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2013/11/28

早瀬保子「アジアの人口」感想。
学術書。2011年11月21日読了。

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アジアの人口―グローバル化の波の中で

JETROの出版部門、アジア経済研究所から出ている「アジアを見る眼」シリーズ105巻。2004年に出た本。

著者は1966年(私の生年)に津田塾大学を出てアジア経済研究所に20年勤めた後、中国、イギリス、ジンバブウェなどで研究した人口学の博士(たぶん)。

タイトル通りの内容で、タイトルで感じる以上に教科書的。

人口学の初歩を学んだ大学2~3年生が、人口学の理解を深めるのに最適な内容。


つまり教科書的な内容ってこと。


6点/10点満点


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2013/11/26

竹内雅夫「スラウェシ島縦断」感想。
旅行記。2013年11月21日読了。

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インドネシア スラウェシ島縦断―ポンコツバイクで冒険旅行

スラウェシ島で検索していて引っかかった。1998年に出た本で、既に絶版の模様なので古本で買った。

松井和久「スラウェシだより」の感想にも書いたように、インドネシアのスラウェシ島は世界でいちばん形がカッコイイ島である(個人の感想です)。

本書は、インドネシア語を少々喋れる高校教師の著者が、夏休みを利用してスラウェシ島をレンタルバイクで一周する旅行記である。

なんだけど、道路と天気と宿とメシのことばかり書いているので、今ひとつ面白くない。少々古い本(15年前の本)と言うことをさっ引いても、今ひとつである。無料ブログで書かれている旅行記レベルである。

出版社が東洋出版なので、自費出版の一種なのかもしれない。

後半、地政学的にアジアのハズレにある日本(東京)は、21世紀以降の政治と経済で沈没すると予想しているが、日本はアジアというより太平洋の玄関なのですが。

まあいいや。

(と、他人を小馬鹿にしているけど、私もこのブログで阿呆なこと勉強不足なこと完治が異な事勘違いなこと適当なこといい加減なこと恥ずかしいことを山ほど書いているという他山の石)


4点/10点満点


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2013/11/24

大治朋子「アメリカ・メディア・ウォーズ」感想。
アメリカの新聞の未来。2013年11月19日読了。

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アメリカ・メディア・ウォーズ ジャーナリズムの現在地

またも新刊の感想(今年9月に出た本です)

新聞の売上減少が目立ち、新聞はもう終わり、という論調が出だしてから久しい。私が読んだだけでも、

河内孝「新聞社 破綻したビジネスモデル」2007年03月27日読了。5点
歌川令三他「サイバージャーナリズム論」2007年08月24日読了。4点
中川一徳「メディアの支配者(上)」感想。2008年04月01日読了。9点
中川一徳「メディアの支配者(下)」2008年04月07日読了。8点
佐々木俊尚「2011年 新聞・テレビ消滅」2009年09月16日読了。9点
三橋貴明「マスゴミ崩壊」2009年08月27日読了。7点
河内孝「次に来るメディアは何か」2010年1月18日読了。5点

などがある。2010年くらいでこの手の話題は飽きたので、以降はあまり読んでいない(と思う)


本書は、毎日新聞ワシントン特派員だった著者が、2009年から2011年頃にかけてアメリカの新聞社や、ニュースをネットで配信するNPO法人などを取材し、毎日新聞紙上に連載していた記事を元に、新たに新書用に書き起こしたモノ。

アメリカで新聞崩壊が本格的に叫ばれるようになったのは、2008年のリーマンショック以降で、新聞広告が激減してから。小さな新聞社が潰れたりするのは前からあったが、2009年にボストンの最大紙であるボストン・グローブ紙が、自紙の1面トップニュースで「つぶれるかもしれない」と報道したことで、新聞社の危機がこれまで以上の危機感を持って語られるようになった。

新聞というビジネスモデルは、日本もアメリカも変わらないように思えるが、アメリカの新聞社の売上は広告に大きく依存しているのに対し、日本は販売(宅配)の占める比重が大きい。

アメリカ:販売13%、広告87%
日本:販売65%、広告35% (2008年データ)

また、アメリカは国土が広く宅配システムがそれほど普及していないため、全国紙は2紙しかなく(USAトゥデイとウォールストリートジャーナル)、しかし新聞社は1431社もある。アメリカの新聞社の多くは、地域密着型のローカル紙である。

アメリカ:新聞社数1431社、総発行部数4857万部
日本:新聞社数110社、総発行部数5044万部

アメリカの潰れてしまった新聞社は、地域に於ける2番手紙、3番手紙であることが多い。

それ故、アメリカで起きていることがそのまま日本できるとは限らない。


ニューヨークタイムズなども、ニューヨークを拠点とするローカル紙(日本で例えると中日新聞や北海道新聞みたいな存在なのだろう)。但し規模が大きいのでアメリカ全土のみならず、世界各地に特派員を派遣していた。

