。その後2002年頃からニッケル価格が急上昇し、その後モリブデン価格も上昇。携帯電話の普及とともにバイブに使われる磁石用の材料としてレアアース(ネオジムなど)が急騰。
私が知る限り、1990年代、レアメタルは希少であり材料としての値段もそれなりに高かったが、希少であるが故に工業製品としての利用は限られており、世界中で争奪戦になるほどの状態ではなかった。レアメタルは元もと流通量が少ないため取引もそれほど多くなく、そこに投機筋の資金が流入したため、市場の予想をはるかに超える急激な価格上昇が起こった。これが世間に広く知れ渡るようになってきたのが2003~5年頃。


◆これらを踏まえて本書を評価

▽題材は素晴らしく良い
著者は40年前に初めてアフリカに行き、以降チャドやタンザニアの駐在を経て1992年からテレビメディアを中心に取材しているジャーナリストだそうだ。
ルワンダ大虐殺後の難民押し寄せるゴマ(自衛隊が援助に行った地)での取材や、ブルンジ、コンゴなどでも取材を続け、本書には非常に良い取材成果に溢れている。

▽レアメタル争奪
著者は、ツチ族対フツ族の争いの舞台がコンゴへ移ったのは、レアメタル(を含む資源)争奪戦であるとの結論に導いているが、前述のようにレアメタル争奪が本格的に始まったのは2000年以降と思う。投機筋が参入する前のレアメタルは、単純に採掘コストがかかるから値段が高いのであって、儲けがそれほどあったとは思えない(もともとそれほど売れるものでもないから)。しかし投機筋が入ってきたことによってレアメタルは大儲けできる物に変貌した。
そうなると、1994年のルワンダ大虐殺の時点ではまだ争奪戦は始まっていないことになる。著者の言いたいこともわかるが、言い切るには証拠がない。全て推論だ。証拠がない状態で結果から原因を探るのは、フリーメーソンが世界中の全ての陰謀を企てているという都市伝説と大差ない。と私は思う。

▽軸のない構成
本書はその構成に軸となるものがない。最初はフツ族(虐殺した方)難民の親子マリアとトキオの行方を探すところから始まる。その後はルワンダ大虐殺に至るまでの経緯と、その後コンゴへ舞台を移した後の展開(史実を取材で裏付けしたルポ)が7割を占める。マリアとトキオ親子の話は時折出てくるのだが、ルポとして話の軸となるほどの力はない。マリアとトキオ親子の話を入れる必要があったのだろうか(省けなかったのだろうか)。

▽時制がメチャクチャな構成
更にだ。本書は章ごとに時が移り変わりすぎる。これが徹頭徹尾本書を読みづらく苛立たせる原因となる。例を出すときりがないから出さない。読んでいる途中に思ったのは、著者は全体的な構成を考えずに書き始め、書いている途中でどんどんあれも書きたいこれも書かなきゃとなってしまい、頭に浮かんだ内容を次から次へと書いているうちに収拾がつかなくなってしまったのではないだろうか、と思えてしまうくらい、構成がメチャクチャなのである。

▽写真にあまり意味がない
本書はペーパーバックスタイルの書籍なので、レイアウトとしてページの下1/4くらいが空白になっており、それなりの頻度で写真が印刷されている。のだが、かなり多くの写真が、掲載されているページの本文と無関係の難民キャンプの日常なのである。この写真に何か意味があるのだろうか。

▽著者の固有名詞選択
レアメタルの一種にタンタルという物がある。コルタンという鉱石から採れる。コルタンの英語表記はColtan、タンタルの英語表記ではTantalumとなり、著者はそれぞれコールタン、タンタラムという表現を本書で用いている。しかしだね、日本で一般に広く使われているのはコルタンとタンタルなんだよ。英語圏や現地(コンゴ)で実際にどのように発音されていようが、日本人ジャーナリストが日本人のために日本語で書いた本なのだから、日本で広く使われている表記をなぜ用いないのだろうか。Wikiで調べればすぐわかるのに。
同様のことは地名にも現れており、ベルギーの首都ブリュッセルを、著者は「ブラッセル」と書いている。著者の信条として譲れないものがあるのかも知れないが、ブラッセルなどという読み慣れない言葉を使われると、ルワンダ・ブルンジ・コンゴに実在する私が知らない地名のことなのかと思ってしまう。読者に無用の誤解を与えるような固有名詞の使い方は間違っていると思う。

