カテゴリー「●海外作品(原著英語)」の記事

2017/06/30

ティム・マーシャル/甲斐理恵子訳「恐怖の地政学」感想。
地政学。2017年06月19日読了。

原題は「Prisoners of Geography」なので、「地理学の囚人たち」という意味になる。最近日本では地政学の本が流行っているのでこのようなタイトルになったのだろう。とはいえ、「恐怖の」の意味が分からない。なんでこんな邦題なのだろう?

本書は下記各章のようにエリア別に、「地形(地図)」が政治や民族構成、紛争に与える影響について、各章おおよそ30ページとコンパクトにまとめられている。

第1章 中国
第2章 ロシア
第3章 日本と朝鮮半島
第4章 アメリカ
第5章 西ヨーロッパ
第6章 アフリカ
第7章 中東
第8章 インドとパキスタン
第9章 ラテンアメリカ
第10章 北極圏

全世界で起こっている紛争の原因を読み解くカギとして、地形がある。

中国とベトナムは何度か戦争をしているが、それは平地で両国がつながっているから。
中国と隣接するラオスやミャンマー、インドやパキスタン、アフガニスタンとの間には、山脈が挟まっている。
インドの侵攻を阻止するため、チベット高原は中国にとって必須の土地である。なので、現在の政治体制が続く限り、チベットが中国(漢民族)から解放されることは無い。

ヨーロッパがロシアに攻め入るには、モスクワまでは行けても、そこから先はウラル山脈に阻まれる。
ロシアはだだっ広い土地を持っているが、不凍港は(日本に近い)ウラジオストクなど数か所だけである。カリーニングラードという飛び地(リトアニアの下)があるが、ここから大西洋に出るには、バルト海を抜け、デンマークとスウェーデンの間にあるエーレスンド海峡を通らなければならない。ウクライナのクリミア半島を強奪したが、ここから大西洋に出るには、トルコのボスポラス海峡とダーダネルス海峡を抜け(ここでようやくエーゲ海)、ここから地中海を通り、スペインとモロッコ(&イギリスの飛び地ジブラルタル)に挟まれたジブラルタル海峡を抜けないと出られない。ちなみにシリア紛争に肩入れしているのは、シリアに借りているタルトゥース港を確保したいからと言われているが、ここも地中海に面しているので、結局のところジブラルタルを抜けない限りロシア海軍の動きは制限されたままどうにもならない。だからロシアがソ連だったころ、アフガニスタンを占領し、その後イランかパキスタンンと同盟を結んでインド洋に面した港を確保したかった。

南アメリカ大陸の沿岸部は浅瀬が多く、水深の深い良質な港がほとんどない。これは貿易を行うのに重大な欠点になる。

現代トルコとイランは今まで一度も仲良くなったことが無い不倶戴天の敵である。


などが結構わかりやすく書かれている。

地政学初心者が読んでも十分理解できると思う。邦題以外は良書。


8点/10点満点

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2017/06/05

トーマス・フリードマン/マイケル・マンデルバウム/伏見威蕃訳「かつての超大国アメリカ」感想。
アメリカ分析。2017年04月23日読了。

タイトルの通り、アメリカが凋落していった理由を考える本。原著は2011年に出版。

この本で最も面白かった考え方は、アンディ・ケスラーという元ヘッジファンドマネージャーが呈した概念で、

p121
「ブルーカラー、ホワイトカラーという区分は捨てよう。私たちの経済には二種類の労働者しかいない。クリエイターと仕える人(サーバー)だ。生産性を向上させる原動力は、クリエイターだ。ソースコードを書き、マイクロチップを設計し、癖になる商品(ドラッグ)を作り、検索エンジンを運営する。一方サーバーは、家を建て、食べ物を提供し、法的助言を行い、陸運局で働いて、そういったクリエイター(や他のサーバー)に奉仕する。サーバーの多くは機械、コンピュータ、ビジネスの運営方法の変更に取って代わられるだろう」

