カテゴリー「◇ルポ・ドキュメンタリー」の記事

2017/04/24

ダヨ・オロパデ/松本裕訳「アフリカ 希望の大陸」感想。
アフリカ経済。2017年03月24日読了。

アフリカ経済に関する前向きな情報が満載の、とても良い本でした。

著者はナイジェリア系アメリカ人(親が移民)の女性ジャーナリスト。本書の原著は2014年に出版され、日本語版は2016年8月に出版。日本語版出版までに時間がかかっているため、本書に書かれているサービスのうち既に廃止に追い込まれているのもあり。

本書ではナイジェリアの公用語の一つヨルバ語の「カンジュ」という言葉をキーワードに設定し、アフリカ経済の行動様式を「カンジュ」で説明しようと試みています。「カンジュ」とはヨルバ語直訳で「焦る」「急ぐ」という意味。意味合いとしては「精を出す」「努力する」「ノウハウ」「やりくり」といったことになるとのこと。

非常に面白かった。が、あまりにも楽観的過ぎるので私的な評価は9点。


9点/10点満点


以下、つらつらと付箋をつけたところを列挙。

P21
2007年のケニアの大統領選挙で、キバキ派(キクユ族)とオディンガ派(ルオ族)に国内が分断され、暴力が渦巻き1200人の死者を出す事態になった。ケニアはアフリカの中でも(旧宗主国イギリスの流れを汲む)民主主義優等生と思っていた西欧の人は皆驚いた。TVやラジオなどマスコミは傍観していた。それに怒ったたケニアのソフトウェア技術者が、暴力行為を発見したら即座にマッピングできる「ウシャヒディ」というソフトを立ち上げた。そして秩序は回復に向かった。

「ウジャヒディ」は世界中に広がった。パレスチナのガザの混乱を監視し、スーダンや南米の選挙を監視し、
豚インフルエンザの蔓延を追跡し、メキシコ湾原油流出事故で流れ出た石油を監視した。


P39
アフリカでいちばん裕福なナイジェリア人のアリコ・ダンゴート
→調べたら、セメントで財を成した2兆円以上の超金持ちだった。


P41
スーダン生まれの億万長者で国際通信会社セルテルの創業者モハメッド・イブラヒム
→調べたら、この人も1000億円の桁の金持ちだった


P49
ナイジェリアは世界で2番目に映画が多く作られていて(私は知っていた)、オンライン配信はナイジェリアのNetflixといわれる「iROKOtv」という会社が最大手。ナイジェリア出身者で他国に出稼ぎに行っている人は多く、異国でこのサービスを楽しんでいるナイジェリア人も多いのだとか。


P93
1997年、ナイジェリアの繊維産業では137,000人が働いていた。6年後、57,000人にまで激減した。「太った国(=アメリカ)」からの善意の古着の寄付によって、繊維産業が壊滅してしまった。「善意の無償寄付」とは勝負にならない。

太った国の善意により、マラウィ最大の繊維メーカーが閉業した。エチオピアとエリトリアでは古着の輸入を禁止した。

サハラ以南で最大の綿生産国であるマリでは、国内では1枚もTシャツを生産していない。


P104
国連という、アフリカの普通の人にとっての部外者が勝手に立てたミレニアム開発目標で、万人の初等教育を充実させる、というのがある。

アフリカ各国は目標到達に尽力した。目標を達成したら国連からいろんな金がもらえるから。

その結果、「給料がろくに支払われない教師たちが」 「(教師なのに)学校に来なかったり」 「退屈で時代遅れのカリキュラムすら教えることができない」 という事態に陥った。

→その結果として、本書の違うページで、アフリカのスラム街で「1か月5ドル」の私立小中学校に入学させる親が滅茶苦茶増えているとのこと。こういう私立学校が保証するのは「教育の質」。やる気のない教師がいる公立学校(一応無料)よりも、金を払ってでも教育の質が高い学校に通わせる親が多いのだとか。

→P215に続報的に書かれていて、ケニアのスラムの40%、DRCコンゴの71%、ナイジェリアのラゴス州の3/4、ウガンダの中学校5600のうち4000が私立。


P125
アフリカ諸国では、隣人の噂、評判がかなり重要な情報源になる。これを「近傍情報」と呼び研究したところ、「xxさんはこの時期に種を撒いて大豊作だった」的な情報が集まった。

これってビジネスになるんじゃね?