▽著者の一人称
著者は一人称に「オレ」を使う。これも前述の固有名詞と同じで、いきなり「オレ」と出てくると、おっ?地名か? と一瞬迷ってしまう。読み進んでいけばそのようなこともなくなるが、それよりも「オレ」という表現は単純に下品である。

▽分厚くて読みづらい
本書の厚さは約3cm。厚すぎて非常に読みづらい。

▽そうは言っても
内容は非常に良い。取材の成果もある。話のつくり(マリアとトキオ親子)も最初は良かった。しかし段々と読みづらくなってしまった。読みづらいだけで、内容は良い。だからとても残念なのである。


6点/10点満点


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2010/11/15

住宅ローンANAマイルで、が~ん。

三井住友銀行の住宅ローン残高に対応したポイント制度→ANAマイルに交換可能

これが、2011年4月で廃止。

が~ん。

が~ん。

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佐藤大吾「“20代、コネなしが”市議会議員になる方法」感想。
指南書。2010年11月14日読了。

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“20代、コネなし”が市議会議員になる方法―1.21人に1人が当選!

市議会議員になりたい!

と思っている若い人に向け、
26ページにも及ぶ市町村議会議員の月額報酬一覧、
選挙前にやって良いこと悪いこと、
選挙期間中にやって良いこと悪いこと、
当選するためにやっておくべきこと、
当選したら何をする、
ということが書かれたノウハウ集、

+実際に20代コネなしで市議会議委員に当選した若手地方議員へのインタビュー多数、

という感じで構成されています。


選挙前と選挙期間中にやって良いこと悪いことに関しては、マンガ「クニミツの政」を読んだ方が早いような気もするけど、実際のところ市町村議会で銀は何をしているのか?に関しては知らないことだらけだったので意外と為になりました。

例えば、地方議会は「議員同士が議論する場」ではなく、執行部(市長+市役所幹部)が挙げた議案に対し、議員が執行部への質問を行うのみ、&執行部は質問に答えるのみで議員に対して説得するための議論は出来ない、とか。

議員インタビューでは、千葉県流山の松野市議が「選挙に向けた活動をしていると有権者の皆さんから色々と要望が出てきます。自分に投票してほしいがために、あれもこれも安請け合いしてしまうのは最悪です。……中略……できないことは勇気を持って「できません」と言うべきなのです」

リップサービスばかりしている国会議員どもよりよほど志が高く感じます。


さてまあなぜ私がこんな本を読んだかというと、世界一周から帰国してから半年経ちましたが一向に職が見つかりません。市議会議員にでもなろうかな、と。

私が住んでいる街は、2,000票取れれば当選できます。まあ人望も人脈もない私が2,000票も集めるなど、無理無駄無謀無茶なことでしょうが。私の父親(当年76歳)は町役場の課長をしていて町議会に出席していたので、正月に帰省したら父親からいろんな話を聞いてみようかと思う今日この頃。

どうでもいいけど、無職期間が長く続くと精神的に辛いもんだなあ。


※追記:「クニミツの政」って小田原がモデルだったのか、とwikipedia読んで知る。新千葉ヶ崎市というから木更津か習志野か市原がモデルだと思っていた。


6点/10点満点


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2010/11/14

富坂聰「中国報道の「裏」を読め!」感想。
中国ルポ。2010年11月09日読了。

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中国報道の「裏」を読め!