ここから著者は、クリエイターとサーバーをさらに分割する。

・創造的(クリエイティブ)クリエイター:独自のノンルーチンなやり方で、ノンルーチンの仕事をやっている:最高の弁護士、最高の会計士、最高の医師、最高のエンターテイナー、最高の作家、最高の教授、最高の科学者。

・ルーチンクリエイター:ルーチンなやり方で、ノンルーチンな仕事をやっている:平均的な弁護士、平均的な会計士、平均的な放射線技師、平均的な教授、平均的な科学者。

・クリエイティブサーバー:ノンルーチンの仕事をやる低スキルの労働者だが、的確な基地とした仕事をやっている:特別なレシピを考え付くパン屋、患者との関係性を大事にする看護師、ワインの知識で客をうならせるソムリエ。

・ルーチンサーバー:ルーチンなやり方でルーチンなサービスを提供し、それに何も付け加えない人。


医師、弁護士、ジャーナリスト、会計士、教師、教授のような仕事であっても、ルーチンクリエイターの範疇にいる人たちは、海外へのアウトソーシング、機械化、デジタル化で職を失うかもしれない。


著者は、アメリカを凋落から救うには「教育の充実」が必要であると訴える。

全体的に説得力も高く、なかなか面白い本であった。

8点/10点満点

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2017/06/03

モイセス・ナイム/加藤万里子訳「権力の終焉」感想。
政治・近未来。2017年04月08日読了

世界中のいたるところで、権力は衰えてきている。

政治の世界では、国連はもうあまり機能していない。
国の最高権力者(大統領や首相)も、かつて(第二次世界大戦の頃)ほどの権力はない。
上場企業の経営者は、四半期決算、年度決算、配当に縛られ、かつて(オイルショックの頃か?)ほど自由に商売ができなくなっている。

民主主義が行き過ぎると、小さな主張だけを取り上げる小さな政党が多数生まれ、絶対多数が生まれにくくなる(例として、2009年のインドでは実に35もの政党が議席を得ていたとのこと)

資本主義が行き過ぎると、株主の言うがまま利益を求める無分別な企業が増える。(例外はいる。Amazonのジェフ・ベゾスやテスラのイーロン・マスクなど)

そういうような趣旨のことを膨大な傍証とともに描かれたのが本書であるが、いまいちピンとこなかった。


6点/10点満点

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2017/04/24

ダヨ・オロパデ/松本裕訳「アフリカ 希望の大陸」感想。
アフリカ経済。2017年03月24日読了。

アフリカ経済に関する前向きな情報が満載の、とても良い本でした。

著者はナイジェリア系アメリカ人(親が移民)の女性ジャーナリスト。本書の原著は2014年に出版され、日本語版は2016年8月に出版。日本語版出版までに時間がかかっているため、本書に書かれているサービスのうち既に廃止に追い込まれているのもあり。

本書ではナイジェリアの公用語の一つヨルバ語の「カンジュ」という言葉をキーワードに設定し、アフリカ経済の行動様式を「カンジュ」で説明しようと試みています。「カンジュ」とはヨルバ語直訳で「焦る」「急ぐ」という意味。意味合いとしては「精を出す」「努力する」「ノウハウ」「やりくり」といったことになるとのこと。

非常に面白かった。が、あまりにも楽観的過ぎるので私的な評価は9点。


9点/10点満点


以下、つらつらと付箋をつけたところを列挙。

P21
2007年のケニアの大統領選挙で、キバキ派(キクユ族)とオディンガ派(ルオ族)に国内が分断され、暴力が渦巻き1200人の死者を出す事態になった。ケニアはアフリカの中でも(旧宗主国イギリスの流れを汲む)民主主義優等生と思っていた西欧の人は皆驚いた。TVやラジオなどマスコミは傍観していた。それに怒ったたケニアのソフトウェア技術者が、暴力行為を発見したら即座にマッピングできる「ウシャヒディ」というソフトを立ち上げた。そして秩序は回復に向かった。