P138
アフリカの優等生と言われているボツワナ。国債の格付けも高い。
しかーし、官僚の主要ポストはカーマ大統領の親族が占めている!!! マジで!!!


P140
頭脳流出について、まあ普通に優秀なアフリカ諸国の人たちはアメリカを目指す。
スーダン人はアトランタ。
ソマリ族はミネアポリス。
エチオピアとエリトリアはワシントンDC。
フランス語圏アフリカ人はニューヨーク。

→へえー。そうなんだ。つまり逆を言えば、そういう国とコネを持ちたいときはアメリカのそういう都市に行けばいいのね。


P145
ソマリア発祥の国際送金サービス「ダハブシール」。現在144か国で国際送金ができるとのこと。

→この手のサービスはウエスタンユニオン銀行(日本の代理店は大黒屋)しか知らなかったが、やっぱりこういう送金サービスってのは需要がすごいんだなあ。


P149
アルセロール・ミッタル(世界最大の鉄鋼会社。インドのミッタルスチールが買収に買収を重ねた結果出来た会社)がリベリアのグランドバッサ郡に拠点がある。

→西アフリカだって鉄鋼需要はあるんだろうけど、リベリアに工場があるというのは意外だった。


P170
Mペサ(知らない人はググってください)の成功を受けて、同様のサービスが世界中で広まった。

パガ、エコキャッシュ、スプラッシュモバイルマネー、ティゴキャッシュ、エアテルマネー、MTNモバイルマネー。

中でもセネガルのワリという会社は22カ国で使えるサービスを開発した。


P184
南アフリカで最大のSNSは「Mxit」。5000万人以上が利用している

→2017年3月に調べたら潰れていた


という話がまだまだたくさん載っているんだけど、書き飽きたのでこれでおしまい。

興味がある人は本書を定価で本屋から買って読んでください。(じゃないと翻訳者に印税が1円も入らない→こういう本を翻訳してくれる人が減る→日本語では情報入手が遅れてしまう→冗談抜きで日本国経済の危機)

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2017/01/30

小川忠「インドネシア イスラーム大国の変貌」感想。
ルポ。2017年01月06日読了。

2016年9月に出版された本。著者は2011年9月から2016年3月まで世界交流基金ジャカルタ日本文化センター所長。それ以前にも1989年から93年まで4年間、世界交流基金の職員としてインドネシアに赴任。

その著者が2016年までの最新のインドネシア情報をコンパクトにまとめたのが本書。

非常に良い。

p16
ナショナリズムは民族ナショナリズム、宗教ナショナリズム、領域ナショナリズムに大別でき、インドネシアは領域ナショナリズムを基盤とする。

→インドネシアにはキリスト教徒や仏教徒もいるので宗教で国をまとめているのではない。また民族もいろんな人種が混ざっている(マレー系、ジャワ系、中国系、インド系、ミクロネシア系等々)ので民族ナショナリズムでもない。このエリアに住んでいる人は皆インドネシア人として一致団結しよう、という領域ナショナリズムである。


p19
インドネシアの憲法で宗教に関する記述は、「唯一神への信仰」とあるのみ。

→つまりユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、上座部仏教などを信仰している事。逆にいえば、無宗教はダメ。

p40
1948年から62年まで西部ジャワで、1949年から65年まで南スラウェシで、53年から62年までアチェで「イスラーム国家」の樹立を求める反乱が続発した。

→インドネシア独立直後、多数派のイスラム教を国教としなかったことに不満を持つ国民があちこちで暴動を起こしていたとのこと。前述の宗教ナショナリズムを採用しなかったということ。もし独立時、イスラム教で国をまとめようとしていたら、現在のパキスタンのような状況になっていたのだろうと推測。(インドネシアは国をまとめるのに宗教を使わなかったので、西側先進国も支援しやすかった)

p76
ユドヨノ政権が誕生してから教育に力を入れた。就学率が如実に上昇している。
初等教育 2004年90%→2014年92%
中等教育 2004年55%→2014年83% (注:日本でいう中学と高校)
高等教育 2004年17%→2014年32% (注:日本でいう専門学校、短大、高専、大学)

