カテゴリー「◇ルポ・ドキュメンタリー」の記事

2012/01/21

朝日新聞アタ取材班「テロリストの軌跡」感想。
ルポ。2012年01月16日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う


911の主犯格モハメド・アタの実像に迫るルポ。

比較的最近この本の存在を知り、日本人の手で書かれた「911テロ」関連本としては完成度が高いとの評価を得ているので読みたくなった。2002年4月に出版されたこの本は絶版だったので、amazonの古本で買った。

古本で手に入れてから知ったのが、本書は朝日新聞記者9人の取材班の共著によるもので、そのチーフが私的10点満点を付けた「カラシニコフ」の著者松本仁一氏だった。

911のテロは2001年に発生している。本書の元は2001年11月26日から2002年2月9日まで朝日新聞に連載された記事で、本書の出版日は2002年4月である。出版社は草思社である。前から疑問に思っているんだけど、新聞社ってのは、他社から本を出版してもとがめられない文化なんですね。会社が寛容なのか、自社の出版部門のフットワークが重いなど理由で無問題とされているのか、会社員の前にジャーナリストであるべしという業界全体の慣習なのか、なし崩し的なのかわからんが。

出版されてから10年も経った本だけど、今読んでも、テロから半年以内でこれだけの取材をした朝日新聞の記者達の粘りに感心する。(海外メディアの後追い的なところもあるけど)


とはいえ、世界中で新聞崩壊が始まっている今の時代、今後もこれだけの取材(金をかけるということ)ができるのかな? と思うと少々暗くなってしまうのである。


7点/10点満点


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/12/30

ケン・オーレッタ「グーグル秘録 完全なる破壊」感想。
ルポ。2011年12月28日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

グーグル秘録


昨年買って、頭の50ページ読んで「面白っ」と思ったんだけど、そのまま積ん読棚に埋もれてしまった本。さあ、賞味期限が切れないうちに読まねば。


老舗雑誌「ニューヨーカー」の記者ケン・オーレッタが2006年から取材を開始し、グーグルCEOエリック・シュミット、創業者ラリー・ペイジ、サーゲイ・ブリンを筆頭に、150回におよぶグーグル社員へのインタビュー、グーグルのライバル会社を含むその他関係者150人へのインタビューを元に、グーグルという会社が
どのようにして誕生し、
どのようにして収益を出し、
どのようにして発展し、
どのようにして反感を買い、
今後はどのように進んでいくのか、

を著した本。


グーグルは白い企業なのか、黒い企業なのか。創業者2人は社是として「邪悪になるな(Don’t be evil)」を掲げているらしいが、著作者の意向を無視したグーグル・ブックスのやり方に、私は邪悪さを感じた(グーグル・ブックスの理念は理解できるが)。

グーグルの正体は邪悪なのではないだろうか?

それとも挫折を経験していない無邪気な少年のような企業なのだろうか? (アップルのスティーブ・ジョブズは、アップルを追い出され、NEXTで大失敗したあとアップルに戻って来た。ジョブズは挫折を経験している)

グーグル自体は、検索と検索に連動する広告以外は失敗ばかりしているという見解もある。グーグル・マップもグーグル・アースもYoutubeも、全部他社を買収しただけじゃないか、と。

SNS(オーカット→私はこんなサービス知らなかった)は大失敗して、マイスペースやFacebookの後塵を拝し、結局サービスをやめちゃっているし。(本書出版後に、Google+で巻き返しを図っているが)

グーグル側の意見、
グーグルと敵対する側の意見、
グーグルから出て行った古参社員の意見、
中立的な立場で見られる人々の意見、

実に丁寧な取材(インタビュー)によって本書は構成されており、読み応えたっぷり、かつ現在のネット業界に動向にも詳しくなれる(原著が出たのは2009年なので、早くも少し古くさい部分が出てきているが)。


惜しむらくは。

登場人物のインデックスが欲しいところだ。とにかく登場人物が多すぎる。それだけ丁寧な取材を行った証でもあるのだが。

8点/10点満点


例)41ページまでざっくりと拾ってみた。

メル・カーマジン 2003年当時バイアコム(CBS、パラマウント映画、MTVなどのメディアコングロマリット)社長
リチャード・J・ブレスラー 2003年当時バイアコムCFO
ナンシー・B・ペレッツマン 投資銀行アレン&カンパニー
ラリー・ペイジ Google創業者
エリック・シュミット Google CEO
サーゲイ・ブリン Google創業者
チャーリー・アイヤーズ Google社員食堂のシェフ
マリッサ・メイヤー Google副社長(検索プロダクトとユーザーエクスペリエンス担当)
ヴィノド・コースラ サンマイクロシステムズ創業者で後にベンチャーキャピタリスト
クレイグ・ニューマーク クレイグス・リストの創設者
マーク・アンドリーセン ネットスケープ創業者で後にベンチャーキャピタリスト
クリシュナ・バラット GoogleNewsを作ったGoogle社員
ピーター・ノルウィグ Googleリサーチ担当ディレクター
ステイシー・サビデス・サリバン Google50番目の社員で、Google最高企業文化責任者
匿名でGoogleを批判する人物 元Googleマーケティング担当幹部
ダグラス・バウマン Google初のヴィジュアルデザイナー。既に退社
ハル・R・ヴァリアン Googleチーフエコノミスト
ポール・ブックハイト Google23番目の社員で「Don’t be evil」を発案した人。既に退社しフレンドフィード創業。