しかし広告費の減少=売上の減少に伴い、海外支局を減らし、国内拠点も減らし、それでもコスト削減が間に合わず記者の希望退職を募るようになる。

希望退職で辞めた記者(高給取りである場合が多い)は、自分の食い扶持を稼ぐため、報道取材を行うNPO法人を立ち上げ、自分を解雇した会社に対し「記事を書くから年幾らで契約してくれ」と持ちかけたり、ネット専門のニュース配信会社を立ち上げたり、様々なことをやっている。


本書は今アメリカで起こっている新聞崩壊と、それに立ち向かう記者の取り組み方を紹介した本である。


なかなかの良書。


7点/10点満点


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2013/11/22

湯之上隆「日本型モノづくりの敗北」感想。
タイトル通りの本。2013年11月15日読了。

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日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ

久々に新刊の感想(今年10月に出た本です)。

1980年代~90年代前半に世界のトップを走っていた日本の半導体メーカーは、なぜ失速してしまったのか。

日立(及び日立からの出向でエルピーダなど)で16年間、日本の半導体製造に携わってきて、けど結局事実上希望退職で日立から去った著者(去ってから半導体産業を研究する学者になった)は、傍から見るととても分かり易く日本の半導体産業が落ち込んでしまった理由を語っている。

かつ半導体産業の内部にいると、この単純な理屈が理解できない理由も同時に説いている。

それが本書。

かなり面白かった。

が、後半、特にサムスンのグレーな話あたりから推測情報が多くなり、説得力が低くなった。


本書はNECをけっこう叩いている。私は元NECだったので、的を射ているなあ、と感心しきり。


本書の細かな内容については、今本書が手元にないので書けないです。すみません。

(本書を読み終えた直後にNEC同期入社の飲み会があり、あげてしまった)


この著者はWeb論壇のJBPressで「日本半導体・敗戦から復興へ」という連載を持っており、このWeb連載がかなり面白くて本書を買った。本書を買うか買わないか迷っている方は、買う前にWeb連載を読んでみたら、面白さの一端が分かると思う。なお、本書はWeb連載をマメに読んでいれば、買う必要がないかもしれない。Web連載をまとめただけのような印象も受ける。


7点/10点満点


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2013/11/20

松井和久「スラウェシだより」感想。
インドネシア東部政治経済解説。2013年11月12日読了。

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スラウェシだより―地方から見た激動のインドネシア

本書も、JETROの出版部門、アジア経済研究所から出ている「アジアを見る眼」シリーズ102巻。
2002年に出た本。

スラウェシとは、インドネシアにあるスラウェシ島のことで、↓である。

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スラウェシ島は世界でいちばん形がカッコイイ島(と個人的に思っていて)であり、近いうちに行こうと思っている。北部に位置するマナドという街から行ける場所に、世界でも有数の綺麗な海(ブナケン島海域)があるとの噂を聞いたので、一回行ってみたいと思っている。


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このマナドに行くには、私が知る限り現在3つのルートがあり、
(1)インドネシアの首都ジャカルタに行き、スラウェシ島最大の都市マカッサルに飛び、そこからまた飛行機でマナドへ。(もしかしたらジャカルタからマカッサル経由の直行便が出ているかも)
(2)シンガポールからマナド行きの直行便が出ている。値段が高い。
(3)フィリピンのマニラかセブに行き、フィリピンのミンダナオ島のダバオに行き、そこから国際線でマナドへ。


著者はスラウェシ島に5年、インドネシアには通算10年以上住んでいた。インドネシアの政治体制やその他もろもろについて研究している人である。

本書は、首都ジャカルタのあるスマトラ島、インドネシア最大の島で資源が豊富なスマトラ島に比べ、開発が遅れている東部インドネシアの地方政治体制、経済開発体制などについて、日本人アドバイザーとしてインドネシアの役所に出入りしながら見聞きしたこと、研究したことをまとめた本である。

東部インドネシアとは、カリマンタン島(ボルネオ島)、スラウェシ島、マルク諸島、ニューギニア島などの13州(独立前の東ティモールを含む)で、国土面積は70%を占めるが、人口は18%。

なので、内容は堅いし、ローカルな話題が多い。インドネシアの政治について書かれた本を少なくとも1冊は読んでいないと、途中で投げ出してしまうだろう。

なので、内容の細かな紹介はしません。


何年もインドネシアに暮らしている著者なので、離島も訪れている。著者曰く、タカ・ボネラテ諸島は、マナドのブナケン諸島をはるかに凌ぐ海だと言い切っている。


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但しこの地に行くには、スラウェシ島のマカッサルからバスとフェリーを乗り継いでスラヤール島の中心地ベンテンまで8時間、スラヤール島の南端まで乗り合いバスで1時間半、そこで船をチャーターして(遠浅なので満潮になるまで待って出発)タカ・ボネラテ諸島の中心地まで3時間半。