「ウジャヒディ」は世界中に広がった。パレスチナのガザの混乱を監視し、スーダンや南米の選挙を監視し、
豚インフルエンザの蔓延を追跡し、メキシコ湾原油流出事故で流れ出た石油を監視した。


P39
アフリカでいちばん裕福なナイジェリア人のアリコ・ダンゴート
→調べたら、セメントで財を成した2兆円以上の超金持ちだった。


P41
スーダン生まれの億万長者で国際通信会社セルテルの創業者モハメッド・イブラヒム
→調べたら、この人も1000億円の桁の金持ちだった


P49
ナイジェリアは世界で2番目に映画が多く作られていて(私は知っていた)、オンライン配信はナイジェリアのNetflixといわれる「iROKOtv」という会社が最大手。ナイジェリア出身者で他国に出稼ぎに行っている人は多く、異国でこのサービスを楽しんでいるナイジェリア人も多いのだとか。


P93
1997年、ナイジェリアの繊維産業では137,000人が働いていた。6年後、57,000人にまで激減した。「太った国(=アメリカ)」からの善意の古着の寄付によって、繊維産業が壊滅してしまった。「善意の無償寄付」とは勝負にならない。

太った国の善意により、マラウィ最大の繊維メーカーが閉業した。エチオピアとエリトリアでは古着の輸入を禁止した。

サハラ以南で最大の綿生産国であるマリでは、国内では1枚もTシャツを生産していない。


P104
国連という、アフリカの普通の人にとっての部外者が勝手に立てたミレニアム開発目標で、万人の初等教育を充実させる、というのがある。

アフリカ各国は目標到達に尽力した。目標を達成したら国連からいろんな金がもらえるから。

その結果、「給料がろくに支払われない教師たちが」 「(教師なのに)学校に来なかったり」 「退屈で時代遅れのカリキュラムすら教えることができない」 という事態に陥った。

→その結果として、本書の違うページで、アフリカのスラム街で「1か月5ドル」の私立小中学校に入学させる親が滅茶苦茶増えているとのこと。こういう私立学校が保証するのは「教育の質」。やる気のない教師がいる公立学校(一応無料)よりも、金を払ってでも教育の質が高い学校に通わせる親が多いのだとか。

→P215に続報的に書かれていて、ケニアのスラムの40%、DRCコンゴの71%、ナイジェリアのラゴス州の3/4、ウガンダの中学校5600のうち4000が私立。


P125
アフリカ諸国では、隣人の噂、評判がかなり重要な情報源になる。これを「近傍情報」と呼び研究したところ、「xxさんはこの時期に種を撒いて大豊作だった」的な情報が集まった。

これってビジネスになるんじゃね?


P138
アフリカの優等生と言われているボツワナ。国債の格付けも高い。
しかーし、官僚の主要ポストはカーマ大統領の親族が占めている!!! マジで!!!


P140
頭脳流出について、まあ普通に優秀なアフリカ諸国の人たちはアメリカを目指す。
スーダン人はアトランタ。
ソマリ族はミネアポリス。
エチオピアとエリトリアはワシントンDC。
フランス語圏アフリカ人はニューヨーク。

