石井光太「遺体―震災、津波の果てに」感想。
ノンフィクション。2011年11月09日読了。
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◆内容(紀伊國屋Bookwebより)
2011年3月11日。
40000人が住む三陸の港町釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1100人もの犠牲を出した。
各施設を瞬く間に埋め尽くす、戦時にもなかった未曾有の遺体数。
次々と直面する顔見知りの「体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを成していったのか?
生き延びた者は、膨大な数の死者を前に、立ち止まることすら許されなかった―遺体安置所をめぐる極限状態に迫る、壮絶なるルポルタージュ。
プロローグ 津波の果てに
第1章 廃校を安置所に
第2章 遺体捜索を命じられて
第3章 歯型という生きた証
第4章 土葬か、火葬か
エピローグ 二カ月後に
戦争以来の膨大な数の遺体が目の前に――岩手県釜石市での極限状態を描く、壮絶なるルポルタージュ。日々増え続ける遺体を誰がどのように弔ったのか?
◆感想
誰もが知っていることだが、大震災で未曾有の被害が出た。
津波が襲った海沿いの街では、膨大な数の遺体が出た。
毎日数十体の遺体が発見された。それが何十日も続いた。
本書の著者石井光太氏は、3月14日(月)に新潟経由で宮城県に入り、この日から3ヶ月のうち2ヶ月半を被災地で過ごした。
被災地で見た圧倒的な現実。それは遺体だった。本書の巻末にある「取材を終えて」より抜粋すると
「最初は、福島、宮城、岩手の沿岸の街を回り、そこでくり広げられる惨劇を目撃することになった。幼い我が子の遺体を抱きしめて棒立ちになっている二十代の女性、海辺でちぎれた腕を見つけて「ここに手があります!」と叫んでいるお年寄り、流された車のなかに親の遺体を見つけて必死になってドアをこじ開けようとしている若い男性、傾いた松の木の枝にぶら下がった母親の亡骸を見つけた小学生ぐらいの少年……目に飛び込んでくるものは、、怖気をふるいたくなるような死に関する後継ばかりだった。」
そして石井光太氏は、遺体をテーマに本書を書き上げる。
元葬儀屋社員で、現在は引退して市の民生委員の視点で。
遺体の検案作業をするため、ひたすら遺体と向き合った釜石市医師会会長の視点で。
身元不明の遺体を確認するため、遺体の歯形を確認する作業を行った歯科医の視点で。
遺体の発見場所から遺体安置所までの運搬を命じられた釜石市役所職員の視点で。
いち早く被災現場に駆けつけ、そして次々と遺体を発見する消防団員の視点で。
瓦礫の山を解体しながら生存者を捜索し、しかし次第に遺体ばかり発見することになるする自衛隊員の視点で。
遺体安置所にある遺体を腐らせないようにするために奔走する葬儀屋の視点で。
遺体が安らかに眠ってくれるよう、遺体安置所で度胸を続ける僧侶の視点で。
……
石井氏は時が経ち4月になってから遺体に関わった人たちに取材を行い、50人以上の方々から話を聞き、色んな人の視点から見た釜石市の現実を再現したのが本書である。
ルポの方向性としては、御巣鷹山の日航機墜落事故を題材にした飯塚訓「墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便」に近い(執筆者の立場は異なる)(と紹介しつつ私はこの本は完読していない……)
11月に本書が出版され、石井光太氏は精力的に講演を行っている。そのうちのひとつに私は参加し、氏から現地の話や取材の苦労話を聞いた。想像をはるかに超える事態が起きた場所でこういう取材ができるというのも、石井氏の人格なんだろうな。
石井氏の執筆スタンスは「現実をありのままに表現する」ことにあるように思う。以前に読んだ石井氏の本では、世界中の貧困現場に入り込み(時には住み込み)、圧倒的な現実を伝えている。それが良いとか悪いとかではなく、現実を伝えている。
本書も同じで、今回のような未曾有の災害が起きた場合でも、遺体に向き合う人がいなければ遺体の処理は進まない。それが現実であり、そして今回の大震災では遺体と向き合う人がいた。
本書を読み終え、私は素直に感銘を受けた。
そして皮肉屋で現実主義者の私が言うのも何だが、真夏にこの大震災が起きていたら、凄まじい規模での二次災害(感染症)が発生したかもしれない。せめてもの救いは今回の震災が3月だったことなのだろう。そう思えるほど、本書はリアルである。
9点/10点満点
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