フィリピンに近いサンギヘ・タラウド諸島というのも楽園みたいな所なのだとか。

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インドネシア奥深いなあ。


7点/10点満点

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2013/11/18

高根務「ガーナ 混乱と希望の国」感想。
ガーナ紹介。11月08日読了。

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ガーナ―混乱と希望の国

前回読んだ「イエメンものづくし」は、JETRO(日本貿易振興機構)の外郭団体(?)アジア経済研究所という所から出版された本。「アジアを見る眼」シリーズ104巻。

今回読んだ「ガーナ 混乱と希望の国」も同じ出版社の本。2003年に出た本です。

まずガーナとはどこか。ここ↓である。


大きな地図で見る

本書は、歴史的経緯と、現代ガーナの文化風習の大きく分けて2部構成になっている。

歴史編では、ガーナ地方の紀元前の歴史(遺跡から推測)、11~16世紀頃の歴史、ヨーロッパが入り込んできた16世紀以降の歴史、イギリスやオランダと渡り合っていた歴史、第一次世界大戦以降、欧米に振り回される近代史、そして独立後の現代史などについて解説している。

文化風習編では、名前や人名の由来、現代の政治体制から、食べ物、酒、葬式など、様々なことを取り上げている。

著者はガーナに1986年に海外青年協力隊員として約2年ガーナに赴任した後、95~97年にはガーナ大学客員研究員として再びガーナで暮らすなど、ガーナに魅せられた人。


歴史編では、ガーナ一帯の海岸を示す黄金海岸が、金などの鉱物のみならず、黒人奴隷の貿易拠点にもなっていて、最初にやってきたポルトガルを筆頭に、各国と奴隷取引をしていたが、奴隷を調達するのは現地ガーナの部族に任せていた。

この黄金海岸から輸出された奴隷は、18世紀の100年間だけで、68万人に及ぶ。

現在の国境になる前は、ガーナの各地に様々な部族が住んでいて、群雄割拠の状況だった。イギリスと手を組む連中もいれば、違う国と手を組むのもいた。そのうちアサンテ王国というのが、この一帯を制圧した。

アサンテ王国はカカオの生産が軌道に乗り、イギリスの植民地だった時代には、カカオの輸送を目的とした鉄道を敷設した。

ガーナは母系社会であり、母親を中心に家族が構成される。

ガーナ独立の父と言われる政治家ンクルマは、首都アクラで高等教育を受けた後、アメリカのリンカーン大学から入学を許可され、ナイジェリア経由で密航して渡米し、アメリカで10年過ごし、リンカーン大学で教鞭を執りながらペンシルバニア大学大学院を卒業、教育学と哲学の修士号を取っている。苦学生のインテリだったんですね。

(※アフリカ諸国の独立に関わった人たちは、その国を代表するような学歴を持っていることが少なくない)

ガーナでは、名前は生まれたときの曜日で決まる。月曜生まれなら月男もしくは月子みたいな感じ。南部ガーナでは、双子には必ず「アタ」または「アター」と名付ける。


ガーナに興味がある人なら、読んで損のない本。


7点/10点満点

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2013/11/16

佐藤寛「イエモンものづくし」感想。
イエメン文化紹介。2013年11月07日読了。

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イエメンものづくし―モノを通してみる文化と社会

2001年に出た本。「アジアを見る眼」シリーズ100巻。

イエメンに5年暮らした著者が、イエメンにあるモノを通して、イエメンの文化や風習などを紹介しましょう、というコンセプトの本。

全体的には、紹介したモノに関して、現地で何と呼ばれているか必ず併記しているのだが、数多く出てくるわりに、あまり効果的でない感じがした。

それはそれとして。
・イエメンは徴兵制である(少なくとも本書が出た2001年頃までは)

・市場で女性がモノを売ること=商売をすることは、「夫が甲斐性無し」という文化であった。また、イスラムの教え=女性は男性の前で肌を出さない、等々を守っているため、買い物も夫もしくは男児の仕事であった。

・イエメン男性はジャンビーヤという三日月状の短剣を帯剣しているが、これに使っている銀細工はユダヤ教徒が作っている。つまりイエメンにもユダヤ教徒がいる。

・イエメン料理にはハラージーと呼ばれる一枚の石をくりぬいて作った食器があり、これは保温性に優れている。

・イエメンにカート(噛みタバコみたいなモノ)が普及したのは、1970年以降。(1962年に革命があり、その後9年にわたった内戦終結後)