→本書とは別に仕事案件でインドネシアを調べていたら、インドネシアの15歳から24歳は人口の17%、約4400万人いる。大ざっぱな計算ではあるが、その32%が高校より上の学校に行っているのでその数1400万人。単純な人数でいったら、日本の大学在学者数より多いのかも。

ちなみにインドネシアの出生率は数年前2.6→2015年データでは2.13まで下がってきているので、各家庭が子供の教育にかけるお金はこれまで以上に増える。

p160
フランス「シャルリ・エブド」のムハンマド(モハメッド)風刺画の端を発したテロは、テロという卑劣な行為で言論の自由を脅かしたということで、インドネシアの穏健派ムスリムの間でも同情論があったが、「シャルリ・エブド」の風刺画が公開されたら、一気にトーンダウン。

→こんな奴らをかばうんじゃなかった的な話です。言論の自由はある。けど侮辱は侮辱である。侮辱を暴力で解決していいのか?という話になりがちだけど、侮辱は言葉(絵)の暴力です。まあここいらは、たぶん100年かかってもお互い分かり合えないところだけれども。

p177
世界で日本語を学んでいる人の数(2012年)は398万人。そのうち87万人がインドネシア。うち84万人は中学、高校で学んでいる。これはインドネシアの高校カリキュラムで、高校で第2外国語(第1はもちろん英語)を必修としたから。ただし2013年から第2外国語の必修が外れたので、これから下がるとの予測。

p188
1977年に福田赳夫首相がマニラで東南アジア外交の理念について演説した「福田ドクトリン」は評価が高い。

→ぜんぜん知りませんでした。

p193
日本がインドネシア独立を支援したので、インドネシアは建国以来の親日家である、という人世代前のインドネシア人がきいたら笑ってしまうような歴史観が日本に存在している。

→第二次世界大戦時、日本は石油目当てでインドネシア征服した。1980年代はその記憶が残っている人が大勢いた。

敗戦後、朝鮮戦争特需で日本の商業界は活気づき、傲慢な猛烈サラリーマンが傲岸不遜な態度で商売をしていた。

それらの記憶が残っている1980年代までは、インドネシアはそれほど親日ではなかったとのこと。


面白かった!


9点/10点満点

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2017/01/29

ジリアン・テット/平尾光司監修/土方奈美訳「愚者の黄金」感想。
ルポ。2017年01月02日読了。

2017年最初の一冊(読み始めたのは年末からだけど)は、日本ではリーマンショック(2008年)と呼ばれている、アメリカのサブプライム住宅ローンの崩壊(2007年)に端を発した世界金融危機についての、ものすごく丹念に取材したルポ。

本書は、1994年6月にJ・P・モルガンの世界中の若い社員がフロリダに集まったところから始まる。彼らはスワップ部門に属していた。デリバティブの一部門である若い彼らには、これからの金融界を担う新しい商品の開発を任された。

そこで生まれたのがクレジット・デフォルト・スワップCDS。すさまじく単純化していうと、

銀行が融資を行うのに際し、貸し倒れリスクが高い場合、普通は利息を高くして貸し出す。しかし相手が長年取引している名門企業で、高い利息に不満を言ってきた場合、銀行は悩む。

そこでCDS。これは名門企業が倒産するリスクを数値化し、倒産しない限りずっと配当がもらえます、でも倒産したらパーになる。という証券。J・P・モルガンがCDSを作ったばかりの頃は、CDSは一般に流通させるものではなく、保険会社や資金がある大手企業に直接売り込んで(相対あいたい取引)、引き受けてもらっていた。

