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イスラム教関連新書。2013年01月21日読了。 »

2013/01/27

中村廣治郎「イスラム教入門」感想。
イスラム教入門の新書。2013年01月19日読了。

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イスラム教入門

大学のレポートを書くための参考書として古本で買いました。レポートに必要な部分しか読む気はなかったんだけど、意外と興味深いことがたくさん書かれていて、ついつい全部読んでしまいました。

The Pew Forum というワシントンに本部があるNGOの統計によると、2010年の正解のイスラム教人口は16億人いて、2030年には22億人になるだろうとのこと。

本書は、イスラム関連の書籍を読むと、必ずといっていいほど参考文献に挙げられる書籍で、イスラム教を知ろうとする人は必読すべき本です。

Ⅲ章、Ⅳ章は、コーランの内容解説やイスラム教の儀式にページが割かれていて、入門と銘打つにはちょっと深入りしすぎているような気もしましたが、まあ些細なことです。

本書を読むとこんなことが分かります。

◆分派の経緯(主3派のみ)
・610年、ムハンマドが預言を授かり、614年からメッカで布教を開始。ウマイヤ家と敵対しメディナへ移住、632年没。
・預言者はムハンマドただ一人であり、没後の後継者はカリフ(後継者の意)と呼ばれる。
・三代目カリフ・ウスマーンが「コーラン」を編纂。四代目はアリー。
・ムハンマドの慣行(スンナ)、すなわち「コーラン」が全てと主張する者がスンナ派(ウマイヤ朝)、ムハンマドの血族(四代目カリフ・アリーの子孫)を重んじる者がシーア派となり、ウマイヤ家との徹底抗戦を叫んでアリーと袂を別った者がハワーリジュ派(イバード派の源流)を興した。

◆イスラム版図の拡大
・二代目カリフ・ウマルがアラビア半島を超え布教(戦争)、ビザンツ帝国からヨルダン、シリア、パレスチナを獲得。ササン朝ペルシアからチグリス川以西を獲得。
・7-13世紀、ウマイヤ朝(スンナ派)、アッバース朝(シーア派からスンナ派に転向)が、東はインダス川、サマルカンド(ウズベキスタン)、シルクロード(ウイグル族地域)、西は北アフリカ一帯及びヨーロッパのイベリア半島まで侵攻、ビザンツ帝国や唐を破り制圧。モロッコやチュニジアを支配したムラービト朝(スンナ派)がガーナやスーダンにイスラム教が伝わる。
・10-11世紀から、中東イスラム商人がダウ(大型帆船)に乗り紅海、インド洋を渡り交易を行い、それとともにソマリア、タンザニアなどアフリカ沿岸部、ゴアなどのインド西岸、ベンガル湾、マラッカ、スマトラ島などにイスラム教が伝わる。
・13世紀、多宗教を容認していたモンゴル帝国が中国に攻め入り、征服。その際、雲南省などの地域にもイスラム教(宗派不明)が伝わった。
・15世紀、明の武将でイスラム教徒だった鄭和の大航海によりマラッカ(交易王国=ヌガラ)を中心にイスラム教が広まる。

◆聖地
・622年、メッカで迫害を受けたムハンマドがメディナに移住(ヒジュラ)し、632年に没する。没後、メディナにムハンマドの霊廟(預言者のモスク)が建てられる。
・630年、ムハンマドがメッカを征服し、360体あった聖像のうち359体を破壊し、唯一残した黒石がカアバとなる。
・680年、カルバラー(イラク)でウマイヤ朝がシーア派を殲滅。カルバラーはシーア派の聖地となる。
・688年、ウマイヤ朝(スンナ派)がエルサレムに「岩のドーム」建立。


7点/10点満点


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