「中国の地下経済」を読んで、富坂聰氏の中国レポートが気に入ってしまったのです。早速2冊目。

◆本書は、中国国内で起きている様々な事件、出来事、世論について、中国国民がどのように思っているのかを、著者の解説+中国国内(新聞雑誌テレビなど)メディアからの引用で構成されている。日本国内で報道される中国レポートは、大なり小なり日本マスコミのバイアスがかかっており、生の中国メディアが取り上げるネタは興味が尽きない。

◆例えば、3年前に問題になった防衛省守屋事務次官の贈収賄事件。中国人に言わせると、「あれっぽっち(400万円)の収賄で何が問題なの?」らしい。中国の過去最高汚職は、上海市労働社会保障局の元局長が200億円。で、億単位の贈収賄は横領など日常茶飯事らしい。ただ、政治が絡んで見せしめ逮捕されると、1億円の収賄で死刑になったことも。収賄で死刑って、つくづくすごい国だ。

◆また、本書ではチベット問題にも触れている。チベット問題のイメージは、チベット=全面的に善、中国=全面的に悪、の図式が西側諸国で定着している。実際のところ、チベットのダライラマは「独立の野心はありません、中国内の自治区としてやっていきます」と言っているが、中国側は話し合いそのものを拒否している。その裏側には、ダライラマが前言を覆し「やっぱり独立しますので戦います」と言ったとしても、国際世論はダライラマの味方をしてしまうから、中国側としては話し合いに応じることが出来ないという。

またチベット独立運動をしていたブラックリスト入りしているチベット出身者のインタビューでは「……前略……外国人でチベットに興味のある人は、われわれが貧しくても敬虔な仏教徒で独自の文化を大切に守ることに情熱を傾けていると思っているが、それはむしろごく一部の人々のことだからね。誰も好きこのんで貧しいわけじゃない。豊になりたいんだ。本音を言えば、コーラを飲んでジーパンをはいて、楽しい映画を見て良い車を乗り回したい。……中略……豊かな暮らしができればほとんどのチベット人は中国人に出て行けとは言わないはずだ」

本書で指摘されているのは、チベット人が漢民族にこき使われる構造になってしまい、その構造がちっとも変わらないのは、中国政府がチベット対策費として巨額の支出(公共事業費など)をしているにもかかわらず、チベット自治政府の有力者と近隣省の漢民族実業家がつるみ、公費で私腹を肥やしているからなのだという。公費を減らすと、チベット自治政府の有力者が不満を抱くチベット人を煽動し暴動に発展するから、公費を減らしたくても減らせない。

本書とは関係ないけど、日本でも「田舎の自然を守ろう」的なことを言う輩がいるけど、田舎暮らしってのはけっこうたいへんなんだよ。私の父方の本家は北海道の片田舎にあり、隣家まで500mくらい離れている山間で4世代同居で農家をやっているけど、自宅の敷地内に標高100mくらいの山があり山菜は採れるし秋は紅葉が見られるし冬はボブスレーで楽しめるけど、従兄弟は「他に生活する手段があるならとっとと街中に引っ越したいよ」と言っている。まあ余談だ。

◆他にも、中国国内で雇用を守るため「勤続10年以上の従業員には、期間の定めのない雇用契約を結ばなければならない」という事実上の終身雇用制度を法制化したところ、法律が施行される前に勤続年数の長い社員が片っ端からクビ切られ、派遣会社から大量の派遣社員を採用するようになったのだとか。

で、この派遣会社は、本来この法律がきちんと守られているかどうかを監督する立場にある政府の労働部門が、ほとんどの派遣会社と何らかのつながりを持っていることがわかってきたという。さすが中国役人。


◆というわけで「中国はやっぱり面白い国なのだなあ」と教えてくれるこの本、良書だと思う。


7点/10点満点


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2010/11/13

小島剛一「漂流するトルコ 続「トルコのもう一つの顔」」感想。
学術紀行ルポ。2010年10月26日読了。

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漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」