名門企業が銀行への借金を完済させたらCDSはそこで終わり。元本は引き受け先の会社に戻ってくる。

通常銀行は自己資本規制(貸出残高の8%(国によって違う?)はキャッシュを持っていなければならない)により、常に数百億円から数兆円のキャッシュを持っていた。これを貸し出せないのはもったいない。そこで銀行が倒産することをCDSにして売ったらどうなる? ということをFRS(連邦準備制度)とのバトルを経て、FRSが折れて、自己資本規制を下回ってもCDSで保障されてりゃ余ったキャッシュを貸しても良い。

ということになり、全世界中の銀行が狂喜乱舞。

でもCDSを作り出したJ・P・モルガンは中途採用をほとんど行わない保守的な銀行だったため、世界の動きがイマイチわからなかった。(J・P・モルガンはチェース・マンハッタンに買収されJPモルガン・チェースになった。その経緯なども詳しく書かれている)

世界中のメガバンクが独自のCDSを大量に作り、証券化し、一般人手を出せるようになり、挙句の果てにはJ・P・モルガンが「これはやったらアカン」と判断していたプライム住宅ローン(※)でもCDSが設定され、

※プライム住宅ローン:サラリーマンのように定期収入がある人向けの住宅ローン。
 サブプライム住宅ローン:住宅ローンの審査に落ちた人向けに、高利息で貸し出す住宅ローン。通常は変動金利を用いていて、ローン借り入れ後5年くらいは低金利、6年目から金利が倍増となる。

これはまずいんじゃないの?とJ・P・モルガンのチームが懸念していたら、サブプライム住宅ローン危機が発生し、世界金融危機につながった。

というお話。

ルポなので実在する多くの銀行員に取材し(J・P・モルガンが多いけど、いろんな銀行員の話が載っている)、金融工学と呼ばれる難しい学問を何とか平易な言葉で表している。

これは素晴らしい名著だ。ルポとしての真実味、金融工学を平易な言葉で伝える力(日本語翻訳も非常に良い)、そしてルポでありながら登場人物に魅力を与える著者の文章力。

この本を一冊読むだけで、大学の経済学学部の単位がもらえそうなくらいの圧倒的な内容である。

素晴らしい。

べた褒めなのに10点満点じゃないのはなぜ?

それはやっぱり難しいから。平易な言葉で書かれていても、金融工学が難しいのは変わらない。この本を読んでいる途中で何度wikipediaを開いたことか。

そして今、知ったような気になってこの感想文を書いているけど、読んでから既に1か月経っていて、この感想文に書いたことが間違っていないかビクビクである。(「理解した」と「たぶん理解した」にはすごい隔たりがあるんだよね)


9点/10点満点

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2017/01/28

エルヴェ・ファルチャーニ/アンジェロ・ミンクッツィ/芝田高太郎訳/橘玲解説「世界の権力者が寵愛した銀行 タックスヘイブンの秘密を暴露した行員の告白」感想。
回顧録。2016年12月23日読了。

著者はフランス・イタリアの二重国籍を持ちITエンジニアで、スイスのHSBC(銀行)のプライベート・バンキング部門の情報システムで働いており、そのときに知ったHSBCのプライベート・バンカー(超富裕層のみを対象とする銀行員)の脱税幇助を告発した人。脱税者にはフランス人、スペイン人が多く、日本人もいた。

原著は2015年に出版された。

単純にスイス警察に告発しても埒が明かない(スイスの法律は銀行の顧客データを守る)ことを知っていた著者は、仲間とともに脱税者(脱税していない顧客も含まれる)のデータをクラウドにアップし、フランスのマントン(イタリアとの国境に近く、モナコの隣)の著者の両親の家でクラウドデータにアクセス。

このデータにアクセスすることはスイスの法律に違反しているので、スイスの警察がフランスの憲兵と一緒にマントンにやってきて事情聴取しようとするが、フランスの憲兵がそれを阻止。(注:スイスはEU非加盟)

最終的にはスペインで捕まる。

なぜこんなまわりくどいことをしたかというと、フランスやスペインの警察が間に入ることで、フランスやスペインの警察が証拠であるクラウドデータにアクセスし、一人の犯罪者(著者)から公式に得た証拠から、芋づる式に脱税の証拠を手に入れさせるためである。違法に入手したデータは証拠にならない。


