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2013/01/18

白石隆「海の帝国―アジアをどう考えるか」感想。
東南アジアの歴史。2013年01月10日読了。

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海の帝国―アジアをどう考えるか


2012年9月から大学の週1夜間スクーリングで、「地誌学特講・東南アジア成立の歴史」というのを休講を挟み10週間学んだのだが、その副読本に指定されていたのが本書。

私はまったく知らなかったのだが、「東南アジア」という言葉は、第二次世界大戦後の1949~50年になってから生まれた言葉なのだそうだ。

戦時中までこの地域は「中国とその周辺」という呼ばれ方をしていたが、1949年に中国が独立し、1950年に朝鮮戦争が勃発したため、「その周辺」を「中国」から切り離すために生まれた概念なのだそうだ。

但しこれはあとがきに出てくる話。

本編はシンガポールの創設者ラッフルズ(ラッフルズ・ホテルで名前は有名)が、14歳でイギリス東インド会社に入社し、マレー半島に赴任しマレー語を習得し、1811年当時、人口数百人の小さな漁村だったシンガポールをいかにして建国しようとしたのか。しかし実際はラッフルズの理想通りに進んだのか否か、、、

というところから始まり、東南アジアそのものの成り立ちとして、スペインやオランダが植民地化した16~18世紀、イギリスが支配した19世紀のインドネシア(マラッカ)史、シンガポール史、フィリピン史を中心に組み立てられている。

中国史の専門家、タイ史の専門家、ジャワ島の専門家、マラッカの専門家、ボルネオ島の専門家など、地域地域の専門家はたくさんいるが、東南アジアという広い範囲を俯瞰して研究するようになったのは、「東南アジア」という言葉ができた1950年以降のことなのだそうだ。




興味を惹いたエピソードを一つだけ。
(p57)
ビルマの初代首相ウ・ヌーはその自伝において、1984年のビルマ独立に際し、かれが首相として英国から継承した国家を自動車に喩える。
「はからずもわたしが首相となり、自動車の運転席に座ることになった。しかし、わたしには自動車の運転はこれがはじめてのことで、もうそれだけでも大変なのに、この自動車のなんたる有様か、タイヤはパンクしオイルは切れラジエーターは壊れている。しかも道路はおそろしく悪い」



とても役にたつ話がいっぱい載っている。



……のだが、この本、単独ではとても難しい。

私は大学で「地誌学特講」を3ヶ月かけて学んだので、まだ何とか理解できたが、東南アジア史をまったく囓っていない人には難しいと思う。

「2の2乗は4です」という説明が多いのである。
この文章、2乗の意味を知っていれば何の問題もなく理解できるが、

「2のlogは0.301である」
となると、さっぱり意味が分からなくなる。(底が10の対数が分かっていれば問題なく理解できる)

この本、後者のような書き方が多く、東南アジア史を囓っていないと「どういう意味なんだ?さっぱりわからん」となってしまうのである。

ちなみに私は2012年11月から読み始め、結局読んだだけだと理解できない部分が多々あり、「地誌学特講」の授業が終わってから改めて読み直した。(「地誌学特講」の試験日が1月11日だったので、レポートやりながら大慌てで読んだ)

ま、学術的な新書だから、このくらい難しくて当たり前だってことで。


7点(難しかったー)/10点満点


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