インタビューを元に構成した本だから登場人物が多いのはしょうがないことだけど、何回も登場する人物、いわゆるキーパーソンが何人かいるわけで、ところが本書の後半になると「これ誰だっけ?」と悩むこともあり、主要登場人物インデックスが欲しかったなあ、と思った次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/12/13

米川正子「世界最悪の紛争「コンゴ」」感想。
コンゴ分析。2011年12月12日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

世界最悪の紛争「コンゴ」―平和以外に何でもある国

◆著者紹介
本書の序章で、著者自身の生い立ちについて書かれている。神戸に生まれ、父親の転勤でアメリカに住み、7歳で帰国、「ガイジン」扱いされ、中学・高校時代は再び父親の転勤でアメリカへ。大学はどこかに留学し?、その後、南ア・ケープタウン大学大学院で国際関係の修士を取得。国連ボランティアとしてカンボジア、リベリア、南ア、ソマリア、タンザニア、ルワンダで活動後、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)職員としてルワンダ、ケニア、ザイールコンゴ(2007年からの1年半はザイールコンゴ東部の街ゴマのUNHCR所長)、ジュネーブ本部で活動。現在は宇都宮大学特認准教授。アフリカ活動は17年におよぶ(うろ覚え)。

◆前振り
本書の著者は自身のブログで、震災に伴う原発事故で斜め上杉(のデマ)を全面的に信用していることを書いており、私はそれにすごく違和感を持った。というか貶した。本人のブログにも文句を書いたが、ガン無視された。

◆感想
本書はどうなんだろう、敷居がやたらと高い気がする。

語り口は比較的簡単で容易に読み進めることができる。しかしコンゴとルワンダに関する歴史に関しては、そこまで端折っちゃって大丈夫か?と思えるくらい省略されている。

FDLRとかAFDLとかRPFとかLRAとかRCDとかの紛争当事者に関する略語が、あまりにも説明不足で、これじゃあ予備知識の足りない読者はまともに理解できないだろうな、と感じたのである。

例えば、「ルワンダ難民」という言葉を用いている。

この「ルワンダ難民」は、1959年にルワンダを出て行ったツチ族なのか(行き先はコンゴとウガンダ)、1994年のルワンダ大虐殺でルワンダから逃げたツチ族(虐殺された方)なのか、大虐殺のさなかツチ族の逆襲でルワンダから逃げる羽目になったフツ族(虐殺した方)なのか、文脈からだけでは容易に推測できない。(例えば54ページの4行目とか)

※ご参考:以前私は「ルワンダ・ブルンジ・コンゴ(旧ザイール)のまとめ」というのを自分用に作ったので、わけがわからない方は読んでみて下さい。

本書の全体的な主張は、ルワンダ大虐殺を防げなかった国際社会なのに、コンゴ紛争(アフリカ大戦とも言われている)についてあまりにも報道が少ないのは何故だ。ルワンダはコンゴ紛争に関しては加害者であるはずなのに、世界各国から引き立てられるのは何故だ。それは、コンゴ紛争そのものがアメリカを中心とした資源を欲しがる先進諸国の「舞台劇」となっているからで、報道が少ないことや、国連関連機関同士の連携が悪いのも、「舞台劇」のシナリオの範疇なのではないか……

著者は国連機関の一員として長く活動したため、国連やNGO、各国政府の悪いところが見えている。そして、一向に良くならない現状に対して強い怒りを持っている。苛立ちなのかもしれない。


しかし私の印象としては、著者は長い間アフリカの紛争地に人道支援をする立場として居たため、現在の世界の動きが見えなくなっているのかな、と感じる。

世界の動きって何だよ?

最近読んだ本では、パラグ・カンナ「ネクスト・ルネサンス」やダンビサ・モヨ「援助じゃアフリカは発展しない」などに記されているように、人道支援団体は、支援すべき人が居なくなったら(≒紛争や貧困が無くなったら)、その存在意義が無くなり、結果として食いっぱぐれてしまうから、紛争屋貧困は無くならない。世の中のシステムはそのようにできてしまっている。

ということである。

また身も蓋もないことを言ってしまえば、これ以上世界の人口が増えたら、食料や水やエネルギーの争奪戦で世界中が大混乱に陥るから、世界の人口を減らすために紛争は常にあり続ける方が良いと思っている人たちが少なからず居る。(こっちは私の考え)


(P187)
「一方、常に紛争の犠牲者になる一般市民が望んでいることは、衣食住や言動の自由が守られている「人間らしい生活」ができること、と大変ささやかだ。(中略)選挙も重要ではあるが、もっと市民の視点に立ち彼らのニーズに応える必要がある。」

→だから世界各国で武装解除をやってるんじゃねーの?

※ご参考
ルワンダ大虐殺の加害者フツ族(当時ルワンダの政権を握っていた)は、大虐殺の真っ最中に被害者ツチ族率いるRPF(ルワンダ愛国戦線=現ルワンダ大統領ポール・カガメの集団)の逆襲に遭い、フツ族が難民となってコンゴに逃げ出した。そのフツ族残党が作ったのがFDLR(ルワンダ解放民主軍)。

AFDL(フランス語読み、英語ではADFL)(コンゴ・ザイール解放民主勢力連合)は、独裁者モブツを倒すためにポール・カガメらが作ったコンゴの反政府ゲリラ組織。AFDLがモブツを倒し政権を奪取すると、ルワンダ系を政権から追い出したため、怒ったルワンダ系が作った反AFDL組織がRCD(コンゴ民主連合)。