というようなことを著者視点で書かれているのだが、すさまじく読みづらい。

時系列は行ったり来たりだし、法的な側面の説明も少ないし、仲間の存在などの前後関係も説明不足。

橘玲氏の解説がなかったら投げ出したくなるほど読みづらかった。


それでも投げ出さなかったのは、プライベート・バンカーの「金持ちから得られる手数料収入(=自分の給料)が何物にも勝る」的な価値観が面白かったから。

でもこの本は他人には勧められないなあ。


6点/10点満点

2016年に読んだ本の感想がようやく終わりました。次回更新から2017年分になります。

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2017/01/27

NHK「東海村臨界事故」取材班「朽ちていった命 被曝治療83日間の記録」感想。
ルポ。2016年12月21日読了。

1999年9月30日、茨城県東海村にある核燃料加工施設「JCO」で臨界事故が発生した。臨界事故とは、ある程度まとまった量の放射性物質(何もしなくても核分裂して中性子を放出)が、制御できないままに連鎖反応を起こすことである。

(もう少し説明すると、放射性物質が核分裂し放出された中性子が別の放射性物質にぶつかり、ぶつかった別の放射性物質はぶつかったことをきっかけに核分裂し新たな中性子を放出する。これは普通の現象である。連鎖反応とはこれが連続的に起こる現象。原子力発電はこの現象を人為的にコントロールしている。臨界事故とは、連鎖反応を人為的にコントロールできなくなった状態をいう)

臨界事故を防ぐために、核燃料加工工場では正規マニュアルに従って作業する。しかしJCOは作業を簡略化するため裏マニュアルを用い、更に事故当日は裏マニュアルすら無視したやり方で作業していた。加工作業を行っていた3人が1-20シーベルト被曝し、病院に緊急搬送された。(ミリシーベルトやマイクロシーベルトではない。マイクロシーベルトの100万倍以上の被曝である)

3人は国立水戸病院に運ばれたのち、千葉市にある放医研(放射線医学研究所)に転送された。

本書は、3人の中で最も被曝量が大きかったA氏の治療記録である(本書では本名が書かれているが、ネットにある公式記録などでは本名が載っていないので、当ブログも本名は載せない)。

入院2日目、A氏に目立った変化はなく、まだ普通に喋ることができた。

3日目、放医研から東大病院に転院。右手が腫れていてA氏も痛いと言うが、まだ普通に喋っていた。

5日目、看護婦がA氏の結婚のなれそめを聞くなど、まだ会話ができた。

7日目、A氏の骨髄細胞の染色体を写した顕微鏡写真が届いた。染色体が完全に壊れていた。すなわち、今後新しい細胞が作られることが無いということである。妹から採取した末梢血幹細胞の移植を行った。

11日目、A氏はまだ喋ることができた。しかし、胸に貼った医療用テープをはがすと、その部分の皮膚が丸ごとくっついてきた。以降、医療用テープは使えなくなった。呼吸の状態が悪くなってきたため、酸素マスクを使うことになった。顔に密着させるので、付けている間は苦しい。A氏は「もう嫌だ」「やめてくれ」「帰りたい」「俺はモルモットじゃない」との言葉を漏らす。

国内で未承認の薬が何種類も投与されていた。

18日目、まだA氏の意識はある。「痛いですか」の問いに、首を縦や横に振っていた。末梢血幹細胞の移植の効果が現れ、白血球が増えた。

20日目、A氏はローリングベッドという、床ずれを防ぐベッドに移され、全身が火傷のような症状を示してきたため、皮膚を圧迫しないようなパッドで周りを固められた。鎮静剤で寝たきりの状態が長く続くようになった。