→へえー。そうなんだ。つまり逆を言えば、そういう国とコネを持ちたいときはアメリカのそういう都市に行けばいいのね。


P145
ソマリア発祥の国際送金サービス「ダハブシール」。現在144か国で国際送金ができるとのこと。

→この手のサービスはウエスタンユニオン銀行(日本の代理店は大黒屋)しか知らなかったが、やっぱりこういう送金サービスってのは需要がすごいんだなあ。


P149
アルセロール・ミッタル(世界最大の鉄鋼会社。インドのミッタルスチールが買収に買収を重ねた結果出来た会社)がリベリアのグランドバッサ郡に拠点がある。

→西アフリカだって鉄鋼需要はあるんだろうけど、リベリアに工場があるというのは意外だった。


P170
Mペサ(知らない人はググってください)の成功を受けて、同様のサービスが世界中で広まった。

パガ、エコキャッシュ、スプラッシュモバイルマネー、ティゴキャッシュ、エアテルマネー、MTNモバイルマネー。

中でもセネガルのワリという会社は22カ国で使えるサービスを開発した。


P184
南アフリカで最大のSNSは「Mxit」。5000万人以上が利用している

→2017年3月に調べたら潰れていた


という話がまだまだたくさん載っているんだけど、書き飽きたのでこれでおしまい。

興味がある人は本書を定価で本屋から買って読んでください。(じゃないと翻訳者に印税が1円も入らない→こういう本を翻訳してくれる人が減る→日本語では情報入手が遅れてしまう→冗談抜きで日本国経済の危機)

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2017/03/04

ダニエル・カーネマン/村井章子訳「ファストアンドスロー(下) あなたの意思はどのように決まるか?」感想。
行動経済学。2017年02月25日読了。

下巻も非常に面白かった。読むのに時間がかかったが、とても有意義な時間を過ごせた。

この本(上下巻)は内容が詰まっている。詰まっているというのは、余計なことがあまり書かれていなく、斜め読みをすることができない状態のことである。一言一句、かみしめるように読み進めないと、次に書かれていることが理解できなくなるのである。

翻訳に関しては、無理に日本語化した部分が悪目立ちしたが、これだけの内容を伝えたという点では良い翻訳と言える。


下巻のポイント(ほぼ私的メモです。分かりづらくてすみません)

p53
アメリカでスタートアップ企業の存続率は35%である。しかし、スタートアップ(起業)する人のほとんどは、自分が成功すると信じ、失敗する側(65%である)になると思っていない。

p67
所属している会社で、ある新規事業を始めるとする。事業を進めたがる人たちは概ね自信過剰に陥っているので、そういう人たちに「いまが1年後だと想像してください。私たちは、先ほど決めた計画を実行し、大失敗しました。なぜ失敗したのか、簡潔に答えてください」と問うと、新規事業への楽観は消える。

これを「死亡前死因分析」という。


これから後は、ギャンブルをベースにした問いが増える。これこそがノーベル経済学賞を獲ったプロスペクト理論。

問1:あなたはどちらを選びますか
・確実に900ドル貰える。
・90%の確率で1000ドル貰える。

問2:あなたはどちらを選びますか
・確実に900ドル失う。
・90%の確率で1000ドル失う。

たいていの人は、問1では確実にもらえる方を、問2では損をしない可能性が少しでもある方を選ぶ。(期待値の考え方なら、どちらの選択肢も同じである。問1なら+900ドル、問2なら-900ドル)

これは問題の内容をいろいろ変えても同じ結果になり、得をするときは確実な方を、損をするときは少しでも損する額が小さくなる方を選ぶ。


これは株式の売買にも通じ、

あなたは資産をすべて株で運用しています。突然1万ドルが必要になりました。現在儲かっている株を売りますか(利益確定)、それとも損している株を売りますか(損切り)?

多くの人が利益確定に走る。

人間の心理的に、損を確定させることは「自分の失敗を認めることになるので苦痛」に対し、利益確定は「自分の勘が正しかった確かめる作業なので精神的に楽」ということである。


p147
100万ドル貰えるかもしれない確率について、5%ずつ上昇するときの気分の変化
A) 0%から5%に上がる
B) 5%から10%に上がる
C) 60%から65%に上がる
D) 95%から100%に上がる

このうち最も嬉しいのはAであり、次に嬉しいのはDである。

Aは簡単に言うと宝くじ。当たる確率は低いけど、買わなければ絶対に当たらない。買えば買うほど当籤確率は上がる

Dの例は遺産相続。普通に考えたら遺産を全額相続できる立場にいるが、万が一、自分の知らない親族がいて、遺産の相続権を要求してきたら困る。そんな時、あなたの遺産相続権を満額の90%で買い取りますよ!と言ってくる弁護士が居たら、弁護士に権利を売る可能性が高い。


