« 熊谷達也「まほろばの疾風」感想。
時代小説。2013年02月07日読了。
| トップページ | アレクサンドラ・ハーニー/漆嶋稔訳「中国貧困絶望工場」感想。
ルポ。2013年02月19日読了。 »

2013/02/17

津田正夫「火の国・パタゴニア」感想。
大使の旅行記。2013年02月11日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

火の国・パタゴニア ― 南半球の地の果て


49年前、昭和39年(1964年)に出版された本である。私が生まれる前である。

著者は、明治31年(1898年)生まれ、京大卒、内務省(ジュネーブ駐在)、国際労働局、同盟通信(アルゼンチン駐在)を経て、1958年、民間人として初めてアルゼンチン駐在特命全権大使に任命された人(1963年退官)。

同盟通信の特派員だった時代(戦時中)には、アルゼンチン警察にスパイ容疑で逮捕され、ブエノスアイレス警視庁地下独房に111日間、入れられた経験を持っている。

本書は、3年4ヶ月世界一周旅行をしたSHIZAさんという方が発行しているメルマガで紹介されていて、とても読みたくなったので古本で買った。タイミングが良かったのか、600円くらい(送料込み)で手に入れることができたが、今だと2000円くらいする。

ちなみにパタゴニアとは、南米チリとアルゼンチンに跨がる南緯40度から55度の辺りで、南極に近く、夏でも寒い。北半球でいうと、ロシアのシベリア地方みたいな感じ。(緯度だけでいうとイギリス辺りに相当するけど、ヨーロッパは北大西洋暖流が流れているので、緯度のわりには暖かい)


本書は、1961年に著者が公務とプライベート旅行を兼ねて、前後3回訪れたパタゴニア地方の観光記+パタゴニア開拓史である。

私は2009年にアルゼンチンのカラファテ(ペリトモレノ氷河が見られる)と、ウシュアイア(ビーグル水道クルーズなどに乗れる)に行ったことがあるが、行くこと自体に不便は特に感じなかった。アルゼンチンのヘンテコな為替操作で物価が高いのには参ったけど。

今から50年前は、現代とは異なりパタゴニア地方は開発が進んでいなくて、先住民族テウエルチェやアウシ、ヤーガンなどの末裔が、入植してきた白人から差別的な扱いを受けていたようである。

50年前の本なので、旅行記の部分は古典に近い感覚で読んだ方がいいのかも知れない。

それよりも本書でもっとも面白いのは、パタゴニア開拓史に当たる部分である。

パタゴニアには、イギリスやポーランドなどヨーロッパの連中が羊や牛を連れて入植して、そのまま居着いて大牧場を経営している(今はどうだか知らない)。

p78
「フェノニア湖畔……この広大な1万平方キロの土地は、ブラオン・メネンデス、ベッティー両家がつくった土地会社が大半を所有している。残りはブリッジェス一家その他が持っている」

1万平方キロというのは、単純にいうと100km×100kmですな。


この広大な土地を入手する手口がすさまじい

p79
「この海岸(ブログ主注:ウシュアイアかビアモンテ辺り)にはよく鯨が漂着する。それをどうして知るのか、近くのオーナ族が部落をあげて海岸にやってきて、その鯨を毎日毎日たらふく食べる。そのため海岸には臨時のテント村ができる賑わいである。それをこの地方に住むスコットランド生まれのマッキンチという人が嗅ぎつけ、オーナたちが飲めや歌えや騒いでいるところに、やにわに銃弾をあびせてオーナたちを皆殺しにし、彼らの土地をただで入手した。マッキンチは、そんなことをくりかえして、やがて大地主になり、牧羊事業をやって、いまも老後を安楽に暮らしている」

p80
「フォークランドからやっとのことで羊を買い入れ、火の国まで運んでやれ安心と思って数日後、数えてみると羊の数が足りない。夜陰に乗じてオーナ族が忍び込んで羊を盗み出したらしい。それで、彼らを銃でひと思いに撃ち殺すかわりに一策を案出した。すなわち、小さな囲いをつくってそのなかに毒を注射した羊を入れておく。オーナ族は、まんまと盗んだ羊を部落にもち帰り、一同相集まってこれを丸焼きにして食べる。猛毒のため、もちろん全員死亡である。牧場主たちはそれを見定めて、その部落が持っていた広大な土地をまんまとせしめた」

p80-81
「ある人(彼も現存の人)は、私にこんなことをとくとくと語ってくれた。
「天然痘が流行したことがありましてね。そのとき、病床に土民の祈祷師を招いて、これに酒を与えて、泊まりがけで治療を頼むのです。つまり、そうして彼に天然痘を伝染させるわけです。こういう病気を経験したことのない土民はその祈祷師からたちまち感染してしまうんです。ところが、彼らには面白い風習があって、発熱すると病者を裸にして一人がこれを抱き、馬に乗って野を駆けるんです。冷たい風で熱い体を冷やすというわけです。部落民が次々と天然痘にかかると彼らは部隊をつくって野を走りまわります。土民のところへはこっちからはなかなか出かけることはできませんが、先方からお客さんに出てきてくれるので、私たちは大助かり、その部隊めがけてじゃんじゃん撃ちまくれば大々的に戦果があがり、彼らの支配していた土地が頂戴できたわけです」」

p116
「私たちの泊まったこの牧場は「アニタ」という名である。私は『パタゴニアの悲劇』という本を思い出した。1921年、この牧場でも幾百人かの農業労働者が殺された。退職するときに支払うといって預かっていた賃金が帳簿上だんだん増大してきたので、めんどうくさいと、この牧場でひとまとめにして銃殺してしまったと著者はいっている。それが問題になったが、土地の警察も裁判所も巨大資本家のまえにはなにも言えず、事件は闇に葬られてしまったのである」

このような行為に関し著者は、
p79
「私は、この旅行中、現存している人達の口からいくたびかその経験談、手柄話を聞かされて、怒りを覚え、とくとくと語る人びとの顔に唾を吐きかけてやりたくなったことも一再ではない」


開拓史というのは、なかなかすさまじいのだな。


8点/10点満点


|

« 熊谷達也「まほろばの疾風」感想。
時代小説。2013年02月07日読了。
| トップページ | アレクサンドラ・ハーニー/漆嶋稔訳「中国貧困絶望工場」感想。
ルポ。2013年02月19日読了。 »

◇エッセイ・紀行文」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43036/56717663

この記事へのトラックバック一覧です: 津田正夫「火の国・パタゴニア」感想。
大使の旅行記。2013年02月11日読了。
:

« 熊谷達也「まほろばの疾風」感想。
時代小説。2013年02月07日読了。
| トップページ | アレクサンドラ・ハーニー/漆嶋稔訳「中国貧困絶望工場」感想。
ルポ。2013年02月19日読了。 »