26日目、根付いたはずの妹の末梢血幹細胞だったが、染色体が壊れているのが確認された。

この頃には、全身の皮膚から染み出した体液が1日1リットルを超えていた。


このような描写が続き、59日目に心停止するも、心臓マッサージで心臓は再び動き出す。だが意識はもうない。
A氏は83日目に亡くなった。

読んでいる途中から、治療と人体実験の境目は一体どこなのか考えさせられた。


7点/10点満点

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2017/01/26

ランド・ポール/浅川芳裕訳「国家を喰らう官僚たち アメリカを乗っ取る新支配階級」感想。
米国論。2016年12月15日読了。

著者のランド・ポールは、アメリカの現職上院議員(共和党)。2016年の大統領候補として共和党の予備選挙に出馬するも、トランプに敗退した。

本書は、アメリカのバカげた官僚組織について、豊富な実例をもとに徹底糾弾している本である。

アメリカは銃社会である。公務員が公務で銃を使えるかどうかに関しては、アメリカ人を含めて世界中の大多数の人が警察や軍隊だけだと思っている。しかし、農務省、魚類野生動物局、環境保護庁などの官庁が完全武装したSWAT(特殊部隊)を持っていると聞いたら驚くに違いない。

農務省(USDA)は、農業製品について監督している。無殺菌牛乳を生産している酪農家が、無殺菌牛乳の危険性を知った上で購入している人に販売したところ、無殺菌牛乳の販売は許可されていないとして農務省SWATが酪農家を急襲し、無殺菌牛乳を押収した。

ギブソン社のギター工場が魚類野生生物局(FWS)の武装工作員に急襲され、ギターの原材料を差し押さえられた。最終的に判明した差し押さえ理由は、マダガスカルから違法な木材を輸入したから。しかし、なぜ魚類野生生物局が?

また魚類野生生物局は、ホンジュラスからロブスターを輸入したアメリカ商人を急襲した。ホンジュラスの法律に違反した未成熟なロブスターだからという。しかし、当のホンジュラス政府は「違法じゃないですよ」と公式回答した。にもかかわらず、魚類野生生物局はこの商人を犯罪者として廃業に追い込んだ。

環境保護庁(EPA)は、自宅の庭を整地した移民を急襲し逮捕した。理由は「水質清浄法」違反。移民の自宅の庭は法律で保護されるべき「湿地」であり、湿地は許可なく土壌改良してはならない。その土地がからっからに乾いていても、一番近くの川まで10㎞離れていても、環境保護庁が湿地と認定した土地は湿地であり、整地することすら許されないのだ。


というようなことがてんこ盛り。うろ覚えでこの感想文を書いているので、細かなところは齟齬があるやもしれず。ご了承賜りたく。


しかしアメリカ、ひどいね。というかバカだね。

ちなみに作家(兼出版社旅行人社長)の蔵前仁一さんも本書のレビューを書いています。


7点/10点満点

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2017/01/24

デイナ・プリースト/ウィリアム・アーキン/玉置悟訳「トップシークレット・アメリカ」感想。
米国防。2016年12月09日読了。


◆内容紹介(Amazonより引用)
9.11以降、テロとの闘いという大義名分のもとに、アメリカでは雨後の筍のように機密機関が生まれ、膨大な「最高機密」を扱うプログラムが立ち上げられた。1200を超える政府組織、25万人以上の従業者、そして政府から業務を請け負う民間会社の人員を含めると、じつに85万人以上の人間がなんらかの「最高機密」にアクセスしているという異常事態となっている。無数の最高機密に覆われ、ジャングルのごとき迷宮と化したアメリカの現実を、ワシントンポストのベテラン記者らが精緻な取材によって暴き出す。

◆感想

アメリカ国内には実に多くのトップシークレットがある。価値のない情報までトップシークレットに指定されてしまったため、膨大な数のトップシークレットが生まれてしまった。

トップシークレットとは何ぞや?いったいどのくらいの情報がトップシークレットになっているのか? をワシントンポストのデイナ・プリースト氏と元アメリカ陸軍情報分析官ウィリアム・アーキン氏が調べたルポ。

上述の内容紹介にあるように、トップシークレットにアクセスできる人物は85万人に上る。ここまでくるともはや機密情報でも何でもない。

本書はそういうアメリカ官僚の無駄を暴き出した本。呆れちゃいますね。でも他所の国のことなので、日本人である私にあまりビビッと来るものが無かったというかなんというか。