というようなことが満載で書かれている本書は、とにかく面白かった。


9点/10点満点

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2017/03/03

ダニエル・カーネマン/村井章子訳「ファストアンドスロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?」感想。
行動経済学。2017年02月15日読了。

本書の著者ダニエル・カーネマン氏は、心理学者でありながらノーベル経済学賞を受賞した(2002年)。氏の受賞により行動経済学という学問は一躍脚光を浴びるようになった。

本書はノーベル経済学賞を受賞した氏の研究「プロスペクト理論」を、なぜそのような研究をすることになったのか前後の研究を含め、一般読者にわかりやすく説明している本である。とはいえ、かなり難しい(例えば確率の計算で、計算式が省かれ答えだけが載っているのだが、その答えに至る式が全く見えてこない→巻末の注記に計算式が載っているのだが、それを見ても理解できない。など)。なお、「プロスペクト理論」の説明は下巻である。


以下、個人的メモ。(要約しようにも盛り込まれている内容が多すぎて…)

人間は、理路整然とした行動をとっているようでも、実はそうではない。


というのを様々な実験を経て立証したのが本書。


著者は本書で一貫して人間の脳の働きを二つのシステムとして表現している。(p41)

◆システム1:自動的に高速で働く。努力は全く不要か、必要であってもわずかである。また、自分の方からコントロールしている感覚は一切ない。

◆システム2:複雑な計算など頭を使わなければできない(=システム1ではできない)困難な知的活動を行う。基本的に怠け者で、システム1が導き出した判断に影響される。

音が聞こえた方角を感知する、2+2を計算する、簡単な文章を読む、空いた道を運転する、などはシステム1の仕事。

意外な音を聞いたときそれが何の音なのか記憶をたどる、17*24を計算する、複雑な論旨の妥当性を確認する、狭いスペースに注射する、などはシステム2の仕事。システム2を稼働させるには努力が必要である。努力すると脳が疲れる。


「SO□P」という単語の□に入る言葉を当てなさい。食べ物が目の前にある時や「食べる」という言葉を聞いた後ならSOUP(スープ)という単語を思い付く。風呂に入っている時や「洗う」という言葉を聞いた後ならSOAP(石鹸)を言う言葉を思い付く。

「食べる」はSOUPの、「洗う」はSOAPのプライム(選考刺激)といい、これらの現象をプライミング効果という。

プライミング効果を使えば、人々の思考を誘導できる。一例として、2000年にアリゾナ州で学校補助金の増額に関する投票では、学校が投票所だった場合、他の投票所より賛成票が多かった。学校補助金の増額という題に対し、学校という投票所がプライムになった。


「ニューヨークはアメリカの大都市である」「月は地球の周りをまわっている」「ニワトリの足は4本である」
最初の2つはすぐに正しいと理解できる。これはシステム1の働き。最後の文章はちょっとだけ悩む。システム1はたぶん正しいと思われるが念のため確認が必要であるとしてシステム2を呼び出す。システム2はほんのちょっと悩んだ後、正しいと判断を下す。これが「ニワトリの足は3本である」ならば、システム1が即座に間違いと判断を下せるが、4本の場合はシステム1は即座に判断を下せない。

見覚え、聞き覚えといった感覚は、単純だが強力な「過去性」を帯びていて、人間の脳は慣れ親しんだものが好きとのこと。

おしゃれなレストランで、隣の席の人がスープを飲んで不味そうな顔をした。こういう事態に遭遇したら「えっ?」と驚くが、別の席の客も不味そうな顔をしたら、2度目はそれほど驚かない。既に見覚えのある光景だから。


システム1は騙されやすく、信じたがるバイアスを備えている。疑ってかかり、信じないと判断するのはシステム2の仕事だが、システム2はときに忙しく、大体は怠けている。システム2は自分の信念に一致しそうなデータばかりを探す。