LRA(神の抵抗軍)は反ウガンダ政府の宗教団体。気が狂っている教祖が率いている悪魔の集団。


7点/10点満点

コンゴやルワンダが出てくる本で、私が読んだものは、
コーレイヴィッチ「ジェノサイドの丘(上)」のみ
吉岡逸夫「漂泊のルワンダ」
桃井和馬「破壊される大地」
石弘之「キリマンジャロの雪が消えていく」
白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ」
大津司郎「アフリカン・ブラッド・レアメタル」
石井光太「飢餓浄土」
ダンビサ・モヨ「援助じゃアフリカは発展しない」など。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/11/28

リトヴィネンコ/フェリシチンスキー「ロシア 闇の戦争」感想。
ルポ。2011年11月11日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

ロシア闇の戦争―プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く


ロシア連邦保安庁=FSB(昔のKGB)の上級将校で、FSB幹部から指令された違法な暗殺行為に嫌気が差し、1999年にその事実を暴露して逮捕されたリトヴィネンコ。その後釈放され、2001年ロンドンへ政治亡命。2006年にポロニウムという放射性物質で暗殺された。

そのリトヴィネンコの証言、すなわちFSB=ロシア政府がロシア市民に対して行っている非道を、アメリカに移住したロシア人歴史学者フェリシチンスキーがまとめたのが本書。

本書のメインは、第二次チェチェン内戦の引き金となった「ロシア高層アパート連続爆破事件」は、チェチェン(に住むイスラム教徒のチェチェン人)をぶっ潰す目的でFSBが仕掛けた自演行為であるという数多の証言を元に構成された暴露話である。


その他にもロシアの闇の部分が無数に記載されている。


が、大きな話と小さな話が混在していること、

闇行為に加担している政府側の人物名と、証言者や被害者やその他雑多な人物名が、同じレベルで記載されている、
とにかく登場人物が多すぎる、

テーマが絞りきれてなく、とにかく内容を詰め込み過ぎ。


などの理由でとても読みづらく、散漫な印象しか残らない。


4点/10点満点


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/11/26

富坂聰「中国マネーの正体」感想。
中国分析。2011年11月04日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

中国マネーの正体―日本に群がる!


私が今イチオシの中国ウォッチャー富坂聰の最新新書。なんでイチオシなのかというと、1964年生まれの著者は高校卒業後の1980年代初頭に北京大学に留学し(但し中退したらしい)、中国語が達者であり(但し中国人と喋るとネイティブではないことがばれるらしい)、在学中に築いた中国人人脈を元に、中国各地に情報網を持っているからである。年齢からいって、北京大学の同級生の一部は共産党や国営企業の幹部に登り詰めた人たちも居るのではないかと勝手に想像している。

そんな著者が今回書いた本は、中国人は羽振りが良い。羽振りが良いのだから、傍から見ているだけじゃなく、日本も調子を合わせてもっと儲けられるよ。みたいなテーマである。

とはいえ、まず序章で「中国は13億人が住む巨大市場」というのは間違いであると警告する。

第1章以降にこれに関する詳しい記述がなされているが、中国が人口13億人の超大国なのは間違いないが、桁外れの億万長者も大勢いるし、そこまでの大金は持っていないけど日本の富裕層並みの所得層もいるし、中間層も増えてきた。しかしやっぱり中国は貧富の差が激しく、(普通の先進国の基準に当てはめると)貧乏人が一番多い。中国は「13億人の市場」ではなく、中国のどの層に向けて商売をするのかきっちり決めておかず、13億人市場の幻想で商売を始めると、足下を掬われることになる。と警告している。


中国が「世界の工場」として機能していたのは、低賃金で働く工員が大勢確保できたからである。しかし昨今の中国では「人口ボーナス」が枯渇しつつある。「人口ボーナス」とは若者が大勢いて、働き手を捜すのに苦労しない状態(にある国家のこと)を指す。中国は一人っ子政策(1979年に開始された)により急激な少子高齢化を迎えている。一人っ子政策が始まってから生まれた世代が既に30才を超えているのだ。当然その年代の夫婦から生まれる子供も一人っ子である。(注:農村部には一人っ子政策は適用されていない)

「人口ボーナス」が枯れてきているにもかかわらず、世界中の企業がまだまだ中国に進出している。その結果、中国では工員の不足が生じ始めた。そして、日本のニュースでも報道された「賃金アップのストライキ」が中国各地で行われるようになり、中国は「世界の工場」としての地位を失いつつある。

繊維産業(アパレル)は機敏に反応し、縫製職人が多数いるバングラデシュにどんどん工場を移転していった。日本のアパレル会社がバングラデシュに工場移転を決めたのは最後発に等しく、バングラデシュの立地条件の良い場所は韓国企業や中国企業(ここ大事)に買われた後だった。

つまり、中国から逃げ出している企業に、中国の会社も含まれているのだ。


さらに中国は急速な発展に伴い、電力不足が深刻化しつつあるという。現在14ヶ所ある原子力発電所に加え、10年後には70基、2030年までに200基、2050年までに400基まで増やす計画があるという。

しかし10年後の話はどうでも良く、まさに今、電気が不足しているのである。電気がなければ工場は稼働できない。

原発ができるまで、火力発電や水力発電を増強しようとしているが、中国がばかすかエネルギーを消費するから、石炭やガスや石油は値上がりし、水力発電に使うダムは川の土砂や生活ゴミが堆積して使い物にならなくなる可能性がある。

著者によると、中国は石炭採掘の参入障壁が低いらしく、地下経済の連中がもぐりで勝手に採掘している炭鉱が無数にあり、国営の石炭会社が、もぐりの連中から石炭を仕入れているケースもある。