◆概要(紀伊國屋Bookwebより)
政府に弾圧され続けるトルコの少数民族の言語と、その生活の実態を、スパイと疑われながら、調査し続けた著者。
前著『トルコのもう一つの顔』(中公新書)が、まるで推理小説のようなスリルに満ちた物語と、著者の少数民族に対する愛情に涙が出たと絶賛され、長らく続編が待望されながら20年。
前著でトルコを国外追放されたあと、再びトルコへの入国を果たし、波瀾万丈のトルコ旅行が開始される。
著者の並外れた行動力と、深い知識、鋭い洞察力が生み出した画期的トルコ紀行。


◆著者の前著である「トルコのもう一つの顔」は、昨年(2009年)3月に読んだ。フランスに留学していた著者は1970年に初めてトルコを訪れそしてトルコの魅力に惹かれた。言語学者としてトルコ語を研究するため1977年に自転車&ヒッチハイクでトルコ旅行を行い、その後トルコ国内の少数言語(クルマンチュ語(北西部クルド語)、アブゼフ語、カバルド語、ザザ語、ラズ語他多数)研究に力を入れるようになったが、トルコ政府は「トルコにはトルコ語以外の言語は存在しない」という建前になっており、トルコ語以外の言葉を公で話すと投獄されるという少数民族・少数言語圧政の実態が見えてきた。それでも著者はあの手この手で少数言語を調べていたが、1986年「トルコ国外退去勧告」を受け、事実上の入国禁止処分になってしまった。

◆本書は、1986年の国外退去勧告を受けた直後、ギリシャ経由でフランスに戻るところから現在までの著者の足跡を記した、まさしく続編である。

◆1986年、ギリシャ経由で(留学先の)フランスに戻る際、北キプロスの入国印があったためギリシャの入管で追い返されそうになったが、著者がギリシャ語で丁寧にトルコから追い出された経緯を説明すると、ギリシャの入管は「北キプロス印を見なかったこと」にして入国を許可してくれたエピソードから始まり、

※キプロス島の北半分はトルコが軍事制圧し、北キプロス=トルコ共和国として独立宣言をしているが、国際的にはトルコ以外は一カ国も承認していない。これが元で、北キプロスの入国印があるとギリシャ(キプロス島南側つまりキプロス共和国はギリシャ系)には入れない。

◆フランスに戻ったら、著者はクルド語を研究しトルコ政府から追い出されたくらいなのでクルド人寄りの人物である、との噂が広まっており、フランスに逃げてきたクルド難民が「難民申請書を書くのを無償で手伝ってくれ」と申し出てきて、著者は彼らの難民申請を手伝ったこともあった。とある難民青年から話を聞くと、彼はクルディスタン独立運動家と見なされトルコ政府に捕まり投獄され、毎日気絶するまでゴム棒で殴られ真冬にホースで水をかけられ性器肛門に電気を流され、たまらず脱獄してきたという。

◆その後、偽装難民ではなく本当の難民だが、ろくでなしのどうしようもない奴と関わり合いになってしまって迷惑した話であるとか、

◆旅行先のネパールでヒマラヤトレッキングをしているとき、一緒になったフランス人から「本を書けば」と言われ、日本に帰国した際、つてを辿って出版社に原稿(前著「トルコのもう一つの顔」)を持ち込んだが、最初の出版社では相手にされず、氏名を伏せ字にするなど改稿した後、別の出版社からようやく出版されるに至った話とか、

◆などというエピソードでまだ1/3程度。ここから、トルコ政府から再入国を許可され再び言語調査に赴き、旧知の人々(トルコに住む人々)と再会し、旧知の人々は皆トルコ語もクルド語もぺらぺらに喋れる特異な日本人(著者)のことを覚えておりとても感激したエピソード、知り合ったトルコの出版社からトルコ語で本を出そうとしたが、共著人が適当に原稿を改竄して困り果てるエピソード、トルコ政府関係者が適当なことを言い出し著者の立場を貶めるようなことを画策しているエピソード、など、著者20年の人生が凝縮された本書は読みどころが満載である。