・イエメンはコーヒーの産地だが、1600年頃のアラブ商人は、コーヒーの生産を独占するため、豆はすべて煎ってから輸出していた。しかしインド人巡礼者が生豆の持ち出しに成功し、その後ヨーロッパを経由して世界中でコーヒープランテーションが出来てしまった

・1970年代から80年代は、イエメンの男性はサウジアラビアに出稼ぎに出ていた。北イエメンでは、成人男子の半分が出稼ぎに出ていた。


等々、興味深い内容もたくさんあった。


6点/10点満点

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2013/11/14

ワリス・ディリー/武者圭子訳「砂漠の女ディリー」感想。
スーパーモデルの自伝。2013年11月05日読了。

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砂漠の女ディリー

ワリス・ディリーというアメリカで活躍するスーパーモデルがいる。たぶん1965年生まれ。

写真はこちら

ソマリアの遊牧民の夫婦の元に生まれた彼女は、父親に命じられ、家畜に水をやるため砂漠中を歩き回り水場を探素毎日だった。砂漠で暮らしているため、食事にありつけないこともしばしばある。

学校などにはもちろん行っていない。

13歳の時、60歳くらいの老人と結婚させられそうになったため、首都モガディシュに向かって家出する。ソマリアの小さな田舎町を裸足で歩いていたら田舎者とバカにされ、ヒッチハイクで止まってくれたトラックに同乗したら、ドライバーに強姦されそうになり、それでもどうにか首都モガディシュに着き、同じく家出していた姉や、ソマリアでは裕福だった母親の親族を頼った。

母親の姉妹が在イギリスのソマリア大使の妻だった。その伯母夫婦が一時帰国し、ソマリア人の家政婦を捜していた。別の親族の所に身を寄せていたワリスは、イギリスに行くため家政婦になりたいと伯母に頼み込み、イギリスに渡った。(たぶん14歳の時)

イギリスでは、一日も休み無く家政婦として働かされた。学校にも通わせてもらえなかった。家政婦なので大使公邸から外に出る機会が無く、英語は喋れない。年の近い従姉妹とは親しくなった。

お使いで外に出た帰り、白人の男に言い寄られた。男は何度も大使公邸にやってきた。言葉が分からないから、ずっと無視していた。従姉妹経由で男の名刺をもらった。

4年経ち、伯母夫婦がソマリアに戻ることになった。ワリスは帰国を拒否して、そのままイギリスに残った。不法滞在である。

マクドナルドの裏方としてアルバイトをしつつ、シェアメイトを見つけてYMCAに住んだ。

白人の男に連絡を取ってみたら、有名なカメラマンだった。まだ英語が良く喋れないのに、そしてワリスはイスラム教なのに、裸になって写真を撮るように要求され、恥ずかしくて無断で帰ってしまったこともあった。

ワリスにはエージェントがつき、モデルのオーディションを受けるようになり、007の映画の仕事をもらった。モロッコでロケがあったが、不法滞在(注:パスポートはあるが帰国命令を無視したので滞在ビザがない)なので、弁護士に相談した。そうすると、酔っ払いの爺さんと結婚しろ、そうすればパスポートが手に入る、と言うアドバイスをもらい、大金を払った。しかしばれた。

その後、この名義上の夫はアル中で死んで発見され、ワリスは一人になったが、パスポートの問題は残っていた。友人の兄とまたも名義上の結婚をすることになったが、この兄は半分気が狂っていた。

しかしパスポートを手に入れたので、ワリスはアメリカに渡った。アメリカでは黒人であることがマイナスにならない。

ワリスはいつしかスーパーモデルと呼ばれる存在になっていた。


ワリスは5歳(8歳だったかも)のとき、アフリカで根強く残る女性器切除を受けていた。ソマリアの女性器切除はかなり苛酷で、クリトリスだけではなく、小陰唇、大陰唇も全部切り取られ、小便と生理用の小さな穴を残して縫い合わせられていた。縫い合わせた後の穴が小さく、小便に10分かかり、生理の時は10日間苦痛が続く。

ワリスは、女性器切除の根絶を目指す国連大使に任命された。


という感じの自伝。
最初の1/4は遊牧民としての暮らし
次の1/4は家出した後のモガディシュでの暮らし&イギリスで家政婦をしているときの話
次の1/4はモデルになるまでの話と女性器切除でずっと苦しんでいたけど誰にも話せなかったという話
最後の1/4はモデルになった後の話

全世界でベストセラーになった本書は、日本では1999年に出版され、私は2000年後半に買った。買ってから13年経ってようやく読んだ。

私の好みで言うと、ソマリアの遊牧民として暮らしてた13歳までの話がたいへん面白かった。

・砂漠の夜は真っ暗でなにも見えないと思われるかもしれないが、家畜の鳴き声や家族の会話が遠くまで聞こえるので、その音を頼りに自宅(といってもテント)に辿り着くことが出来る。