この他、中国人は「儲かる」ことを見つけたら、誰彼構わず、ノウハウがあろうと無かろうと、とにかく儲け話に参入する。その顕著な例が自動車産業で、中国の自動車需要は年間2000万台なのに、生産可能台数は4000万台分の自動車工場があるのだそうだ。(いまはどうだか知らないけど、一時期中国には400社の自動車メーカーがあったと言われている)

中にはボルボを買収した吉利(チーリー)集団みたいな優良企業に化ける会社も出てくるけど、それにしたって儲け話に群がりすぎだろう。


また中国政府は年金制度の導入を検討しているらしいが、普通の中国人は年金制度の実現なんか無理、と諦めの境地に至っている。そのため中国の金持ちは、(年金制度実現のためにしこたま税金を払えといわれる前に)如何にして中国から諸外国へ金を持ち逃げするか、その段取りをし始めているところだとか。


こういう話が盛りだくさんに展開される本書、なかなか面白く読めました。

といいつつ評価7点というのは、マクロとミクロの話がごっちゃになっているから。マクロ視点かミクロ視点か、もうちょっと統一感を出した方が、書籍としての完成度は高まると思うのです。(いや、今でも十分面白いんですけどね)


7点/10点満点

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中嶋猪久生「資源外交 連戦連敗―アザデガン油田の蹉跌」感想。
ルポ。2011年11月03日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

資源外交 連戦連敗―アザデガン油田の蹉跌

2年前、世界一周旅行に出る前に買った本。当時、途中まで読んでいたのだが、酔っぱらって無くしてしまった。あちゃー、またやってしまったか、と自分の盆暗ぶりに嘆いていた。ところが、帰国して本棚を整理していたら読みかけの本書が見つかった。というわけで、改めて最初から読み直した。

◆著者紹介
中嶋猪久生・ナカジマイクオ
1947年三重県生まれ。一橋大学経済学部卒業後、東海銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。外務省や証券会社への出向を経て、海外店(シンガポール、バハレーン)などに勤務。海外店勤務時代には、湾岸産油国の国営石油会社や中央銀行との取引に従事。元明治学院大学国際学部非常勤講師(エネルギー資源の政治経済学)。現在、石油問題の専門家として、『フォーサイト』(新潮社)などで執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


◆本書の内容
イランのアザデガン油田。1999年に発見されたこの油田は、1980年代以降に発見された油田の中で、推定埋蔵量田世界第2位の巨大油田である。

2000年、アラビア石油が所有していたサウジアラビアのカフジ油田の採掘権を消失した。(2003年にはクウェート側のカフジ油田の採掘権も消失した)

そんな時期、イランはアザデガン油田の開発を日本に任せたいと近寄ってきた。度重なる交渉の末、2004年2月に開発契約を締結した。

しかし、油田開発という巨額権益、イランという米国の敵が交渉相手、官僚が牛耳る日本国内の石油会社、それらの思惑が一致しなかったため、2006年10月にアザデガン油田開発から撤退することになった。

本書は、なぜ日本はカフジ油田の採掘権(権益)更新に失敗したのかなぜ、アザデガン油田開発に着手ながら撤退する羽目になったのかを、日本の石油開発の歴史解説とともに記した一冊である。


◆感想

日本(政官民協働)のエネルギー戦略の失敗を記した本なのであるが、実に生々しい。また、石油開発にかかる概略史を知るのにもってこいの内容である。

石油を筆頭にした資源やエネルギーの取引で何か問題が起これば、それは政府が出しゃばり外交解決するべきなのである。民間企業の自助努力だけで解決できる問題ではない。資源やエネルギーというのは、高度に政治問題化されるのである。


2004年2月にイラのアザデガン油田開発契約を締結した、と上記した。

これは著者に言わせると、イラ戦争の戦後処理で「イラクに自衛隊を派遣し(2004年1月)」「復興に50億ドルの拠出を表明した(2003年10月)」から、アメリカはしぶしぶ日本がイラのアザデガン油田開発することを認めたのである。


最終的にはアザデガン油田の開発から撤退した。その理由の一つとして、イランが大嫌いなアメリカ政府の影響を挙げている。

しかしそれだけではなかった。国内民間企業(と言う名の官僚統治会社)が一枚岩ではなかった。石油関連の上場会社2社、
国際石油開発帝石(Inpex)の筆頭株主は経済産業大臣
石油資源開発(Japex)の筆頭株主も経済産業大臣

あれ?

経済産業省出身のOBが経営する2つの会社による綱引き、もしくは啀み合いが原因のひとつであると、著者は本書で指摘している。(実際の経緯はもっと複雑ですので、詳しく知りたい方は本書をお読み下さい)


また著者は本書で、資源エネルギー政策が如何に重要なのか、その一例として「東シナ海ガス田問題」を挙げている。

「日本は、中国に「開発中のガス田の資料を提出して欲しい」と要請している。しかし、中国は応じようとしない。当たり前の話だ。石油やガスの埋蔵量は、最高レベルの国家機密で、それを相手に渡すことはぜったいにあり得ない。どこの産油国でも自国の埋蔵量を正式に公表したことはない。外国では、日本の政治家や当局者は何と脳天気なのだ、とせせら笑われているに違いない。」


本書はルポ・ドキュメンタリー系列の本としては、ちょっとだけ構成が甘い。理由は簡単で、著者は(雑誌での記事は書いているみたいだが)この本しか出版していないため、これだけのボリュームをまとめきれなかったのだと思う。

とはいえ資源エネルギーに関する資料的価値はかなり高く(そういう言う意味では中津孝司「アフリカ世界を読む」に傾向が似ている)、読んで損のない一冊であるし、これだけの情報を自力で調査しようとしたらどれだけの時間が必要なのかを考えると、価格(税込み1890円)にも納得がいく。