◆最終的に著者は、2003年、再び国外退去処分(国外追放)になっている。


◆約350ページの本書、おちゃらけた話はなく、きわめてまじめな話と適度に硬い文章で綴られている。きちがいじみた天才言語学者である著者は、本書に出てくる内容から類推するに40~80の言語を喋れると思われる。少なくとも日本語、英語、フランス語、ギリシャ語、トルコ語、クルマンチュ語(北西部クルド語)、アブゼフ語、カバルド語、ザザ語、ラズ語、ウブフ語は喋れてかつ読み書きも出来ると思われるし、ポーランド語、ルーマニア語、ブルガリア語、アルバニア後、アッシリア語、アルメニア語、アラブ語、グルジア語も喋れるのだろう。

◆その天才的言語学者と、「トルコ国内にはトルコ語しか存在しない」と言い張りクルド人弾圧政策をとるトルコ政府の暗闘は、スパイ小説さながらの展開である(アクションシーンはないが)。

◆親日で、人々は親切で、飯が美味くて、観光名所もたくさんあり、良い国のイメージがあるトルコだが、裏の顔はなかなかどす黒い。トルコ国内にだけ存在する少数言語を研究している著者にとって、トルコ政府批判とも受け取られかねない本書を書くのは勇気が要っただろう。

◆とにもかくにも、名著である。と断言する。


9点/10点満点


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2010/11/08

備忘録。

「つっこめサイゴン」


が、なかなか面白い。

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2010/11/06

2010年11月5日現在、積ん読メモ

◆済み
漂流するトルコ

◆並行読書・現在進行形
アフリカン・ブラッド・レアメタル
中国報道の「裏」を読め
暗殺者の森
ボディ・ショッピング
20代コネなしが市議会議員になる方法
世界は仕事で満ちている
現代免疫物語
グーグル秘録
アメリカの子供はどう英語を覚えるのか
武富士対後藤組
地図の科学
世界飛び地大全
スラムの惑星

◆並行読書・停滞中
日本辺境論
見えないアジアを歩く
アフリカに見捨てられる日本
言語世界地図
世界中のアフリカへ行こう
格差社会論はウソである
資源外交連戦連敗
アフリカ旅日記
現代アフリカ・クーデター全史
さおだけ屋なぜ潰れないのか
巨大化するアメリカの地下経済
乗りテツ大全
モブツ・セセ・セコ物語
写真で見る自衛隊の最新兵器99
パレスチナ新版
メディアとテロリズム
フォト・リテラシー
百年続く企業の条件
深海生物の謎
使い捨てられる若者たち

◆さっさと読まねばならない積ん読
援助じゃアフリカは発展しない
わたしはノジュオド、10歳で結婚
ノーザン・ソングス
インパラの朝
ユーラシア漂泊
逆さまの地球儀
新興国発超優良企業
黒檀
出口のない夢
チェチェンやめられない戦争
プーチニズム
ロシアン・ダイアリー
ロシア 闇の戦争
リトビネンコ暗殺
暗闘 スターリンとトルーマンと日本降伏


ああ。

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2010/11/04

11月4日、世界一周スタートから丸1年。

昨年(2009年)11月4日17:30、私は成田に到着した。
ビジネスクラスのチケットなので、ラウンジを利用できる。
それまで私はラウンジなどという快適な場所とは無縁の人生を送ってきていたから、大いなる引け目を感じながら、ラウンジの片隅でネットをやっていた。

そして20:00、私は世界一周のスタートとなるブラジルに向け飛び立った


早いもので、あれからもう一年経った。


23時間のフライトを終え、時差12時間のブラジル・サンパウロに到着したその日、ホテルにチェックインして吐いた。到着日はホテルで寝ているだけだった。それも今となっては良い思い出だ。


それにしても早いなあ。もう1年経っちゃったんだ……

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