8点/10点満点

↓文庫版

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2013/11/13

相撲をセリーグに喩えてみる

白鵬=ジャイアンツ(常に優勝争い&実際優勝)
日馬富士=ドラゴンズ(優勝争いするときは強い)
稀勢の里=タイガース(優勝争いするけど後半脱落)
把瑠都(過去形)=スワローズ(勢いに乗ったら恐い)
琴欧洲&鶴竜&豪栄道=カープ(もしかしたら!という期待は抱かせる)
琴奨菊=ベイスターズ(常に優勝争いに絡まない)

ちなみに私は7歳のときから40年間、ずっとベイスターズファンです。
40年応援してきて1回しか優勝してねえよ。
(今年は神宮に2回見に行きました→1勝1敗)

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2013/11/12

伊藤絢子「住んでみた「日の当たる島」」感想。
ジャマイカ生活記。2013年10月31日読了。

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住んでみた「日の当たる島」―レゲエとブルーマウンテンコーヒーの国の実相

外交官で、1993年から5年間、在ジャマイカ日本大使館に勤めた(暮らした)著者が、ジャマイカについて書いた本。著者は1965年に外務省に入省したと経歴が書かれているので、1943年くらいに生まれ、現在70歳くらいの人。

で、2004年に出版された本。

で、内容がかなり薄っぺらい本。

文法的に言うと、接続副詞の「ところで」をやたらと多用し、「ところで」と使う必要のないところで「ところで」を使っているから、酷い場合は1ページに2回も「ところで」を使っているくらいで、もういいかげんにしろよと思ってしまうほど、文章が変。

文章そのものは上手い方だと思うんですけどね、官僚な方なので官僚チックな文章になれてしまっているのか、やっぱり文章が変。

最初の章はジャマイカの案内を文章で書いているけど、どこそこの道を南に行くとブルーマウンテン山脈を越えるため景色がドラマチックに変化し、その道を真っ直ぐ行くとカリブ海に出る

的な解説でジャマイカ案内をするんだけど、写真一枚ある分けじゃなく、ただひたすら文章で道案内している。


これを日本に当てはめてみると、国道6号は東京都から宮城県まで東日本を縦断する日本の大動脈のひとつで、起点の東京都中央区から荒川、綾瀬川・三郷、松戸、柏を抜け、取手を越えると、周囲にはだんだんと畑が広がっていき、東京からわずか1時間でこのような田園風景が見られるとは感激である。そこから1時間も走らせると、霞ヶ浦に近づき、田園風景一辺倒だった場所に土産物屋が多く現れる。さらに小一時間ほど走ると、水戸に到着し、意外なほど高層ビルが林立する姿に、少々戸惑いを隠せない。


的な文章が延々と100ページくらい続く。


飽きる。


ついでに言うと、ジャマイカとレゲエの関係についても、レゲエの知識が少なすぎて、残念な文章となっている。外交官特権で、レゲエのスーパースターのライブを見に行ったりしているのに、何の感動も伝わってこない。(著者はレゲエに興味がないと書いている)


甚だ残念な本である。


4点/10点満点


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2013/11/10

松田素二「呪医の末裔」感想。
ケニアの一家族の歴史。2013年10月29日読了。

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呪医の末裔―東アフリカ・オデニョ一族の二十世紀

本書は2003年に出版された本。1955年生まれの著者は、ナイロビ大学大学院を出て、京大博士課程に進み(中退したらしい)、執筆時は京大の教授。まだ全部読み終わっていないけど、アフリカ関連の画期的名著「新書アフリカ史」の著者の一人。

ケニアで呪医で成功していたオデニョ(男)は、4人の妻を娶り、8人の子がいて(生きている子)、十数人の孫がいて、十数人のひ孫がいる。

著者はケニアを研究している学者で、研究している最中にオデニョ一族と知り合った。オデニョの子供、孫、ひ孫など、一族の多くの人と知り合い、一族の歴史を教えてもらうことが出来た。

オデニョは呪医として成功し、キリスト教に深く傾倒した。オデニョの子供のうち、早く生まれた子供は、オデニョから学費を出してもらい高学歴の道を歩んだ。

しかし、オデニョはある日突然、呪医としてのキャリアを捨て、敬虔なキリスト教徒として生きることを決め、呪医の仕事をしなくなった。そのため無収入になった。後から生まれてきた子供達は、金がないので学校に行けなくなった。