7点(ちょっと辛め)/10点満点


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/11/23

アンナ・ポリトコフスカヤ「チェチェン やめられない戦争」感想。
チェチェン紛争ドキュメント。2011年10月25日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

チェチェン やめられない戦争


※フィリピン留学日記からいきなり読書感想文に変わってしまった、と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、当ブログは元々読書感想文が中心のブログです。


2011年7月、福田ますみ「暗殺国家ロシア」を読んだ際、積ん読になっているチェチェン関連本を読まねば、と決意した。

チェチェンについてもっと深く知ろうの自己決意第1弾として、チェチェンルポと言えばこの人、アンナ・ポリトコフスカヤの代表作である本書「チェチェンやめられない戦争」を読んだ。

第1章は「戦時下のチェチェン」に於ける現場ルポ。これが現代の国家(ロシア軍)が行うことか!?と思えるような酷い事例=チェチェンの一般市民を無碍にするもしくは食い物にする=が多数書かれている。ただ、個々の事例に関連性が少ないため、まとまりのない印象を受ける(私がチェチェンの本を数冊読んでいるせいかもしれない)

第2章は「ロシアの現実」として、チェチェン紛争の背景を探っている。
第3章は「この戦争は誰にとって必要なのか?」として、2章と同様に背景を探っている。

第3章では、ノーベル平和賞受賞者のコフィ・アナン元国連事務総長のことを

(略)コフィ・アナンの直接の指導の下に働いている人たちが断言したのは、世界のどんなちっぽけなところで誰がどんなに苦しんでいようが、それがロシア連邦の領土内である限りアナンに取ってはどうでもいいことなのだ、ということだった。アナンにとって重要なのはほかのことだ。事務総長の椅子に二期目も居座るということ。 (中略) そのように「椅子が好きな」コフィ・アナンは、ロシアにとって都合が良いということに、誰も疑いを持たない。

と扱き下ろしている。


前後関係を説明すると、チェチェンで起こっている深刻な人権侵害に対し、この状況を打開できるのはコフィ・アナンだという結論に著者は辿り着いたが、コフィ・アナンはチェチェンの人権に関して全く無関心であったことからこのような表現に至った。

旧ユーゴ崩壊に伴うNATOのセルビア対応(NATOが悪者国家セルビアを空爆した-これはこれで私は疑問であるが)に比べると、チェチェンで起きている人権侵害への国連の対応は酷すぎる、と言うことを訴えている。


あとがきで、2002年のモスクワ劇場占拠テロ事件で、親子でミュージカルを見に行き子供だけ殺されてしまった母親がいる。テロリストに撃ち殺された人質は4人だが、この子供にも銃弾の後があった。5人目だった。だが公式発表ではテロリスト鎮圧のための催涙ガスによる窒息死扱いになっている。子供はテロリストに殺されたのか、救いに来た警察に誤殺されたのかわからない。母親は川に身投げをして自殺を試みたが、助けられて今も生きてる。でもこの母親には国から何の援助もない。それがロシアだ。と暗に訴えている。


本書は、チェチェン紛争の現場にいた者しか知り得ないであろう個々の(荒んだもしくは酷い)事例と、なぜそのようなことが起きてしまうったのかに関する考察からなっているが、テーマが絞りきれていない。著者アンナ・ポリトコフスカヤの「今すぐこのおぞましい真実を世の中に公表しなくてはならない」という意思だけで書かれたような印象を受ける。

結果的にこの本は注目を集め、世界中で翻訳された。この本の原著は2002年に出版されており、日本では2004年に翻訳された。私は2011年に読み終えた。


本の構成や、一読するだけだと偏った思想に思われかねない部分(国連は官僚機構でありそれを単に批判してもしょうがない)をさらけ出している点など、ドキュメンタリー・ルポ本として不十分に感じてしまう点は多々あるが、迫力は満点である。


なお、巻末に40ページ近くを費やして、ゲオルギー・デルルーギアン(ノースウエスタン大学社会学部助教授)の論考が載っているが、この論考は非常によくまとまっており内容も素晴らしい。本書は巻末論考を含めて評価すべき一冊と思う。


引き続き、チェチェン関連の本を粛々と消化していこうと決意するのである。


7点/10点満点


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/09/13

広野伊佐美「幼児売買-マフィアに侵略された日本」感想。
ルポ。2011年09月10日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

幼児売買―マフィアに侵略された日本

本書は1992年に書かれた本で、サンデー毎日に連載し好評を博した幼児密売ルートを暴くシリーズ+日本に海外マフィアが進出している当時の現状を出来る限り取材したルポ。

粟屋剛氏「人体部品ビジネス」の参考文献として書かれていたので手に入れた(絶版本なのでamazonマーケットプレイスで)。


幼児売買に関するルポは第1話のみで、他の話はHIVに感染しているタイ人売春婦を追っかけたり、米軍が麻薬や銃器密売ルートの一翼を担っている話だったり、ユダヤ人(イスラエル人)がやくざをものともせず日本中のあちこちで露店を開いている話とか、まあ今読むと既に小説のネタになっているような話が多い。


幼児売買の話は、東南アジア諸国やアルゼンチンなど南米諸国の貧しい家族の子供を、欧米人の子無し家庭が合法的に養子縁組し、その子供を移動させる際に成田が中継点として使われている、というもの。ネタの出所は入管職員。