以下は私が面白いと思った箇所。

p36-37
大統領はCIAに指示を出すとき、事前に議会の承認を必要としない。大統領が求めれば、CIAは外国政府を転覆することさえ試みる。それが失敗した例がキューバ、北ベトナム、ニカラグア、アンゴラなどであり、成功した例がチリ、グアテマラ、コンゴ、イラン、そして2回成功したのが、よりによってアフガニスタンだ。

p51
CIAと外国のパートナーとの関係は、メディアが伝えるよりずっと強固だ。とくにイギリス、オーストラリア、カナダ、ドイツ、ヨルダン、ポーランド、フランス、サウジアラビアなどの情報機関との関係は鉄壁と言えるほど堅い。

CIAは大統領権限だけで動かせるのか。それはなかなか恐ろしい(でもトランプはCIAに喧嘩売ったからなあ)


6点/10点満点

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2017/01/12

アレックス・ゴールドファーブ/マリーナ・リトビネンコ/加賀山卓朗訳「リトビネンコ暗殺」感想。
ロシアの闇。2016年10月04日読了。

ロシアのFSB(KGBの後継機関)元中佐アレクサンドル・リトビネンコが、ポロニウムという放射性物質を使って暗殺された。(ポロニウムは強力なアルファ線を放出するが、アルファ線は紙切れ一枚で遮断できる。しかしポロニウムを体内に入れてしまうと、臓器が強力なアルファ線に曝され死に至る)

リトビネンコは、プーチンと対立するロシアの政商ベレゾフスキーに近く、アメリカの投資家ジョージ・ソロスの下で働いていた著者のゴールドファーブ(ソ連の反体制科学者で1970年代にアメリカに行く。亡命ではない)は、ソ連崩壊後のロシアに商機を見出すためにベレゾフスキーと交流し、ベレゾフスキーを介してリトビネンコと知り合う。(なお共著者はリトビネンコの妻である)

著者は政治経済の両面からロシアに深くかかわり、リトビネンコがトルコを経由しイギリスに亡命するのを手伝い(アメリカに亡命させるのには失敗した)、リトビネンコが病床で死ぬまで付き添った。

本書は、リトビネンコから聞いた彼の半生を追いかけながら、ロシアの政治を分析した本である(但し反プーチン側にいたのでそれなりにバイアスがかかっている)。

本書にはあまりにもディープなロシア人が多数登場するので(エリツィン政権時の安全保障会議書記とか、プーチン政権時の大統領府長官とか)、細かな内容紹介は割愛。

ロシア政治の闇、を知りたい方は読みましょう。


本書p445-によると、毒殺に使われたポロニウムは静電気を除去する装置に用いられる工業用放射性物質で、世界の生産量の97%がロシアのチェリャビンスク(2013年に隕石が落下して大騒ぎになった場所)近郊で作られている。その量年間85g(単位の間違えではないですよ)。そしてその多くはアメリカに輸出されている。

ポロニウム210は放射性崩壊(この物質の場合はアルファ崩壊)すると鉛206(安定同位体)に代わる。半減期は138日。サンプルに含まれる鉛の量と不純物の量を測定し、アメリカに輸出されたポロニウムのサンプルとを比較すれば、いつ作られたポロニウムなのか特定できるのだそうだ。なるほどなあ。


8点/10点満点

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2017/01/11

出井康博「ルポ ニッポン絶望工場」感想。
ルポ。2016年09月23日読了。

本書は、講談社+α新書 である。

この+α新書は講談社現代新書とは違い、週刊現代で人気が出たシリーズものを一冊にまとめたような感じのライトな内容である。一昔前までの新書という出版形態は、岩波新書に代表されるようにかなりまじめで堅くて、大学教授が出版社に金を払って出版させてもらっていた時代もある(著者が最低○○部を買い取る)。10年くらい前から出版社が出版不況に抗うため、新書でエッセイを出したり雑誌の延長みたいな新書がやたらと出版されていった。今は選書と呼ばれる出版形態が、一昔前の新書にとって代わってしまった。講談社現代新書は堅い本、売れ筋になりそうなライトなものは+αで出版する、という講談社の決意表明を表しているかのような出版形態である。ほんとかどうかは知らん。あくまで私の印象。