成功した者もいれば、学歴が無くて苦労した者もいる。

本書は、学歴も職歴も様々なオデニョ一族の生き方を通し、ケニアという国の民族的歴史、部族の概略、風習、その他もろもろを伝える構成になっている。

ただちょっと残念なのは、一族の話を語っている最中に、すぐに脇道(ケニアの歴史や風習の紹介)に入ってしまうため、オデニョ一族の話がなかなか頭に入ってこないことである。構成にちょっとだけ難あり、といったところ。

ケニアの人びとは清廉潔白を身上とし、他人の者を盗まないなど当たり前の倫理観を持っていたが、イギリスに支配され、奴隷のように強制労働を課せられるようになると、「イギリス人からものを盗んでも、悪くない」と思うようになり、また、媚びへつらうようなみじめな行為はしなかったが、拳銃で脅しながら奴隷労働を強要するイギリス人の前では媚びへつらっても仕方がない、というよううなダブルスタンダードな考え方を持つようになった。


世界史を学べば学ぶほど、イギリス人とオランダ人はクソったれ、フランス人とスペイン人もクソ、と言うことがよく分かります。


7点/10点満点


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2013/11/09

ヴィクトリアフォールズ(ビクトリアの滝)は圧倒的にザンビア側が良い。

自分で撮った動画を見直してまして、
こいつは2010年2月に撮ったものでございます。

アフリカのジンバブエとザンビアの間にあるヴィクトリアフォールズ(ビクトリアの滝)です。

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2013/11/08

小牧利寿「ゴム時間共和国インドネシア」感想。
インドネシア特派員のエッセイ。2013年10月24日読了。

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ゴム時間共和国インドネシア

2004年に出版された本。2005年頃に買った。

この頃、私は無趣味で、株に投資することとスターウォーズのフィギュアを集めるくらいしか金を使わず、また将来の展望も持っていなかったので、年間50万円くらい本を買っていた。結果的に読もうが読むまいが、「これ読んでみたい」と思った本は何でも買っていた。本書も、何かの書評で見て面白そうだと思って買った本。

いま私は貧困層の仲間入りをし、本を買う金を捻出するのも一苦労。なので、10年近く前に買ってほったらかしだった本を次から次へと読んでいる。まあいいや。


本書は、日本経済新聞社の記者で、1987年から93年まで6年間でジャカルタ支局長を務め、以降も毎年数回インドネシアを訪れている著者が書いた、素のインドネシアである。

新聞記者の書く本は、それまでの取材経験を元に書いているため、過去の取材経験が残念な人は、残念なバイアスがかかった本を書いてしまうことが間々ある。

本書はどんなもんだろか?とちょっとだけ懐疑的な視点で読んだけど、予想を大幅に良い方向で上回る、良書だった。


2004年までのインドネシアなので、2013年、経済発展著しいと言われているインドネシア情勢とはちょっと違うだろう。(私は30カ国に行ったことがあるけど、インドネシアはまだ行っていない)

けど、2004年までのインドネシアが、実にいきいきと描かれている。

新聞記者という立場で、高い所からのぞき見るインドネシアではなく、地に足をつけて、地道に取材し、現地スタッフと仲よくなり、生の、素のインドネシアを体験した人だから書けるような内容になっている。

文章も軽快で、読みやすく、かといって軽くもなく、実に良い。amazonレビューは2件だけだけど、2件とも満点である。その評価も頷ける。

以下、興味深かったこと抜粋。
・インドネシア人はイスラム教徒だけど、闘鶏などの賭け事が大好きだ。(イスラム教は賭博禁止)

・初代のスカルノ大統領、2代目スハルト大統領、その次の3代目ハビビ大統領。ハビビ大統領は、ドイツの名門航空機会社めっさーシュミット社の副社長を務めた先端的な技術者である

インドネシアの上級官僚って、ホントにすごい経歴の持ち主が多いんだよなあ。サウジの官僚もすごいけど。

・1975年、ポルトガル領の東ティモールをインドネシアが強制的に武力併合した。これは東ティモールの共産化を恐れたアメリカの後押しがあったから。東西冷戦終結後の1990年代になると、アメリカは態度を一変させた。

・死者を祀る49日の法要。これは、仏教だけのしきたりではなく、イスラム教徒も同じである。(イスラム教全体が49日を祀るのか、仏教の影響が色濃く残るインドネシアのイスラム教徒に限った話なのか、ちょっと分からない)

・インドネシアのイスラム教団体は、テロ行動を行うイスラム過激派について、「イスラムの教義に反する」と明確なメッセージを出している。そりゃそうだ、普通のイスラム教徒は平和を望んでいる。

・インドネシアは18,000以上の島々で構成されている国である。18,000のすごさというのは、毎日1個の島に行ったとして、すべての島を回りきりのに約50年かかるということである。