大統領の政治手腕が好きな人は、大統領の養子も声も好きである可能性が高い。これをハロー効果(後光効果)という。

パーティで気さくで感じの良い女性と知り合った。後日、募金を集める際、なぜかこの女性のことを思い出した。気さくで感じの良い女性ということしか知らないのに、なぜかこの女性のことを思い出した。これもハロー効果。

アラン:頭がいい、勤勉、直情的、批判的、頑固、嫉妬深い
ベン:嫉妬深い、頑固、批判的、直情的、勤勉、頭がいい

どちらの人物に好感が持てるか。十中八九、アランに好感を持つ。挙げられている性格は全く同じなのに、語順が違うだけでこうも印象が変わる。

ということを突き詰めていくと、「自分の見たものがすべてだ」(p155)ということになる。


更に突き詰めていくと、これらは数字にすることができる。アンカリング率という。簡単な実験として、10人でやっているプロジェクトがあるとして、ミーティングで10人に自分のプロジェクトへの貢献度を%で書かかせ、一斉に提示させる。まず間違いなく貢献度は100%を上回る。


本書ではヒューリスティックという言葉が(最初から)出てくる。「近道の解決法」という意味になる概念だそうだ。

寡黙で、整理整頓が大好きで、ルーチンワークを苦にしない。

この人の職業は図書館司書でしょうか、それとも農家でしょうか。先入観で図書館司書と答えてしまいそうだが、実際は農家の方が就業人口が多いので、農家である可能性の方が高い。しかし先入観が働く。こういうのをヒューリスティックという。


軍の飛行機の訓練教官は、「素晴らしい飛行をしたので褒めると、次は必ずダメになる」「なので褒めない。失敗したときにめちゃくちゃ怒鳴る」という。

褒めると下手になり、𠮟るとうまくなるというのは間違いである。共感が観察したのは「平均への回帰」という現象である。

褒められるほ上手くできたのは、たまたまその時が良かっただけで、普段はもっと下手。だから次は下手になる。(下手なのが平均)

叱られるほど下手だったのは、たまたまその時が失敗しただけで、普段はもっと上手。だから次は上手になる。(上手なのが平均)


ということで非常に面白かった。下巻の感想は明日。


9点/10点満点

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2017/02/16

ピーター・ナヴァロ/赤根洋子訳「米中もし戦わば」感想。
戦力分析。2017年02月02日読了。

著者のピーター・ナヴァロ氏はカリフォルニア大学アーバイン校の教授で、ドナルド・トランプの大統領選選挙アドバイザーになり、現在はトランプ大統領が新設した国家通商会議の初代委員長。

本書は帯に「大統領補佐官自らが執筆! 防衛省現役組が今読んでいる本」と大々的に煽っている。

実際、巻末の解説は防衛省の主任研究官が書いている。

この手の世界各国の戦力分析に関する書籍は、小川和久・坂本衛「日本の戦争力」2006年02月03日読了。10点満点

を筆頭に、昔から何冊か読んでいる。現代の戦争は空を制して(制空権を握る)、そのあと海を制する(制海権を握る)。それが出来ればほぼ勝つ。

というのだったが、本書は違う。

数は力。それが本書。

本書に書かれている内容は、アメリカ人がこんなに日本と韓国と北朝鮮と台湾のことを知っているのか! と驚きを隠せないほど詳しい。生半可に新聞記事(というかネットに載っているニュース)ばかり読んで知った気になっている私なぞは、著者の知見の深さに驚いてしまった。(とはいえ、年に数万ドル~数十万ドルの賃金をもらっているなら、このくらいの分析をするのは当たり前なのだろうが)

本書を読んでとにかく驚いたのは、アメリカも日本も採用しているイージスシステム(平たく言えば、自国の空母や自国の国土を狙って発射されるミサイルを、イージス艦が次から次へと撃ち落とすシステム)は、イージス艦が搭載しているミサイル数を上回るミサイルを直接イージス艦に向けて撃てば、イージス艦は自分の防衛で手いっぱいになり、自艦に積載しているミサイルが尽きたら一巻の終わり。