何を言いたいかというと、本書は週刊現代の人気シリーズを書籍化したようなライトな内容ということである(取材が軽いという意味ではない)。でも面白い。

政府が2020年に「留学生30万人計画」をぶち上げ、その結果日本にやってくるのは日本で出稼ぎをするために便宜上「留学ビザ」が欲しい自称学生たちで、彼らの受け入れ先は潰れかけの三流大学だったり日本語学校だったりする。そういう学校は学生が授業を満足に聞いていなくても関係ない。学費さえ払ってくれればいい。現地の学校でちゃんと勉強してまじめに公費留学生として推薦された学生ならともかく、そうでない自称学生は借金をして日本ににやってくる。

そういう自称学生はちょっと前までは中国人が多かったが、中国は豊かになってきたので、今の中国人は日本を目指さなくなってきているとのこと。本当に勉強をしたい中国人はアメリカを目指す。

今はベトナム人が多くやってきているとのこと。

民主党政権下の事業仕分けにより、留学ビザを発給するに値する学生かどうかをチェックする機関(日本語教育振興協会)がビザチェックの権限を失い、今は日本語学校が直接法務省に留学ビザの申請をしている。法務省は文科省ではないので学校(まともな学校か、営利目的だけの酷い学校か)に関する知見が乏しい。従っていろんな面でひずみが起きている。

本書では自称留学生にも取材し、自称留学生の側の意見もかなり盛り込まれている。

ライトではあるが、良書。


7点/10点満点

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2017/01/06

ケイト・エイディ/加藤洋子訳「ふだん着で戦場へ」感想。
自伝。2016年09月01日読了。

1945年イギリス北部に生まれた著者は、1968年にBBCに入社。世界中の紛争地からニュースを送り届けるジャーナリスト兼リポーターとして活躍。本書はジャーナリストとして活躍した自分を振り返る自伝。原著は2002年に出版され、日本語版は2006年に出版された。

私は日本語版出版直後に買い、読み進めたのだが、イギリス人特有のやたらと比喩を使って何が言いたいのか分からないまわりくどい言い回し、ねちねちした嫌味ったらしい言い回しに辟易し、100ページくらいで読むのを中断した。(注:イギリス人作家(例:R.D.ウィングフィールド)の小説とアメリカ人作家(例:ドン・ウィンズロウ)の小説を読み比べると、この辺りの違いはくっきりと出る)

そして2016年、おおよそ10年ぶりに読むのを再開した。

10年前と比べると私の世界情勢に関する知識が増えたため、以前より読むのが苦痛ではなかった。少なくとも、著者がどういう戦場に行き、どの現場を取材しているのかが理解できた。

男尊女卑がまだ残っている時代に、戦場の最前線に行き取材をする著者の行動力はすごい。すごいのだが、欧米の価値観ですべてを押し切ろうとするところは共感できず(1970年代のイスラム圏で、女性も社会進出!するのが欧米では当たり前なのだからジャーナリストにもなるのだ。ジャーナリストは尊重せよ。的なことが書かれている)。

自伝というのは自分にとって都合のいいことしか書かないんだよなあ、相手にどう思われているかは書かない(気づいていないから書けない)んだよなあ、と思うのであった。

戦場ジャーナリストの自伝としては可もなく不可もなく、ごく普通の本。

ただし、著者の取材先に関する説明があまり無いので、1970年代~90年代にどこの国が戦争状態にあったのかなど、世界情勢に関する知識が無いとちっとも面白くないかもしれない。10年前の私はちっとも面白くなかった。


5点/10点満点


イギリス人作家とアメリカ人作家の違いの私なりの例

「A氏が殺された」を表現する際

◆アメリカ人作家
「A氏が殺された」

◆イギリス人作家
「A氏が謎の人物の毒牙にかかり、虹の橋を渡った」

的な比喩を用いる傾向にある。

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