« アクセスカウンター36万突破に感謝。 | トップページ | 片山正人「現代アフリカ・クーデター全史」感想。
アフリカ史。2015年08月31日読了。 »

2015/09/29

ウィリアム・R・クラーク/高澤洋志訳「ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来」感想。
米国政治分析。2015年08月19日読了。


原著の出版年度が2005年、邦訳が2013年の本。原著が10年前なので、内容が少し古い。それと翻訳がちょっと悪い(堅い・回りくどい)。

本書の内容を端的に言うと、「アメリカ軍は、石油の確保を第一目的として世界中で活動している」ことを丹念に調べた本である。日本語版で400ページを超える、ボリュームのある本である。

(p39-40)
アメリカ軍は、世界120カ国に725の軍事施設を有している。

(p48)
1944年、アメリカ政府はマウント・ワシントン・ホテルを44カ国の代表が集まる場所として選んだ。これが後に著名になるブレトンウッズ通貨会議である。同会議では、世界銀行が設立され、金1オンスを35ドルに固定する金(Gold)本位制が制定され、米ドルを国際取引の基軸通貨とすることが決められた。同会議が世界にもたらしたのは、切実に必要とされていた戦後の通貨の安定であった。


アメリカは産油国であり、第二次世界大戦前は自給率100%だった。第二次世界大戦中も、同盟国(イギリス等)の石油供給はアメリカが一手に引き受けていた。だがしかし、1970年を堺に、アメリカで採れる石油がピークを越え、生産量が減りだした。

1960年代-1970年代アメリカはベトナム戦争の泥沼に陥り、戦費赤字が底なしに増えていくアメリカ(ドル)の行く末に危機感を抱いたイギリスが、1967年にドルと金(Gold)を交換し始めた(イギリスの裏切り)。

1971年にはフランスもドルと金(Gold)を交換しだし、アメリカ財務省の金(Gold)が底をつき始めた。そして時のアメリカ大統領ニクソンは、金本位制を停止し、ドルの変動相場への移行を決めた。


そんな中、石油ショックが1973年(第1次)(と第2次1979年)に始まった。


この時期、石油輸出国のカルテルであるOPECは、石油の取引をドルだけではなく複数の通貨で行うことが可能かどうか検討していた。アメリカドル、ドイツマルク、フランスフラン、イギリスポンド、日本円、カナダドル、オーストリアシリング、スイスフラン、などの通貨バスケットである。


(p53抜粋)
1973年5月、誰の目にもドルの急落が明らかな時、世界の金融界・正解の頂点をなす実力者84人が、スウェーデンで会合を持った。オランダ女王の夫、ベルンハルトが開催するビルダーバーグ会議である。石油輸出国のカルテルであるOPECが手にしている有り余る量のドルを、どのように管理するか、に関する会議だった。


1974年、ニューヨークとロンドンの銀行間である合意が形成された。同年、サウジアラビア政府は石油輸出の余剰金(ドル)で25億ドルのアメリカ短期国債を買った。

数年後、アメリカとサウジ政府が密約を交わした。

OPECによる石油取引は今後もドル「のみ」で行われる、ということを保証する。


原著が2005年の本なので、どうしても内容にちょっとした古さを感じてしまうが、それはそれ、本書はとてもためになった。


6点/10点満点

|

« アクセスカウンター36万突破に感謝。 | トップページ | 片山正人「現代アフリカ・クーデター全史」感想。
アフリカ史。2015年08月31日読了。 »

◇世界についての本」カテゴリの記事

●海外作品(原著英語)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43036/62102119

この記事へのトラックバック一覧です: ウィリアム・R・クラーク/高澤洋志訳「ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来」感想。
米国政治分析。2015年08月19日読了。
:

« アクセスカウンター36万突破に感謝。 | トップページ | 片山正人「現代アフリカ・クーデター全史」感想。
アフリカ史。2015年08月31日読了。 »