この島々の隅々にまで政府の通達を届けようとすると、(インターネットが普及する前の2004年当時は)ファックスや電話など様々な手段を講じて、3ヶ月要するのが普通。これを後進国と言ってはいかん。18,000と言うのは膨大なのである。

・インドネシアはたびたび洪水等の災害に見舞われる。その度、コメが全滅など、農家の被害は甚大になる。しかし日本と違って、インドネシアは冬がないので、二毛作、三毛作が当たり前であり、コメが全滅しても、4ヶ月後には違う作物が取れるのである。(もちろん4ヶ月分のコメ収入がなくなるので、次に育てる作物の種の代金など問題はいろいろあるが)


などなど、面白かった。


8点/10点満点


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2013/11/06

Excelで経過日数を計算する方法

ブログを始めてから何日経ったのか、Excelで日付を計算したい。

どの関数を使ってやるんだっけ?

と一時期悩んでいましたが、簡単でした。

セルA1に =date(2005,12,25)
セルA2に =date(2013,11,7)

と入れて、A2-A1を計算すれば良いだけです。

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アクセスカウンター28万突破に感謝。

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トップに設置している忍者Toolsアクセスカウンターが28万を突破しました。
お読み下さっている皆様に感謝です。

2005年12月15日 ブログ始める
2006年11月23日 アクセス01万突破 (344日) 一日平均 29
2007年10月09日 アクセス02万突破 (321日) 一日平均 31
2008年06月21日 アクセス03万突破 (255日) 一日平均 39
2009年01月19日 アクセス04万突破 (212日) 一日平均 47
2009年05月28日 アクセス05万突破 (129日) 一日平均 77
2009年09月06日 アクセス06万突破 (101日) 一日平均 99→11月に世界一周開始
2010年01月06日 アクセス07万突破 (122日) 一日平均 82
2010年02月22日 アクセス08万突破 ( 47日) 一日平均212
2010年04月27日 アクセス09万突破 ( 65日) 一日平均154→5月末に世界一周終了
2010年07月01日 アクセス10万突破 ( 65日) 一日平均154
2010年09月02日 アクセス11万突破 ( 62日) 一日平均161
2010年11月21日 アクセス12万突破 ( 80日) 一日平均125
2011年02月01日 アクセス13万突破 ( 72日) 一日平均139
2011年04月26日 アクセス14万突破 ( 86日) 一日平均116
2011年07月08日 アクセス15万突破 ( 73日) 一日平均137
2011年09月07日 アクセス16万突破 ( 60日) 一日平均167→フィリピン留学記
2011年11月25日 アクセス17万突破 ( 80日) 一日平均125
2012年01月30日 アクセス18万突破 ( 66日) 一日平均152
2012年04月23日 アクセス19万突破 ( 83日) 一日平均120
2012年06月24日 アクセス20万突破 ( 62日) 一日平均161
2012年08月28日 アクセス21万突破 ( 65日) 一日平均154
2012年11月01日 アクセス22万突破 ( 65日) 一日平均154
2013年01月20日 アクセス23万突破 ( 81日) 一日平均123
2013年03月22日 アクセス24万突破 ( 60日) 一日平均167
2013年05月27日 アクセス25万突破 ( 66日) 一日平均152
2013年07月18日 アクセス26万突破 ( 52日) 一日平均192
2013年09月07日 アクセス27万突破 ( 51日) 一日平均196
2013年11月06日 アクセス28万突破 ( 60日) 一日平均167


※合計2883日で28万アクセス突破です。通算平均で一日97.1アクセスです。

※最近、新刊を買う金に事欠いてきているため、12~7年前に買ったまま積ん読していた本の消化に取りかかっております。それゆえ、比較的古い本の感想が多くなっております。

10年前に買った新刊の小説は、「今さら読んでもなあ」という気分なのですが、地理学系の本は多少古くても気にならない。10年前の私には、10年後金に事欠いて読みたい本が読めなくなるから、金があるウチに買っておこうという予知能力があったのではなかろうか。というくらい、いまの読書傾向にぴったりの積ん読本の山です。

何を言っているんだか。

※最近、句読点の「読点」の使い方がますます下手くそのなってきていますが、コンゴともご贔屓にどうぞ。

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佐藤良彦「ようこそタンザニア」感想。
駄本。2013年10月21日読了。

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ようこそタンザニア―NGOのアフリカ・ワークキャンプ奮闘記

著者は本書を出版する20年くらい前に、3年間JICAのボランティアでタンザニアに住んでいました。という紹介があったので、本書を買った。

しかし本書の内容は、NGO(ワールドビジョン)が主催する16日間のタンザニア・ワーキングキャンプの体験記だった。

単なるツアー旅行の感想文。

今なら、同様のツアーを主催しているNGOのWebサイトに行けば無料で載っているようなレベルの内容。

こんな本を売るなよ。

買う前(2005年頃に買った)は知らなかったが、本書を出した新風社ってのは、自費出版を流通に乗せて著者から暴利をむさぼっていた自費出版商法の出版社。ちなみに既に倒産した。