つまり、数の多さが勝負のカギ。

これは…「防衛省現役組が今読んでいる本」という帯文句も分かる。

中国が、サルでも作れる格安兵器を大量に戦場にぶち込んだら、アメリカ軍は負ける。

ということが書かれている本である。

恐ろしい。


9点/10点満点

2017/02/17追記
佐藤優氏による本書のレビューが、現代Webに載っていましたのでリンクします。

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2017/02/08

ヨリス・ライエンダイク/田口俊樹・高山真由美訳「こうして世界は誤解する」感想。
ジャーナリズム論。2017年01月28日読了。

中東に駐在していたオランダ人ジャーナリストの著者(エジプトのカイロ大学に留学しアラビア語ができる)が、ジャーナリズムは果たして本当のことを伝えているのだろうか?

という疑問を正直に読者に投げかけた本。

原著は2006年に出版され、日本語版は2011年に出版された。

ジャーナリズムを知らないド素人だった著者は、アラビア語ができるという一点でオランダの新聞社に雇われ、中東特派員として赴任した。ついでにラジオの仕事も受ける。ラジオに音声出演するときは、オランダの放送局があらかじめ原稿をまとめているので、著者は原稿に沿って喋るだけ。特派員の存在価値は、その場所にいて、その場所から喋ること。

中東のニュースの最新情報は、現地のジャーナリストを雇って調べている通信社(日本だと共同通信が有名)が逐一情報をくれるので、特派員が直接調べなくてもいい。でも、どこかの国が戦争になり、軍司令官や防衛大臣が記者会見する際は、記者会見の場にいて、そこからリポートすること。

西側メディアはアラブ諸国が悪いというバイアスで報道する。
アラブ諸国はイスラエルが悪いというバイアスで報道する。

では、アラブ人同士の戦争は誰がどう報道する? モロッコ対アルジェリア、エジプト対シリア、スーダン対サウジアラビア、イラク対クウェート(これはクウェートが西側陣営)、シリア対ヨルダン、ヨルダン対パレスチナ、そして国内がバラバラで敵ばかりいるレバノン。

経験を積んだ著者は違う新聞社に移り、テレビの仕事もするようになった。パレスチナに行き、子供をイスラエル軍に殺された母親の取材をする。この母親はパレスチナのフィクサーを通して紹介された。フィクサーは世界中のテレビ局に「悲惨な境遇にある人物」のリストを持って売り込みに来る。西側のテレビ局は手っ取り早くインタビューを済ませたいから(パレスチナに入国するにはイスラエルの厳重な警備を通るので面倒)、フィクサーのリストを活用する。リストに掲載されている人物が喋ることは嘘ではない。ただ、フィクサーは同じリストを世界中のテレビ局に売っているので、世界中のテレビ局が同じ人物に何度も異なるインタビューをすることになる。

フセイン時代のイラクでは、独裁国家の恐ろしさを身に染みて理解した。

著者はエルサレムのパレスチナ人居住区である東エルサレムに引越しした。

イスラエルは広報が上手い。
パレスチナは広報が下手だ。

パレスチナはもうちょっと世界に通用する広報をすれば、世界中から支援がもっともっと集まるのでは?

しかし現実のパレスチナは、PLO(後のファタハ)=アラファトが独裁者として君臨しているだけだった。広報はアラファトの腹心。能力なんて関係ない。アラファトは、自分がリッチな状態を維持できればそれでいい。イスラエルと和平を結んで自分の名声が上がり、援助金がじゃぶじゃぶ入ってくるのは最高に望ましい。

(注:ファタハに愛想をつかしたガザ地区(海側)のパレスチナ住民は、ハマスというイスラエルを敵視する政党に乗り換えた。ハマスはガザ地区からファタハを追い出した。しかしファタハは依然ヨルダン川西岸(内陸部)を押さえている。パレスチナは事実上、2か国に分裂している。と言ってもアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア、日本や韓国、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、スイス、スペイン、ポルトガルなどが国として承認していないので、国ではないのだが)