著者の広野伊佐美氏は、「ドナービジネス」を書いた一橋文哉氏の本名らしい(wikipediaより)。


で、「ドナービジネス」を読んでいるときにも感じたのだが、それぞれのエピソードについて、確信の人物に到達するまでの道のりがあまりにも簡単である。
「××の件に関し、旧知の間柄である暴力団幹部に聞いたところ、◎◎が黒幕だと教えてくれ、◎◎と会う段取りを着けてくれた」
「麻薬取引の現場に居合わせ、片方の車を追いかけ、ジュースを買いに車から降りてきた人物に突撃取材したら、案の定、しどろもどろになった」

なんて感じ。


ルポ本としてどうにも信憑性が薄いんだよなあ。

全部本当だったら、とんでもないスクープ連発のはずなんだけどねえ。


(評価保留)点/10点満点

◆余談:臓器売買に関する最近の読書

最近、私は好んで医療関係、なかでも臓器売買及び臓器移植についての本を読んでいる。
◆粟屋剛「人体部品ビジネス」2011年09月05日読了(フィリピンとインドの臓器売買ルポ兼、臓器移植そのもの倫理を考える思想書)

◆岸本忠三・中嶋彰「現代免疫物語」2011年08月29日読了(免疫研究に関する医学史の入門書)
◆ドナ・ディケンソン「ボディショッピング 血と肉の経済」2011年08月23日読了(生命倫理を問う本)
◆デレック・ハンフリー「安楽死の方法 ファイナル・エグジット」2011年08月06日読了(安楽死本)
◆岩田健太郎「「患者様」が医療を壊す」2011年07月17日読了(医者の思想エッセイ)
◆一橋文哉「ドナービジネス」2011年02月16日読了(作り話っぽく信頼性に欠ける)
◆山下鈴夫「激白 臓器売買事件の深層」2011年01月25日読了(臓器売買犯の言い訳)
◆城山英巳「中国臓器市場」2011年01月24日読了(ルポ本としての構成はイマイチだが取材内容は良)
◆青山淳平「腎臓移植最前線」2010年10月17日読了(これは良書)
◆木村良一「臓器漂流」2010年09月09日読了(本としては残念だが事実関係は興味深い)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/09/11

粟屋剛「人体部品ビジネス」感想。
ルポ兼思想書。2011年09月06日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

人体部品ビジネス―「臓器」商品化時代の現実


最近、臓器移植や臓器売買に関する本を適当に見つけては読んでいる。(本エントリー末尾参照)

本書はそういう類の他著に参考文献として記載されていて、著者の粟屋剛氏をネット検索すると医事法と生命倫理を専攻する大学教授であり、ネットに掲載されている文献を読むと臓器売買に関する調査が極めてリアルである。

そこで、既に絶版(たぶん)となっている本書をamazonマーケットプレイスで入手し、読んでみた。

本書は1999年11月に出された12年も前の本であるから、現在の状況とは大きく異なっている部分もあると思うが、内容はすごい。

◆第1章はアメリカの移植用心臓弁加工会社クライオライフ社の取材である。移植用心臓弁とは、死体から心臓弁を採取し加工し、冷凍保存することで長期間保存を可能にした物。当然、心臓弁に異常がある人への移植用に用いられる(本書出版当時の話なので、今はどうだかわからない)。これは角膜移植に近い移植で、臓器移植とは捉えられていない。(本章では角膜移植は臓器売買にあたる可能性を示唆している)


◆第2章はフィリピンでの臓器売買の実態調査。
マニラ市街にあるモンテンルパ刑務所(「バタス」という本の著者が入所していた刑務所である)では、なかば公然と臓器売買が行われていた。死刑囚が腎臓を一個売ると(書類上は善意の贈与)減刑=死刑回避を期待できる。囚人の臓器売買はシステマチックになっており、書類上は善意の贈与でも、囚人には謝礼が支払われる。その売買契約書は警務所内病院がひな形を用意している。
また、臓器売買を推奨する医師へのインタビューも掲載されている。臓器は個人の所有物であるのだから、臓器売買をするかしないかを決めるのは個人の意志である、と言う考え方である。


◆第3章はインドでの臓器売買の実態調査。
デリー、ムンバイ(昔のボンベイ)、コルカタ(昔のカルカッタ)、チェンナイ(昔のマドラス)で調査を行い、
(1)臓器売買ブローカーがすべてを取り仕切るブローカー主導型
(2)病院がドナーと患者を集める病院主導型
(3)患者が新聞広告などの手段でドナーを集める患者主導型
の3タイプに分けられることを突き止める。

臓器を買いに来るのは金持ちのイメージがあるが、例えばアラブ人の場合はアラブの金持ちばかりが来るのではなく、それほど収入の多くないレバノンの一般市民なども多数来ている。

インドでも臓器売買積極的賛成派の医師や弁護士などがおり、そういう人物へのインタビューも掲載されている。


◆第4章以降は、どちらかというと生命倫理の話が中心となり、ルポとしての要素は薄くなっていく。
臓器売買を考える一冊の本としてはまとまっている構成なのかも知れないが、ルポ要素だけで一冊の本の仕上げることが出来るくらい濃密な取材なので、生命倫理に踏み込んでいったのは勿体ない感じがする。


◆本書のルポは今まで読んだ臓器売買に関連する本の中でも、最も価値が高い。著者粟屋剛氏は本書しか書籍を上梓していない。論文はかなりの量を発表しているようだが、できることなら、もっと本を書いて欲しい。