本書は「第19回新風社出版賞 ノンフィクション部門奨励賞」受賞作だって。

自費出版の本しか出していない出版社のお手盛り手前味噌文学賞で、奨励賞しか取れないってことは、新風社にも一抹の良心があったんだな。

まあ、糞糞本だよ。


1点/10点満点

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2013/11/04

中村覚(編)「エリアスタディーズ サウジアラビアを知るための65章」感想。
サウジ解説。2013年10月21日読了。

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サウジアラビアを知るための65章 エリア・スタディーズ

またサウジアラビアの本を読んだわけです。

岡倉徹志「サウジアラビア現代史」2013年07月30日読了。8点
保坂修司「サウジアラビア 変わりゆく石油王国」2013年10月01日読了。8点

2010年頃からイスラムについて興味が出てきて、いろいろとイスラム関連の本を読んできたが、結局のところ、イスラムを知るにはサウジアラビアを知らねばならないのだ。

で、本書は「エリア・スタディーズ」シリーズという有名な本で、世界のマイナーな国々の実情をを知っているその道のエキスパート(研究者に限らず、ボランティアや駐在員を含む在住者なども執筆している)が、その国の文化風習歴史などについて様々な角度から書いている。

地理学を学ぶものや、僻地旅行好きにはたまらないシリーズなのである。

本書はサウジアラビアの
・政治史
・社会(サウジアラビアは農業大国等々)
・素顔(文化風習)
・アラビア半島の地質的な話
・現在の政治
・経済
・外交

について書かれている。

執筆者が何人もいるため、同じ話が繰り返される、各エピソードの難易度が統一されていないなど、イラッとすることも多々あり。

それでもためになる話が多かったのは間違いない。

・1915年、サウジアラビアの初代国王アブドゥルアジーズは英国との条約締結に踏み切った。これはキリスト教徒との同盟である。

・1950年代初頭、サウジアラビアのすべての学校の学生総数はわずか3万人に過ぎなかった。

・ハサというオアシスがあり、そこの水は温かく、常に36度ある。

・養蜂業が行われている。販売目的でなく、自家消費の養蜂家も多い。その蜂蜜は美味いらしい。(つまり蜂が蜜を集められるくらい花が咲くってこと)

・サウジアラビアの都会は、あまり雨が降らないため、道路に排水溝も下水もない。そのため、たまに大雨が降ると、道路は洪水になる。

・サウジアラビアは学歴の高低がすさまじく、裕福な家庭の子息はみな欧米に留学する。そのため、サウジアラビアの博士課程学位取得者は、人口比で世界一らしい。

・サウジアラビアは国が裕福なので、税金無し、電気ガス水道、さらには食料も安く利用でき、医療も無料である。但し、医療水準は劣悪である。

・サウジアラビア人は、砂漠の緑化に関して、「何もしなくても雨が降れば緑になる。雨も降らないのに緑を求めるのは水の無駄遣いではないか」という考えが一般的である。

・サウジアラビアはサウード家の国であるが、民主化要請に応えるため、諮問評議会というのが設置されている。定数は150人だが、2/3以上は博士号を持っている。学歴社会だなあ。

・サウジアラビアは裕福なイメージがあるが、実は1983年から2002年までずっと財政赤字だった(2000年だけは黒字だった)

・ペルシア湾の最深部は170m。逆側の紅海は最深部2300m。ちなみに、紅海に面したアフリカの国々は、ダイビングスポットが多数ある。エジプトのダハブが有名。

・昭和シェル石油の第2位株主は、サウジアラビアの政府系会社。


興味深い内容は多々ありましたけど、執筆者によるバラバラ感が大きかったので、1冊の本としてはマイナス目の評価をつけるのです。


5点/10点満点


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2013/11/02

久松達央「キレイゴトぬきの農業論」感想。
エッセイ。2013年10月16日読了。

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キレイゴトぬきの農業論

「農業論」を期待して買ったら、単なるエッセイだった。

がっかり。

まあそれでも、有機農法で野菜を作っている法人農家が、
農薬は正しく使っていれば危険ではない、
有機野菜が美味しいとは限らない、
有機農法だからと入って環境に優しいとは限らない、

という事実を書いて出版したのは大きいなあ。

ちなみに著者によると、有機栽培された野菜が美味しいのではなく、野菜の栽培には旬があるので、旬を外さないで栽培すれば、概ね美味しい野菜が出来る。らしい。


4点/10点満点


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