中田考「私はなぜイスラーム教徒になったのか」感想。
自伝?2015年06月15日読了。
本書の著者、中田考氏は、
1960年生まれ、灘高卒、東大に落ちて早稲田に仮面入学、そして早稲田中退、
東大に入り直して、東大のイスラム学科で学ぶ
3年生の時にイスラム教に入信
1984年東京大学文学部(文Ⅲ)イスラーム学科卒、
1986年東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学修士課程修了。イスラーム学修士号取得
イスラームを極めるためエジプトのカイロに留学するも、書類のたらい回しで2年間流浪の後、
1988年カイロ大学大学院入学、
1992年カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了。Ph.D.(博士号)取得
在サウジアラビア日本大使館の調査員などを経て、
2003年、同志社大学神学部神学研究科教授に就任、
2013年頃(なのかな?)同志社大の教授を辞め、野良博士となり、現在に至る。
イスラム教において、アラビア語は重要である。コーラン(現在では「クルアーン」と呼ばれている)はアラビア語で書かれており、他言語に翻訳した物は「クルアーン」ではない、とイスラム法学者は言っている。
アラビア語には幾つもの方言があるが、エジプトのアラビア語が「正しい」」アラビア語と言われている。
したがって、エジプトで、エジプトの正統アラビア語を学び、その上でアラビア語の古文で書かれた「クルアーン」の原典を読むのが、イスラム法学者としての正しい道のりになる。
著者はそういう正しい道のりを経て、イスラム法学者として博士号を得るに至った。
私はここ数年、イスラム教に関する本を多数読んでいる。イスラム教の歴史が面白いから読んでいるのであって、私自身がイスラム教徒になろうという気はまったく無い。
日本に於ける「自称」イスラム教専門家は、自身がイスラム教徒ではない。
日本で唯一(といっていいと思う)、自身がイスラム教徒であり数々の著作を著していて、イスラム法学の博士号を持つ本当の専門家が、本書の著者中田考氏である。
イスラム教の歴史や、第一次世界大戦前後に翻弄された中東の歴史、現在の宗派間争い(スンナ派とシーア派等)、などは外野の観察でもじゅうぶん分かるが、イスラム教徒が何を考えているのか、に関しては、イスラム教徒である著者の本が最も分かりやすいと思う。
7点/10点満点
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