「事実と見解をはっきり区別する」


現代ジャーナリズム、特にテレビの世界ではこれが守られていない。


とても面白い本だった。


8点/10点満点

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2017/02/04

デクラン・ヒル/山田敏弘訳「黒いワールドカップ」感想。
サッカー八百長ルポ。2017年01月22日読了。

プロサッカーでは八百長がまかり通っている。

中でも一番厄介なのは、試合前から勝敗がほぼ見えている実力差のある試合で、負けが濃厚なチームを買収して本命チームを確実に勝たせること。これはどこからどう見ても八百長に見えない。

八百長を仕掛けた連中は、単純な試合の勝敗ではなく「何点差で勝つか」に賭ける。従って負けが濃厚なチームに「2点差で負けろ」というような買収を行う。

ということを、シンガポール、マレーシアのプロサッカーリーグで実際に八百長を仕掛けていた組織とコンタクトを取り、さらにヨーロッパで八百長を仕掛けている組織にもコンタクトを取り取材したのが本書。

フランスの1部リーグに所属するオリンピック・マルセイユ(現在酒井宏樹が在籍している)は、1993年に八百長が発覚した。

2006年にはイタリアのセリエAで大規模な八百長が発覚し、ユベントスが2部に降格した。

本書の原著は2008年に、日本語版は2010年に出版された。

著者はイギリスのオックスフォード大学院に通いながら本書の取材を開始し、卒業後ジャーナリストになった人。

八百長はワールドカップにもおよび、グループリーグ2試合目で勝ち抜けもしくは負けが決まっているチームは、八百長の手が伸びやすいとのこと。

既に明らかになっている事件の詳細な解説と、著者が独自に八百長フィクサーと面会し取材した内容が混在している。

興味深い内容なのだが、ちょっと読みづらい。

イギリス人の著者は、八百長の結末について比喩や暗喩を多く用いている。ルポなんだからそこはズバッと明確に書いて欲しいのに暗喩を使っているので、もやもやする。


6点/10点満点


2017/04/13追記
本書の訳者は山田敏弘氏。
インド・ムンバイで起きたテロを取材した「モンスター 暗躍する次のアルカイダ」2012年04月24日読了。10点満点の著者と同一人物であるとつい先ほど知った。なるほど、翻訳もされているんですね。

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2017/02/01

ドン・ウィンズロウ/峯村利哉訳「ザ・カルテル(下)」感想。
メキシコ麻薬戦争小説。2017年01月14日読了。

小説を読んだのは、麻野涼「死の臓器」2015年08月04日読了。2点。以来である。

下巻(約580ページ)は3日で読んでしまった。

先が知りたくて止まらない。そういう小説だった。

メキシコ麻薬戦争の(たぶんかなりリアルな)今を反映しているので、殺し方は残忍だし、まさかこいつが?!と思う連中が買収されているし、こいつらが手を組むのか!という展開もある。

セータ隊という国軍のエリートが作った麻薬組織が出てくるが、これはロス・セタスという実在の麻薬カルテルをモデルにしている。(ロス・セタスでググると超絶グロ画像がいっぱい出てくる→麻薬カルテルは敵対組織に恐怖を植え付けるため、惨殺した被害者を写真にとってネットにアップしている)

リアリティがありすぎて恐ろしいのだが、先を読まずにはいられない。たぶん全世界中の読者がそう思いながら読んだだろう。

ラストは好き嫌い分かれると思うが、私は嫌い。つまらない。

でもこの小説は、ラストは重要じゃない。本書では前作「犬の力」の後、2004年から2012年までの麻薬戦争を書いている。なぜメキシコはここまでひどくなってしまったのか、その過程を書き切っていることが本書の肝だと思う。

ちなみに、前著「犬の力」と本書「ザ・カルテル」を合わせて、リドリー・スコット+ディカプリオで映画化されるそうである。

9点/10点満点

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