内藤正典編・中田考他著「イスラーム世界の挫折と再生 「アラブの春」後を読み解く」感想。
イスラム研究書。2014年07月02日読了。
◆内容(amazonより引用)
「アラブの春」はなぜ失敗したのか。イスラーム世界の病理とは何か。イスラーム世界はどうすれば再生への道を歩むことができるのか。イスラーム・フォビアが浸透しイスラーム主義への理解を歪めている欧米諸国も視野に、世界各地のイスラームの今を俯瞰する。
◆内容紹介おわり
「アラブの春」後を読み解く。という副題である。
本書の構成は
第1章 「アラブの春」の背景とムスリム世界の今後の展望
中田考(元同志社大学教授・哲学)
第2章 イスラーム社会における民主化の希望と失望 -トルコはなぜ孤立したのか
内藤正典(同志社大学教授)
第3章 新中間層のイスラーム志向 -成長するトルコ経済を支える敬虔なムスリム
森山拓也(同志社の博士課程後期生)
第4章 ムスリム社会における信教の自由 -トルコ共和国・公正発展等政権下のアレヴィ問題を事例に
井口有奈(同志社の博士課程後期生)
第5章 マイノリティとしてのイスラーム -タイにおける宗教、民族と政治
西直美(同志社の博士課程後期生)
第6章 ムスリムタウンを歩く -9.11とボストンテロを経験したアメリカ東海岸の日常
志賀恭子(同志社の博士課程後期生)
第7章 排除と包摂のムスリム社会 -イギリス社会はイスラームとどう向き合うのか
米川尚樹(同志社の博士課程後期生)
第8章 イスラーム武装勢力と西アフリカ -マリ紛争とフランス介入
竹谷まりえ(同志社の博士課程後期生)
第9章 「タリバン」の政治思想と組織 -「アフガニスタン・イスラーム首長国と園成功を収めた行政」「タリバンの思想の基礎」翻訳・解説
中田考(前出)
ということで、第1章、第2章、第9章以外は、同志社大学博士課程後期生による論文である。
最初、このことに気付かずに読んでいた。第1章、第2章に比べると、第3章以降が急激にレベルの低い話になってしまい、さらに 「アラブの春」後を読み解く という副題なのに、タイやアメリカやイギリスが出てくるので、どういう意図で編集しているんだろう? と首をひねってしまった。
第4章を読み終えた頃、奥付で執筆者プロフィールを見たら、大学院生の論文ということが分かった。
編者内藤正典氏によるあとがきにも、「本書には、同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科に在籍する大学院生による論考を収録した。論考としての粗密の差はあるし、スタイルも共通ではない。」
何でこんな中途半端な本を作ったのだろう?
それはさておき、本書の第1章と第9章(どちらも中田考氏が執筆)は、現代イスラームを知る上でとても参考になる。
第1章は60頁程度なのだが、読むのに4日くらいかかった。内容が濃く、一行一行理解しながら前に進まないと読めないのだ。こんなに歯ごたえのある文章を読んだのは久しぶりだ。
内容が濃すぎて、かつ専門性が高すぎるので、迂闊な要約は書けないのだが、以下のようなことが(も)書かれている。
イスラーム原理主義者と一括りに言われているが、イスラーム原理主義者というのは、創造主アッラーの言葉が書かれているクルアーン(コーラン)を忠実に守ることに重きを置いている集団のことで、
人びとの行動に縛りを与えたり、罪人を裁いたりする「法(法律)」というものは、創造主であるアッラーのみが作れるものであり、
創造主アッラー以外の普通の人間が法を作ることは、それが既に創造主アッラーの領域を侵していることになる。
つまり、法治国家というものは、その概念そのものが既に創造主アッラーの教えに背いている。
中東アラブ諸国を筆頭に、法治国家として独立している国家の為政者は、為政者であることが既に創造主アッラーの教えに背いている。
現代の法治国家(領域国民国家)というものは、キリスト教徒が主体のヨーロッパで作られた概念であり、イスラム教徒が法治国家=つまり為政者が法律を作ること=を運営していくのは、そのこと自体が既に創造主アッラーの教えに背いているのである。
非イスラム教の人びとがイスラム教を外から見るとき、スンナ派とかシーア派とかに注目しがちで、例えばサウジアラビアはスンナ派の原理主義ワッハーブ派などと喧伝され、現在イラク(とシリア)で暴れているISIS(イラクとシャームのイスラム国)はスンナ派原理主義過激派であると報道され、故にISISに資金を提供しているのはサウジアラビアである、というような報道もある。
しかし、サウジアラビアの為政者であるサウド家は、サウジアラビアの国土から出る石油の富を一族で独占し(イスラムの教えでは、イスラム共同体(ウンマ)で富める者は貧しい者を助けなければならない)、西洋の法治国家という概念を利用して「国」というものを運営している。つまりサウド家はアッラーの教えに背いている。
対してISISなどのイスラム原理主義(と呼ばれる人びと)が掲げているのは、イスラム共同体を復活させ、カリフ(と呼ばれるイスラム共同体の最高指導者)制度の再興を図っている。
イスラム共同体とカリフ制が再興されると、サウド家はサウジアラビア(というキリスト教西洋文化の概念から発生した領域国民国家)の為政者かつ石油利権の独占者という立場から引きずり下ろされる。
なので、サウジアラビア=サウド家がISISのような組織を支援することはあり得ない。
というようなことが書かれている。(なお、エジプトで失権したムスリム同胞団のこと(など)についても書かれている)
第9章は、アフガニスタンを事実上統治しているタリバンが、タリバンの公式Webサイトに掲載した「タリバンの思想の基礎」と「アフガニスタン・イスラーム首長国(タリバンのこと)とその成功を収めた行政」という二つの論文の解説と翻訳である。
タリバンのWebサイトは現在閉鎖されて、この論文は読むことができないそうである。(といっても原文はペルシャ語?なので、まったく読めない)
タリバンは暴力的で、西洋文化を全く認めなくて、バーミヤンの遺跡を破壊し(モフセン・マフマルバフ「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」など参照)、女性には教育は不要と断じ女性を家に閉じ込めた。という印象があるが、それに対する反論(というか彼らの主張)も載っている。
タリバンが統治する前のアフガニスタンでは、イスラームの価値観に照らすと最低な西洋的な女子教育が蔓延っていたため、一時的に女子教育を全面的に閉鎖せざるを得なかった。イスラームの教えに基づく女子教育を再開したかったが、財政難で後回しになったのを、西洋は「タリバンが女子教育を禁じている」と恣意的に報道した。
ということらしい。
この第9章も、読むのに4日くらいかかった。とても密度が濃い。
個人的には、中田考氏の論文のほかに、第8章の西アフリカ、マリの紛争に関しての論文が面白かった。
西アフリカのマリ一帯に住んでいるベルベル人系のトゥアレグ社会では、肌の黒さは奴隷を意味する階級社会であったとのこと。
また、これらの地域で使われる言葉は文字が無く、歴史は口頭伝承が多かった。口頭伝承は、歌と踊りを伴っていた。こういう地域のイスラム教は、アラブのイスラム教とは少し異なり、土着の精霊信仰(アミニズム)とくっついていることも多い。
この地域にイスラム原理主義者がやってきて、音楽を禁止した。(飲酒やタバコや婚前交渉なども厳格にも禁止した)
そしてマリのトンブクトゥやガオなどから、現地住民が大量に逃げ出した。
というようなことが書かれている。
個人的には大満足の一冊であった。
9点(中田考先生の部分のみ評価)/10点満点
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