8点/10点満点


◆余談:臓器売買に関する最近の読書

最近、私は好んで医療関係、なかでも臓器売買及び臓器移植についての本を読んでいる。
◆岸本忠三・中嶋彰「現代免疫物語」2011年08月29日読了(免疫研究に関する医学史の入門書)
◆ドナ・ディケンソン「ボディショッピング 血と肉の経済」2011年08月23日読了(生命倫理を問う本)
◆デレック・ハンフリー「安楽死の方法 ファイナル・エグジット」2011年08月06日読了(安楽死本)
◆岩田健太郎「「患者様」が医療を壊す」2011年07月17日読了(医者の思想エッセイ)
◆一橋文哉「ドナービジネス」2011年02月16日読了(作り話っぽく信頼性に欠ける)
◆山下鈴夫「激白 臓器売買事件の深層」2011年01月25日読了(臓器売買犯の言い訳)
◆城山英巳「中国臓器市場」2011年01月24日読了(ルポ本としての構成はイマイチだが取材内容は良)
◆青山淳平「腎臓移植最前線」2010年10月17日読了(これは良書)
◆木村良一「臓器漂流」2010年09月09日読了(本としては残念だが事実関係は興味深い)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/09/02

ドナ・ディケンソン「ボディショッピング 血と肉の経済」感想。
ルポ?哲学?2011年08月23日読了。

にほんブログ村 本ブログへブログランキングに参加しております。
バナーをちょこっと押していただけると恐悦至極なり。

ボディショッピング―血と肉の経済

原著は2008年に出版され、邦訳本(本書)は2009年に出版された。わりと最近出た本である。

◆本書概要(紀伊國屋Bookwebより)
たとえば臓器、組織、細胞、さらには遺伝子さえも商業目的に用いられ、大金を生みだしている。
不妊治療用の卵子の売買、インプラント用の遺骨の売買、遺伝子特許、臍帯血バンク、幹細胞研究、美容整形、手や顔の移植…。
いま、世界で進行する人間のからだのすべての商品化のおそるべき実態の全貌をあきらかにしつつ、その問題のありかを気鋭のフェミニストが問う衝撃の書。

1 揺りかごから墓場までのボディショッピング―赤ん坊も遺骨も商品になる
2 自分のからだは自分のものだといえる根拠は?
3 「クリスマスに愛をこめて―幹細胞を贈ります」
4 幹細胞、聖杯、卵子のなる木
5 ゲノムの大争奪戦―フランケンシュタイン博士の怪物の特許化?
6 「ノー」といいたがるバイオバンク
7 “ほんとうの私”を買うこと―顔のショッピング
8 からだは資本なのか?

人の臓器や細胞が売買の対象になっていいのか。からだの商品化の驚くべき実態を多くの事例によって暴きつつ、そのあり方を問う問題作。

◆感想

本書のタイトルおよび概略を見ると、臓器売買に関する海外ルポかと思っていた。

ところが違った。

どちらかと言えば、広い意味での臓器売買に関する裁判記録や、広い意味での臓器売買に関する現状のルポを交えながら、その実、本書の中心は生命倫理に関する深い考察である。


第2章で、ジョン・ムーア事件を引き合いに出している。

ジョン・ムーアは有毛細胞白血病という珍しい血液ガンを患っていた。ムーアは治療のためUCLAに、血液、骨髄、精液などを採取された。UCLAの治療チームは、ムーアの細胞から通常では考えられないくらい多くのT細胞(免疫の働きで重要な作用をする細胞)が作られていることを発見し、その遺伝子を解明すれば研究用と治療用のT細胞を作ることが出来ると考えた。

ムーアの脾臓は常人の20倍の大きさに肥大しており、医療チームは脾臓切除手術を行っていた。

治療チームはムーアの脾臓の切片を研究チームに渡し、研究チームはバイオテクノロジー企業および製薬会社と手を組み、遺伝子解読そしてT細胞の生産を行おうとしていた。

ムーアに無断で。

さて問題です。

切除されたムーアの脾臓は誰の物でしょうか?

金銭的な話に置き換えると、ムーアの脾臓がなければ、研究チームもバイオテクノロジー会社も製薬会社も誰一人、儲けることは出来ない。しかし、ムーアには一銭も入らない(むしろ治療してもらったんだから金を払う側だ)。

再度、同じ問題です。

切除されたムーアの脾臓は誰の物でしょうか?

ムーアの一件は裁判になった。結果として、医療チームのインフォームドコンセントが不十分であったことに関しては勝利したが、ムーアの脾臓の所有権は、ムーア自身には認められなかった。(英米法=コモンローに基づく判決。フランスやオランダの大陸法=シビルローでは解釈が異なる)


これを皮切りに、著者は「遺伝子」は誰の物かと読者に問いかける。バイオテクノロジーの発達により、遺伝子を利用した特許が多数出願成立されているが、「遺伝子」は、発明発見者の功績を保護する「特許」に値する物なのだろうか?「遺伝子」は人類すべてが共有するべき財産なのではないか?

と、様々な実例を出しながら著者は読者に問いかける。


私はこんなこと考えたこともなかったですよ。


◆そのほか1

臍帯血バンク

というのがある。臍帯血とは、へその緒の中に含まれる血液で、白血病の治療に有効な造血幹細胞が多量に含まれていることから、普通の献血とは別に扱われる。

万が一、自分の子供が白血病になったときのことを考え、母親が子供を出産する際、臍帯血を自分の子供用に保管する民間の臍帯血バンクもある。

だが著者によれば、母親の臍帯血が必ずしも有効とは限らないらしい。

◆そのほか2

著者によれば、女性の卵子提供も臓器売買の一種と考えるべき、と本書で述べている。

卵巣に異常があって出産できない女性のために冷凍卵子を提供する場合や、卵子にも幹細胞が多数含まれていることから研究や新薬開発などに卵子が用いられる。

提供する側の女性は、どうせ毎月来るものだし、ちょっとだけ苦痛に耐えたら数万円も貰えるからと、小遣い稼ぎ感覚で提供する人も多い。

しかし、卵子を採取するために排卵誘発剤を多用し、女性の体を無用に痛めている可能性も多々あるらしい。

女性が一生の間に生み出すことが出来る卵子の数には限りがあり(もちろん個人差はある)、限りある生体資源を人為的に取り出して利用することは、臓器売買といっても過言ではない。と著者は言う。


本エントリーの冒頭に、広い意味での臓器売買と書いたのは、上記卵子に関することが含まれているからである。


◆というわけで

このような話が山盛り250ページもある。しかも最近の本にしては珍しく、文字も小さめ、1ページの行数も字数も多く、読み応えたっぷりである。


倫理的・哲学的な内容が多く、読むのは疲れたが、読んで損のない一冊だった。

臓器売買や臓器移植について関心を持たれている方は、一読することをお奨めする。


8点/10点満点


◆余談:臓器売買に関する最近の読書

最近、私は好んで医療関係、なかでも臓器売買及び臓器移植についての本を読んでいる。
◆デレック・ハンフリー「安楽死の方法 ファイナル・エグジット」2011年08月06日読了(安楽死本)
◆岩田健太郎「「患者様」が医療を壊す」2011年07月17日読了(医者の思想エッセイ)
◆一橋文哉「ドナービジネス」2011年02月16日読了(作り話っぽく信頼性に欠ける)
◆山下鈴夫「激白 臓器売買事件の深層」2011年01月25日読了(臓器売買犯の言い訳)
◆城山英巳「中国臓器市場」2011年01月24日読了(ルポ本としての構成はイマイチだが取材内容は良)
◆青山淳平「腎臓移植最前線」2010年10月17日読了(これは良書)
◆木村良一「臓器漂流」2010年09月09日読了(本としては残念だが事実関係は興味深い)

単純に興味があるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

00◆成田やトランジット(JFK・パリ・マドリッド) | 01◆ブラジル(サンパウロ・サンルイス・レンソイス・マナウス) | 02◆アルゼンチン(イグアス・カラファテ・ウシュアイア・ブエノス) | 03◆チリ(サンチャゴ・イースター島・バルパライソ) | 04◆ボリビア(ラパス・ウユニ) | 05◆ペルー(クスコ・マチュピチュ・リマ) | 06◆エクアドル(グアヤキル・ガラパゴス諸島) | 07◆スペイン(マドリッド・バルセロナ) | 08◆トルコ(イスタンブール・カッパドキア・パムッカレ) | 09◆ヨルダン(ペトラ遺跡・アンマン) | 10◆シリア(ダマスカス・パルミラ遺跡) | 11◆エジプト(カイロ・アスワン・アブシンベル) | 12◆モロッコ(マラケシュ) | 13◆南アフリカ(ヨハネスブルク・ケープタウン) | 14◆ナミビア(ウィントフック・ナミブ砂漠・スワコプムント) | 15◆ジンバブエ(ヴィクトリアフォールズ) | 16◆ザンビア(側のヴィクトリアフォールズ) | 17◆ボツワナ(チョベ国立公園) | 18◆香港・マカオ | 19◆インド | 20◆フィリピン留学記 | ■09年11月からの世界一周の小ネタ | ■09年11月から世界一周! | ■09年11月から世界一周!の準備 | ■09年11月から世界一周!の近況 | ■09年11月から世界一周!参考書籍 | ■2006年夏・ケニアに行く | ■2007年夏・アンコール遺跡に行く | ■2008年1月・ボルネオ島に行く | ■2008年4月・週末海外でベトナム | ■2008年9月・週末海外で台湾 | ■アフリカ | □グインサーガ | □スターウォーズ | □三国志 | ▲スティーヴン・キング | ▲京極夏彦 | ▲佐藤賢一 | ▲夢枕獏 | ▲大沢在昌 | ▲天童荒太 | ▲宮部みゆき | ▲最早才能が枯渇し駄作家に成り果てた真保裕一 | ▲浅田次郎 | ▲熊谷達也 | ▲神林長平 | ▲福井晴敏 | ▲船戸与一 | ▲貴志祐介 | ▲逢坂剛 | ▲金庸 | ▲隆慶一郎 | △下川裕治 | △堀田あきお&かよ | △宮田珠己 | △松本仁一 | △石井光太 | △船尾修 | △蔵前仁一 | △高木徹 | △高野秀行 | ◆小説・ミステリ系統 | ◆小説・伝奇小説 | ◆小説・冒険小説 | ◆小説・時代小説・歴史小説 | ◆小説・武侠小説 | ◆小説・純文学・青春小説 | ◆小説・経済小説・現代小説 | ◆小説・SFホラーファンタジー | ◇いわゆる新書 | ◇エッセイ・紀行文 | ◇ガイドブック | ◇スポーツ関連書 | ◇データブック・記録集 | ◇ノンフィクション | ◇パソコン関連図書 | ◇ビジネス書 | ◇ルポ・ドキュメンタリー | ◇世界についての本 | ◇実用書・ガイドブック | ◇語学などの勉強本 | ◇雑学・蘊蓄 | ◎写真集 | ◎美術書・アートブック | ●海外作品(原著英語) | ●海外作品(原著非英語) | ★惚れ惚れするほどの駄作 | ☆私の読書累計 | ☆私的10点満点 | ☆装丁がスバラシイ本 | アニメ・コミック | 携帯・デジカメ | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 経済・政治・国際